クリスマスを一週間前に控えたある朝。

 身震いしながら朝食をとっていれば、どこか遠くから『複数』で片付けるには多すぎる羽音が近づいてきた。

 生徒たちは慌てて食料を安全な位置に囲い始める。俺らも例に漏れず、自分の食事をテーブルの下に避難させた。リーマスはメインよりもスイーツを優先して隠している。あ、こいつにとってのメインはスイーツか。


 窓から何百羽という数の梟たちが飛び込んできて、目的の人物のところに降り立った。

 いくつかの手紙を持って目の前に下りた梟の足のポケットにお礼の金を入れる。あっさりと飛び立った梟を見送りもせず、手元に残った手紙の差出人だけを適当に確認する。

 よくわからねえ女の名前。その間にさりげなく挟まれていた、とある見知った名に目を奪われた。


「ホラス・スラグホーン・・・」

 ちらりとジェームズやリーマスやエバンズ、そして●●に目を滑らせる。皆が皆、同じような表情をして一枚の手紙を見つめている。不本意にも視界に入ってしまったレギュラスも、同じ色の封筒を眺めていた。

 なんか、面倒くさそうだなぁ。

 ため息を押し殺しながら、蝋印を剥がした。



 手紙は羊皮紙三枚にもおよび、端から端までみっちりと俺を賞賛する言葉が並んでいた。おかげで、一番彼が言いたかったのだろうことを見逃すところだった。


「クリスマスパーティーねぇ・・・」

 用は二日後に、スラグホーン御用達の生徒たちだけでのお楽しみ会を開くらしい。スラグホーンから招待状をもらった生徒は、特別に一人、招待されていない生徒を連れてきてもいいとのこと。

 その他、自由参加でダンスもあるから、参加希望の生徒はパートナーを決めておけと。


「ピーター来る?」

「行きたい!」

「リリー!僕のパートナーになってくれよ!」

「うるさいわね」

 リーマスとピーター、ジェームズとエバンズのそんな会話を聞き流し、くだらないなと思いながら手紙を封筒にしまった。

 こいつら、行く気なのか。


「シリウスはどうするの?」

 大喜びしているピーターを見て苦笑していたリーマスがそのままの表情で俺を見た。

「めんどくせえ」

「え、行かないの?」

 せっかくのパーティーなのに。だと。


「どうせ、スラグホーンの自己満足ハーレムパーティーだろ?」

「貰えるものは貰ったほうがいいよ」

 大真面目なリーマスの表情。

「・・・すっげえ庶民的発想」

「君みたいにお坊ちゃん育ちじゃないからね」

「とにかく俺は行かねえから」

 リーマスからのいらっとした空気を感じ取って、とっさに話題を元に戻す。でも・・・、と続けようとする声は聞こえないフリをした。


 鞄を引っつかんで立ち上がり、エバンズをナンパしているジェームズ以外の二人に、さっさ授業行くぞと促した。

 慌てて準備をするピーターの隣で、リーマスは身動きすらせずじっと俺の目を見つめる。

 負けじと目を細めて睨み返すと、リーマスの唇がぱくぱくと声を発さずに動いた。


「?」

 短い単語を、何度も繰り返して言っているよう。注意してよく見る。


『●●』

 そう言っているのに気づいた途端に頬が引きつった。

「何?」

 こいつは何を言いたいの?

 俺の動揺を見破ってか、リーマスは珍しくもにやりとした笑みを浮かべる。

「ドレス着てくるのかな?」

「・・・」

 なんだこいつ。それだけかよ。
 別にどうでもいいし。ドレスとか。むしろ制服のほうが裾短いしいいじゃねえか。いやいや、そうじゃなくてさ。


「あいつが来るとは限らねえだろ」

「あの子が先生の誘いを無駄に断るとも思えないけど」

 確かに。
 何が引き金となってしまったのかわからないが、リーマスは急に饒舌になり始めた。頬杖をついて楽しそうににこにことする。


「僕的には白いロングドレスがいいんだよねぇ。なんか清純そうでいいと思う。いっそのこと汚しちゃいたい・・・ごめんごめん、ちょっとした冗談だよ。そんなに睨まないで。あ、でも、ジャパニーズ文化にあやかってキモノとかもいいよね。見てみたいなぁ〜、キモノ。・・・ね?」

