「――で、ここで僕がここを回るから」

「いや、それよりそこを・・・」

「でもそれだとあんまり効率がよくないよ」

「じゃあこっちをそっちにして・・・」


 出来上がった計画表。

 それを俺らは満足げに眺め、顔を見合し、にんまりと笑った。




 十月三十一日。
 一大イベントであるこの日、俺らは今日までの準備に余念がなかった。

 しかし、それを周りに示してしまっては意味がない。何事も水面下で事を進め、本番に思いっきりやるのが『どっきり』ってやつだ。

 朝食はいつも通りにとり、昼食も通常通りに。実行するのは、夕食時に全員が集まったとき。


 楽しみすぎて、朝はいつもより早く目が覚めた。それは他のメンバーも同じだったらしい。

 高揚した気分のまま朝食をとりにいく。


 やはりまだ早すぎたのか廊下には人っ子一人・・・いた。


 ふらんふらんと頭を揺らしながら廊下を歩く後姿はおぼつかない。

 この間の、『手が離れない!どうしましょうっ』事件のときから思ってたけど、あいつって朝弱いのか?


 見慣れた彼女の後姿を見つけるなり、ジェームズは眼鏡を輝かせ、●●の背中をびしっと指差した。

「第一ターゲット発見!」

 行こう行こう、と俺らの背中を押しながら、ジェームズは嬉々とした声を上げた。



 足の往来が遅い●●に追いつくのもすぐだった。

 足元しか見えてないんじゃないかってほど下を俯いて、前に立ちはだかる俺らにまさか気がついていないのか。

 特に示し合わせたわけじゃないが、俺たち四人は●●がいつ気がつくのか、黙って立って見ていることにした。


 ふらん。ふらん。ふら・・・ん。

 右に左に軌道をそらしながら、近づいてくる。近づいて。近づいて。


 ●●の視界の中に俺の足が入ったのか、彼女はゆっくりと顔を上げて、あまりの近さに後ろにのけぞっている俺を寝ぼけ眼で見つめた。

 ぱちぱちと瞬きをして、数秒の見つめあいの後、一歩後ろに下がって深々と頭を下げてきた。


「おはようございます」

「お、おは、よう・・・」

 これ・・・大丈夫か?

 四人で顔を寄せ合って、今彼女に菓子を集っていいものか議論する。


『なんか眠そうだけど』

『半分寝てる気が・・・』

『もしお菓子持ってなかったとして、今この●●に悪戯はちょっと・・・』

『ていうか悪戯って何するんだ?』

『シリウスのエッチ!』

「はあ!?」

 何がエッチだ!
 ジェームズの頭をぐりぐりと力任せに潰す。しかも悪戯ってそういうことじゃねえだろ。


 誰がこんなお子ちゃま体系の●●なんかに・・・。


「どうしたの?」

 ふにゃふにゃとした声に振り返る。
 思わず、●●の全身を舐め回すように見てしまった。


 悪戯、悪戯、悪戯・・・、いたずら・・・、アハーン。


「・・・う」

 うわあああああ!!
 頭に浮かんだピンクの妄想に、奇声を上げながら壁に頭を打ち付ければ、リーマスはやれやれと肩をすくめた。


 別にそんなんじゃねえし!女の体なんか見慣れてるし!そうだ!そうなんだ!

