「魔法薬学かー。めんどくせえなぁ」 「どうせ君は彼女といちゃいちゃするんでしょ?」 「いや、授業中話しかけたら怒られる。恐い」 「・・・そう」 「薬作るときも『手伝ってやる』って言ってんのに、ちゃっちゃか一人でやるんだぜ?つまんねえ」 「・・・。――あ」 「ん?」 教室へ向かう途中。 他愛もない会話をしながら歩いていたところ、リーマスが小さく声を上げて立ち止まった。どこかを見ている。 俺もあわせて立ち止まってそちらを見た。絶句。そして、またか・・・という思いに駆られながら、放ってはおけないそこへと歩いた。 壁際で、何かを逃がさぬように立ちはだかっている一人の男。 人のものになった途端にほしくなるという心理は、「もの」が人間であっても同じことであるらしい。 後ろからの男の肩をちょんちょんとつつく。無視。もう一度つつく。またも無視。 今度はがしっと掴んでやった。 さすがに振り向かないわけにはいかなくなったみたいだ。 「なんだよ。今いそがし・・・」 目が合ってぱちくりとする男。 にこりと笑って「こんにちは」と言えば、悲鳴を上げながら逃げていった。魔法を使うまでもないと呆れて、惨めに小さくなる背中を見送る。 「あ、ありがとう」 震える声は、同じシチュエーションを経て三回目だ。 心なしか睨むようにして、壁際に立っていたやつを見る。 「お前、そろそろ『きっぱり断る』か『ばちんと殴る』か、覚えねえの?」 「だって・・・」 「毎回あんなの相手する俺の身にもなってみろ」 疲れるぞー?と言えば、彼女は身を小さくしてごめんと謝罪した。 「・・・もういいよ。お前も次魔法薬学だろ?行こうぜ」 「あ、うん」 クリスマス四日前にしてまさかの両思いを果たしてから、約二ヶ月。 噂は、枯れ木を燃やすように勢いよく全校へ広まり、今ではすっかり周知の事実となってしまった。 それは、ただ恥ずかしいというだけではない。互いに異性避けとなった。なるはずだった。 なのに、付き合い始めてからのほうが●●がもてるようになったというのは、どういうことだ。 リーマスに嘆いたところ「隣の芝生は青い」とかなんとか言って、さらに俺を絶望させた。 そして、もう一つ問題が生まれる。 それは・・・。 「●●先輩」 背後からかかる憎らしい声。 「・・・あ、レギュラス君」 レギュラスを敬愛している●●は嬉々として振り返り、笑顔で応対する。 どうやらクリスマスパーティーの日、ジェームズたちはレギュラスにまで協力を要請していたらしい(だからあのとき、俺ののことを●●に教えたわけね)。 そのことを知ったとき俺はうわあ・・・と、嫌な気分になったのだけど、●●はというと「さすがレギュラス君」とか意味不明なことを言い始める始末だった。 それらが引き金となってか、特に何の用もないのに互いに呼び止めては、ほのぼのと会話をすることが多くなった。俺の目の前で。 ぺちゃくちゃと喋る二人の妙な空間に入ることすらできず、ただ終わるのを悶々と待つ。 しかし今日はさっきのこともあり、もう我慢がならない。 「さっさと帰れ」 低い声で呟く。レギュラスはまるで今俺の存在に気づいたかのようにこっちを見て、ハッと鼻で笑った。 「ああ、喋れたんですか」 俺の拳は、惜しくも空を殴っただけに終わった。 「あー、思い出すだけでむしゃくしゃする」 「いきなり殴りかかるなんて、最低だよ」 俺らお得意の場所である、例のベンチに座って今日の疲れを癒す。 「でもあれは腹立つだろ。『ああ、喋れたんですか』だってよ」 台詞のところをレギュラスになりきって言ってみた。●●はくすくすと笑って、「兄弟なのに全然似てない」と。俺が言いたいのはそこじゃなくってさ。 「いやいや、別に似てなくていいんだけどね・・・。て、聞いてる?ねえ」 なおも笑い続けている●●を見て、もうどうでもよくなった。 両手を空に伸ばして、ぐっと伸びをする。見上げた空は橙に染まり、向こうのほうではすでに夜が到来していた。 口をぽかんと開けて色が変わり行く空を見つめる。あ、なんか眠くなってきたかも。見上げたまま欠伸をする。そして、より一層笑い始めた●●に視線を戻した。 「何?」 「ううん。なんか・・・」 「バカっぽいって?」 「うん」 「・・・」 そこは嘘でも違うって言えよ。 唇を尖らせて不平を言う。●●は口を押さえて笑うのを我慢してたが、それじゃ意味ねえだろ。 ふんと拗ねたふりをして、足と腕を組む。 「・・・」 謝ってくるかと思ったが、なかなか来ない。横目で●●の様子を見たら、さっき俺がやっていたみたいに空を見上げていた。口は開けてない。 「星、出てきたね」 もう一度見上げる。一つだけ、大きな星が爛々と輝いていた。 俺と●●が座る間は拳三つ分。 付き合う前から拳二つ分しか進歩していないが、もうそんなことで虚しく思ったりはしない。 そっと●●の左手に自分の右手を重ねてみる。 驚き、真っ直ぐな瞳に俺を映して、耳を赤くして微笑む彼女の一挙一動がこんなにも胸に沁みる日が来るとは、昔の自分は思っても見なかったことだろう。 彼女がもぞもぞと手を動かし手のひらをひっくり返した。そして、ゆっくりと絡んでくる指。 今度は俺が目を見開いて●●を見ると、彼女は顔を真っ赤にしながらも笑って。 「ちょっと、恥ずかしいかも」 そう呟いた。 「お前からやってきたくせに」 「う、ん・・・」 胸からこみ上げてくる温かい感情。 冷えた指先をぎゅっと握り返す。 ああ、幸せだな。 ちょっとばかり照れくさいから絶対に誰にも言わないけれど、確かに俺はそう思ったのだった。 おわり |