「・・・」

 ね?じゃねえよ。男が首傾げてもかわいくねえよ。

 リーマスが時々落とす爆弾は、リアルすぎて冗談に聞こえないから焦る。

「シリウス、本当に行かないの?」

 最後の一押し!と言わんばかりに訊ねてくるリーマス。「行かない」と即答できなくなった自分が本当に嫌になった。


 ふいと視線をそらし、泣きながらこっちに戻ってくるジェームズを眺めながら、誰に言うでもなくつぶやく。

「・・・、考えとく」


 背中で聞こえた吹き出すような音は聞こえないフリをした。

 ドレスかぁ・・・。ちょっと見てみたいかも。




 リーマスのせいで授業にまったく集中できなかった。いつも集中してるってわけじゃないけど、なんだか妙に●●を意識してしまって。自分より前の席にあいつがいれば、事あるごとに穴が開くほどその背中を見てしまったり。あまりにも視線が無遠慮すぎたのか、時折違和感を感じたように周りをきょろきょろする仕草に焦って目をそらしたりした。

「・・・」

 ●●も出席するのかなぁ・・・。


 魔法史の時間。三席前に座る●●は寝言が飛び交う教室の中、生真面目にメモを取っている。

 ダンスとか踊るのか?あいつ。ステップすら踏めそうにないんだけど。鈍臭そう。踊るとしたら誰誘うのか。・・・●●に人を誘う度胸なんてないか。受身すぎるんだよ。自分で動け、自分で。あー、でも積極的だったら、今頃レギュラスといちゃいちゃしてんのかなぁー。それも腹立つ。出席するかしないかだけでも聞きてえ。やっぱり手紙か?でもすぐ返事欲しい。


 ぐちゃぐちゃと取り留めのないことを考えてるうちに授業終了の時間を向かえ、図ったように目を覚ました生徒たちはそそくさと教室から出て行く。

 わざとだらだらと片づけをしながら、ちらりと前の席を伺う。板書し終わらなかったのか、まだ席について羽ペンを動かしていた。

「シリウース!むしゃくしゃするから、フィルチに糞爆弾ぶつけに行こう!!」

 まだエバンズのことを引きずっているらしいジェームズは、涙目になりながら俺のローブを引っ張った。


「あ、ああ・・・」

 俺の歯切れの悪い返事に鋭く反応したジェームズ。眼鏡をきらりと輝かせて教室を見回し、●●の背中を発見すると嫌らしくにやりと笑った。掴んでいた俺のローブをぱっと離す。


「・・・と思ったけど、たまには単独行動もいいかな?じゃ、僕フィルチのとこ行ってきます!さあさあ、リーマスもピーターも行きましょう!」

 俺に向かってびしっと敬礼をして、興味深そうに俺のほうを見ていた二人の背中をぐいぐいと押して教室から出て行った。

 止める前にさっさと消えていったジェームズたち。しんとなる教室に自然と体に力が入る。


 そういえば昔もこうやって教室に二人っきりになったときがあったな。

 前回も今回も、自分が望んでこうなったわけだけど・・・。


「・・・」

 どうしよう。

 ●●は気づいてるのか気づいてないのか、相変わらずこっちを見ようとしない。たぶん気づいてないな。

 ととととにかく、とにかくだ。まずは気づいてもらえよ、俺。


「××、さ〜ん・・・」

 控えめに呼んでみれば、やっぱり●●は気づいてなかったらしい。大げさにびくついて振り返ってきた。


 俺だとわかると、ほっとしたように顔をほころばせた。ぐおお、俺これだめだ。

 頭を抱えて窓から飛び降りたいような衝動を抑え、固まった笑みを貼り付けた。


「あ、と・・・今いそがしいか?」

 無意味に頬を掻きながら訊ねる。

「いえ。ちょうど終わったところです。どうかしましたか?」

 ●●は羽ペンを片付けながら首をかしげた。


「どうかしたっていうか・・・」

 もごもごと口ごもっている間に、●●は道具をすべて鞄にしまいおわってしまった。

 ええい!何事も勢いだ!

 息を大きく吸って、言葉を乗せて一気に。


「く、クリスマスパーティー、出るの・・・か・・・?」

 一気に言ったつもりだったんだけどな・・・。
 こんなの俺じゃない、と若干落ち込む。

「スラグホーン先生のですか?」

 どうにでもなってしまえと、がくがく頷く。●●は「あー・・・」と微妙な声を上げて、黙り込んでしまった。あれ、もしかして出ないの?