 自分でやったことだけど、予想以上に打ち付けた額が痛くなって、そこをさすりながらリーマスの後ろに隠れた。


 少しずつ目が覚めてきたらしい●●に、終始変なものを見る目で見られて、精神的ダメージも大きかった。

「ねえねえ●●ちゃん」


 覚醒したことを良しととったジェームズが、●●にすっと近づいて肩をつつく。あの動き、やられてもむかつくが、見せられてもむかつくな。


「今日は何月何日だっ!」

 心底楽しそうな笑顔を浮かべて、ジェームズは両手を高く上げた。

「今日?」

 ●●は斜め上を見上げ、虚空を見つめる。


 ●●さんが今日の日を思い出すまでの、微妙な間。


 彼女がぽんと手を打ったとき、ジェームズはさらに目を輝かせた。

「じゅういちが・・・」

「はーい、トリックオアトリート!」

 言わせてたまるか!とジェームズが、●●が言い切るよりも先に手を突き出した。俺たちも倣って片手を差し出す。リーマスにいたっては両手。どんだけもらう気だ。

 四方から差し伸ばされた手のひらにきょとんと目を丸くし、俺たちのにやりとした笑みを見て、ようやく理解したらしい。


 「ああ」と小さく呟いて、●●はスカートのポケットに手を突っ込み、ごそごそと何かを探す。しかし見つからないらしい。手を抜き去るのかと思いきや、逆にずぶずぶと腕を沈めていった。

 え・・・。という空気の中、スカートのポケットに肘まで埋め、ようやく見つかったらしい。

 出てきた●●の手にはしっかりと、飴の袋が掴まれていた。


「どうぞ」

 俺たちの手の上に置かれた飴玉。普通の、飴。


「●●、もう一個」

 欲深いリーマスに苦笑しながら、●●は袋ごとリーマスの手の上に乗せた。

「お勤めご苦労様」

 楽しそうに笑いながら背を向けて、今度は真っ直ぐに歩いて行く●●を微妙な気持ちで見送り、リーマスを除いた三人で目を見合わせた。


 見てはいけないものを見てしまったかもしれない、と。


「拡大呪文だよ」

 がりがりと飴を噛み砕きながらリーマスが出した答えに、俺らは変な安心感を覚えた。異次元に繋がってるのかと思った・・・。

「異次元に繋がってるのかと思った・・・」

「ジェームズバカでしょ」

 ・・・、言わなくてよかった。




「それにしても残念だったね、シリウス」

 また一つ、飴の包み紙を広げて、黄色い玉を口に放り込むリーマス。

「何が」

「●●に悪戯できなくて」

「・・・もうその菓子よこせ!」

 不意打ちで伸ばした腕は、リーマスの本気のチョップで叩き落された。




 やはり皆この日を楽しみにしていたらしい。

 朝食を終えるまでで俺も何人もの生徒たちに菓子を集られたが、あらかじめ山のように用意していたそれで、悪戯目的でやってきたやつらを難なく蹴散らした。悪戯する側が悪戯されてちゃ面目が立たないしな。

 そう考えたのは俺以外のメンバーも同じのようで、それぞれがうまく悪戯を交わしていた。鼻息を荒くしながら、エバンズに悪戯目当てで何度も菓子をねだりに行って、三度目で腰に思いっきり蹴りを入れられていた(その後でみっちり菓子を奪われていた)ジェームズは正直気持ち悪いと思った。


 朝食中のふとしたとき、●●はどうしているのかとレイブンクローの席をざっと眺めたが、どうにも彼女の姿は見当たらない。

 それは昼食のときも同じで、皆がわいわいとやっている中その姿がないというのは、少し物悲しいものを感じた。


 夜は祭だから、ぜひ来てほしい。

 そんな俺の願いが通じたのか、どこか「しまった・・・」という表情をした●●は、今にも俺らが計画を実行しようというときに広間に入っていった。



「じゃ、そろそろ実行といきますか!」

 ジェームズは、よっこらせと菓子の詰まった袋を担ぎなおし、跨った箒の柄をしっかりと握った。

 俺らも返事の変わりに、同じように柄を掴む手に力をこめ、今から飛び込む大きな扉を睨んだ。


「三」

 わくわくとする気持ちを抑えきれない、ジェームズのカウントダウン。

「二」

 あ、レギュラス。糞爆弾ぶつけてやる。

「一」

 でも横にマルフォイいるから止めとこう。後がうるさそうだ。

「ゴー!」


 隠れていたところから飛び出し、大荷物を抱えて手の離せないジェームズの代わりに、行き先を閉ざす広間の扉を、杖を振って押し開いた。


 俺たちが飛び込むと、はじめは悲鳴だった声が徐々に歓声に変わっていき、ジェームズがハロウィンの決まり文句を叫びながら菓子をばら撒けば、あちこちで拍手のようなものも起こり始めた。