「・・・本当はあんまり行きたくないんですけど、せっかくの先生からのお誘いですし・・・。ちょっとだけ顔を出して、すぐに帰ろうかなって思ってます。シリウス君たちはどうしますか?」

「貰えるもんは貰う」

「シリウス君らしいですね」

「・・・」


 リーマス、庶民的なんて言ってごめん。お前の寛大な御心で許してやってくれ。


「シリウス君が行くなら・・・」

 リーマスへ心の中で謝罪をしていると●●は思い出したように言った。


「レギュラス君は来る・・・でしょうか?」


 どきり、なんて生易しいものじゃなかった。不意打ちの例の名前のせいで、痛いくらいに跳ねた心臓。

「れ、ぎゅらす・・・?」


 今、なんでもないような顔をしている自信がない。

 とっさに目をそらして、違和感たっぷりの笑顔を浮かべながら考えるそぶりをする。


「あー、どうだろうな。あいつ真面目だし、●●と同じで顔を見せるくらいはするんじゃね?」


 ばくばく、ばくばく。落ち着けと命令しても言うことを聞かない拍動。
 こんな俺に違和感を感じてないだろうかと、横目で彼女の顔をうかがった。

 それが間違いだったのかもしれない。



 少し俯いて髪で陰になってるはずなのにはっきりと顔が赤いのがわかって、ちょっとだけ潤んだ目はどうみても焦がれてる目で。

「――」

 自分の中で急速に何かが冷めていき、貼り付けていた笑みすらいつの間にか消え去ってしまう。

 俺が見ているということに気づいた●●はごまかすように苦笑した。


「た、たのしみです・・・ね」

 そらされた目が辛くて、なおも赤くなり続ける顔を見てるのが辛くて、そして、心底バカらしくなった。


 どうして俺はこんなやつを好きになってしまったのか。初恋は実らない?実る実らないの話じゃないじぇねえか。俺も俺だ。はじめっからこいつが好きなのはレギュラスだってわかってたのに、バカみたいに熱くなって、純情ぶって。


 やっぱり一人のやつを好きになるなんて、くだらねえじゃねえか。


 こんなにきつい思いするくらいなら、一思いに傷ついて、あとは少しずつ癒していければいいのに。


 痺れた頭では何も考えられずただ身体が赴くままにしていれば、俺の足はずんずんと●●に歩み寄り、驚く●●の腕を掴んで扉まで引きずり始めた。


「し、シリウス君・・・っ?」

 扉を蹴破る勢いで出てると、近くにいた生徒が何事かと注目してきた。


 恐ろしい顔をして女を引きずりながら歩いている俺は、傍から見たらどのように映っているのか。

「どうしたの、シリウス君・・・!」


 掴む俺の手を引き剥がそうともがく●●。こいつの手で剥がすことができるほど柔な力で掴んでない。

 どうしてどうして、と嘆く●●に答えるつもりではなかった。ただぼやいただけ。


「レギュラス」

「え・・・?」

「レギュラスのとこ行くぞ」

 振り向きもせずに言えば、後ろで●●が息を呑む気配を感じとった。

 掴む手にさらに力をこめると●●が痛みに小さく声を漏らす。そんなことかまってられるか。


「っ。シリウス君!いやっ、離して!行きたくない!!」

 滲む声。

「行きたくない・・・?」

 ぴたりと足を止める。その声じゃなく、台詞に対して。
 ●●の腕は小さく震えていた。

 触れてるのすら嫌だと思い始め、乱暴に腕を振りほどき●●を振り返る。


 思ったとおり、掴まれていた箇所を押さえながらぼろぼろと涙を流していた。

「どうして、こんなこと、するの?」

 押さえきれない嗚咽に混じって吐かれる。


「『どうして』?」

 吐き捨てるように●●の言葉を繰り返すと、●●は面白いようにびくついた。


「お前が、いつまでもいつまでもいつまでも、うじうじしてるからだろ」

 いらいらする。

 なんで俺がこんな思いしなきゃなんねえんだよ。

 お前がはじめっからぶつかっていってれば、俺はこんなにいらいらすることなんかなかったのに。



「シリウスくん、私っ、私は・・・っ」

 胸の前でぎゅっと手を握って、飽きもせずに泣き続ける。

 泣きたいのは、俺のほうだ。



「お前、いらつくんだよ」

 見開かれた●●の目からぼろりと、最後の一粒の涙が流れた。それが本当に、最後の一粒だったのかはわからない。


 呆然とする●●の横を通って、俺は寮に帰る。




「わからないよ・・・」

 俺が横を通り過ぎる間際、彼女はそう呟いた。






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