 目の端で、マクゴナガルが呆れたようにため息をつき、ダンブルドアが相変わらず、にこにこと真意の知れない笑みを浮かべているのを見つけて、妙な充足感も感じた。


 悪戯担当の俺は勢いよく飛びながら、人の顔を五つ並べたものよりも大きいジャック・オ・ランタンに魔法をかける。通り過ぎた後に軽快な破裂音と悲鳴がして、にやっと笑いながら、次の悪戯を仕掛けた。


 完全にお祭騒ぎとなり騒然となる広間。無秩序になるそこで、生徒たちを諌めようと声を張り上げているフィルチを発見し、一杯のかぼちゃジュースを増幅させて真上から飲ませてやる。顔を真っ赤にして大喜びのフィルチに腹を抱えて笑い、後ろにいたピーターにも見ろよと促そうと振り返った。


 しかし、振り返った先で何より先に目に入ったのは、女の妙な集い。


 嫌な予感というものが胸をよぎり、ゆるゆるとそいつらの頭高いところに飛ぶ。

 真上まで来て、その女の集いの中心にある黒い頭を見て、少しうんざりした。

 この喧騒に乗じて何をしようとしているのか、顔を青くしている●●を取り囲み、俺が嫌いな女特有の恐ろしい表情をして何かをぎゃんぎゃんと喚いているやつら。


 ああ、これを予測して、●●は時間をずらして食事に来ていたのか。

 どうしたものか。

 ちょっと逡巡して、よしと心を決めた。


 俺はいったんそこから離れ、十分に距離をとったところで、がくんと高度を落とした。ちょうど人の頭ほどの高さ。


 行く先を真っ直ぐにそこの集団に向け、姿勢を低くする。

 俺が力いっぱいにスタートしようとしていることに気づいた他の生徒たちが、焦りながら道を開けていく。


 そのおかげで道の先には、●●に夢中でこちらに気づかない女たちだけ。

 いつものようにタイミングを計り、ここだ!というところで飛び立った。


 しかしこのまま真っ直ぐ飛んでは●●共々轢き殺しかねない。


「お姉さんがた!ちょっと危ないですよ!」


 半分まで詰めたところで大きく叫べば、一直線にこちらへ向かってくる俺を見つけた女たちはぎょっと目を丸くして、きゃーきゃー喚きながらしゃがみこんだ。

 反応が遅れた●●は目と鼻の先まで迫っていた箒に、ぎゅっと目を閉じて腕で頭を抱えた。


 少し軌道をそらし、通り過ぎる瞬間。●●の腕を握り取り、そのままスピードに任せて引っ張りあげた。


「う、わ!」

 まさか予想外だったらしい。

「大人しくしてろよ」


 自分の前に●●を抱え込むようにして置くと、●●は勢いよく通り過ぎる景色に顔を真っ青にして俺の腕にしがみついた。暴れなかったことにほっとして、さらにスピードを上げる。

 開け放したままだった扉から廊下へと飛び出し、熟知した道を箒で突き進む。


「吐きそう・・・」

 うっぷと口元を押さえて頭をくらくらと揺する彼女。

「も、もうちょっと我慢しろって!」 もうちょっと、もうちょっと・・・着いた!

 外に晒されている廊下の柱の隙間から外に飛び出し、一気に急上昇した。


 夜になれば冷える外気。その中をスピードを落としてゆっくりと浮遊する。

 そうしていれば、彼女の気分の悪さも徐々に治ってきたらしい。地に立っているときよりよく見える星を、ぽかんと口を開けて眺めている。


「すごい」

 俺にはいまいちその感動がわからないけれど、さらにぎゅっと俺の腕を掴んでくる●●は心底感心しているようだ。

 ん?

 一度は見流した腕の圧迫感。バカみたいに二度見。先ほどの猛ダッシュの延長でいまだに俺の右腕に絡み付いている二本の腕に、笑えるくらい心臓が跳ねた。


 意識するな。意識したらおしまいだ。


「高いですね」

 飛んでますから。

「星、よく見えますね」

 飛んでますから。

「・・・シリウス君?」

「・・・・・・」

 こっちを見るな!見るな!
 無視しようとすればするほど、天邪鬼に俺の神経は右腕に集っていく。加えて、顎の下のある●●の頭をどうにか視界に入れないようにしていたのに、無反応の俺を不審に思ってか、低い位置からじっと顔を見上げられる。返事しなかったのは悪いけどさ!


 なんて返事しようなんて返事しようなんて返事しよう。

 すました表情をして、内心は冷や汗脂汗だらけ。●●の視線が外れたときはほっとした。


 ●●の注意がそれたのはいいけど、なんか微妙な空気になってしまった。
 あー、なんで俺こうなること想定できないのかなぁ・・・。


 考えなしに連れ出しといて、無視って・・・最低だろ。

 ずんずんと沈んでいく気持ち。気づかれないようにそっとため息をついた。


「シリウス君」

 もう降ろして、とか言われるよなぁ。そりゃ言われるよ。俺が●●の立場だったら言うもん。

 先を聞きたくないなと思いながら、小さく返事をする。
 言いにくいのか、●●は困ったように顔を俯けて、俺の落ち込みの足が底に着こうとしたとき、やっとぽつりと続けた。


「連れ出してくれて、ありがとうございます」

 その言葉は落ち込みの底で地団太でも踏んでやろうと準備をしていた俺を、一気に上まで突き上げた。


 まじまじと●●の頭のてっぺんを見ていると、髪の間から覗く地肌がじわじわと赤くなっていくのが暗がりの中垣間見えてしまって、俺まで変に顔が熱くなった。


「今年は、絶対に注意しなきゃって思ってたのに、部屋で居眠りしてたら、いつの間にか時間が・・・」

 女たちに囲まれたときのことを思い出しているのか、言葉尻が萎んでいった。


「飛ぶのはやっぱり怖かったけど、でも、シリウス君に、腕つかまれたとき、すごく、ほっとしました」

 恥ずかしさを押し殺して絞り出された言葉は、バカみたいに耳に残って、触れられている腕なんか、爆発するんじゃないかってくらい熱くなった。



 こいつが好きなのはレギュラスだ。

 頭の中の冷静な自分が叫ぶ。ぐっと痛くなる眉間。

 でも、もしかしたら気が変わるかも、なんて期待する俺は、俺らしくなんか全然なくて、だから振り払うべき彼女の腕も、いつまでもずっと引っ付けてるんだ。

 これだけの触れ合いで『嬉しい』だなんて思えてしまう自分は、女遊びをやめたせいで感覚が鈍ってしまったんじゃないか。



「俺・・・」

 お前が好きだ。

 本気じゃないときには簡単に唇から滑り落ちるのに、今は、声を失くしてしまったのかと勘違いするくらい、思うようにその先が言い出せない。

 幸か不幸か、俺の囁きに気づかなかった●●は、じっと息を殺して、眼下の森を眺めている。


 脳裏をちらつく、むかつく弟の影。

 こんなにも、アイツになりたいと願うことは、後にも先にも絶対この時限り。

 俺がじっと●●の頭を見ているのにもかかわらず、●●は相変わらず下を向いて、闇に覆われる森を見つめていた。


 俺を見ろよ。


 俺と●●の間の、見えなかった壁を今、しっかりと頬に感じた。






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テーマ「人外ファンタジー」
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