●●がどこで一夜を明かすか一悶着起きたが、結局は俺共々壁を背に、床に座り込んで寝ることになった。

 リーマスに、「てめえだけ床に寝て●●はベッドでいいだろ」的なことを言われたときには思わず手を滑らすところだった。俺のベッドだし、まず体勢から無理だろ。ていうかそれ以前に女が男子寮で寝るってのが問題だと思うんだが。


「それを君が心配するなら何も起きないよ。――じゃ明かり消すね」

 ふっと消えた明かり。同時に響くジェームズのいびき。いつも思うが、早すぎるだろ・・・。
 呆れながらジェームズが寝ている辺りを見つめていると、共有する毛布の中、自分の右手の下にある手がもぞりと動いた。


「・・・」


 ●●は先ほどの罵倒ともいえない罵倒を叫んでから、一言も口を開いていない。

 できるだけ俺と距離をとり顔を背けている辺り、おそらくまだ怒ってるのか。あー、気まずいなぁ。


 横目で彼女の様子を伺えば、伏目がちにも目は閉じず床の埃を見つめていた。こんな状況じゃそりゃ寝れねえわな。


「・・・寒くねえか?」

「・・・」

 ほらもうこれ、絶対怒ってるもん。●●が無視するなんて聞いたことないもん。
 勇気出して話しかけてこの様だよ。


「・・・す」

「はえ?」

 小さなため息くらいの声。聞き取れなくて変な返事をしてしまった。

 ●●のほうを見てみるが相変わらず顔は背けたまま。聞き間違いか?

 暗がりの中じっと彼女の唇が動くのを見ていると、ためらいがちに視線をこちらに寄越し少しだけ唇を動かした。


「ちょっと、寒い、です」

「え・・・」

 肩まで毛布に埋まりながらなおも顔を伏せようとする姿を見てようやく頭まで彼女の言葉が染み渡った。


「あっ、ああ!え、とどうしようか、えと、えと」

 俺挙動不審すぎ。
 でももう被れるようなのはないし・・・でも寒いって言ってるし・・・。

 だったらもうピーターの毛布奪ってくるしか方法がない。そう提案しようとしたんだよ俺は。


「も、もっとこっち寄るか?」

「・・・・・・・・・」


 ぐおおおお!俺何言っちゃってるの!?意味不明なんですけど!引いてるもん!この冷たい目!!引いてるもん!!

 違うんだって。俺が言いたかったのはそういうことじゃなくてさっ。

「いや、だってほら、ここの隙間がなくなればほら、な?あったかいなぁ〜・・・?」

「・・・・・・・・・」

 もう泣きたい。

 だってそうだろ?変に離れてるせいで隙間があいて寒いんだろ?もう言い直す気力ないけどさ。
 寝よ寝よ。なかったことにしちゃおうぜ。

 内心心臓ばくばく、冷や汗だらだらで無理矢理目を閉じる。
 彼女の左手がうごめくのを気にしないようにするのも至難の業だ。


「いいんですか?」

 目を閉じたせいで妙に隣の動きを気にしてしまっていたところに声をかけられたから、もう大変。


「な、何が・・・?」

 声が上ずらないか心配したけど、どうやら少しどもっただけですんだらしい。

 ●●は少し気まずそうに視線を漂わせ、己の左手をぎゅっと握った。


「そっちに詰めても、いいですか?」

「え」

「嫌じゃ、ない、ですか?」

「あ、はい。嫌じゃ、ないです・・・はい」

 ●●はしばしの間何かを考えるように動きを止めて、小さな声で「よし」と呟いた。そんな気合入れてまでしなくても・・・。

 ちょっと気持ちが落ち込んだのも、●●がちょこちょことこっちに寄ってきてほぼ距離がゼロになってからは吹っ飛んだ。


 これ、近すぎない?

 さっきとは違う心臓の高鳴りが始まり、押さえの利かない感情が高ぶってどんどん体が熱くなる。


 暗くてよかった・・・。

 本気でそう思えるくらい、俺の顔はたぶん真っ赤なんだと思う。

 あ、なんか吐きそう。
 口元を押さえながら、●●はどんな表情をしているのかと伺えば、ちょっと俯いた半開きの目は今にも閉じてしまいそうで。

 緊張してるのは俺だけかよなんていう侘しい気持ちと、不可解に嬉しい気持ちがこみ上げてきて口元が緩む。


 さあ俺も寝ようかと無駄に意気込み目を閉じれば、さっき無理矢理寝ようとしたときの苦労はなんだったんだと言いたいほど早くに眠気がやってくる。

 こんなに幸せな気持ちで寝ることなんて今まで一度もなかったな。


 それもそうか、好きなやつが隣にいるんだから。


 ――好き?・・・ああ、そうか。やっぱり俺、●●のこと――・・・。

 とろとろと溶けてゆく意識を夢の中に引き込みながら、何か大事なことに気づいた気がした。




 秋の始まりの肌寒さで目が覚める。

 カーテンの隙間から足元まで差し込んだ淡い朝日の中で、埃が光りながら舞い落ちて行くのをボーっとしながら見ていた。

 俺なんで床に座って寝てんの?そんなに寝増悪かったっけ?うわ、腰いてえ。

 立ち上がろうとほんの少し腰を浮かす。


 すると、肩に乗っていた何かがずるりとずれた。

「?」

 なんだよとそっちを見れば、そこには俺の右肩に頭を預けぐーすかと気持ちよさそうに眠る●●。毛布をかき集めてもこもこになっているところから、どうやら俺は一晩中、彼女に毛布を奪われ寒々としながら眠っていたらしい。だからこんな寝覚めが悪い・・・。


 恨みのこもった目で●●を見るも、彼女はいまだ夢の中。

 ま、いいか。

 これで二度目となる彼女の寝顔を見れただけでいいとしよう。


 満ち足りた気持ちに任せ、肩に乗る頭に自分の頭を重ねてみる。


 窓の外で朝の小鳥が鳴き、戯れながら飛んでいって――。


 て、俺何してんの!

 まるで恋人同士のようなことを一方的にしてしまったことに身もだえするくらいの羞恥が襲い、すぐさま頭を上げて熱い顔を両手で覆った。

 ぐおおおお・・・昨日から俺おかしすぎるだろ。

 叫びだしたい気持ちを抑え、大きく息をついてから顔を覆っていた手を外す。


「――ん?」

 目の前にそろう両手。

 ふさがっていたはずの右手はそんな跡すら残さずそこにあって。



「と、れた・・・?」

 とっさに●●にぐるぐる巻きついていた毛布を剥ぎ取り、その左手を見る。なんの変哲もない・・・なんの・・・。

 おもむろに右手を伸ばし、そっとその左手の上に重ねてみる。重ねて、離して、重ねて、離して。


「なんだよ」

 取れてよかったはずなのになぜかちょっと寂しくて、少しの間だけ手を重ねたまま呆然とした。




「●●、●●」

 名前を呼び体をゆすれば●●は小さくうめき声を上げながらうっすらと目を開けた。

「眠れたか?」

 訊けば、●●は頭を遅い動作で掻き、一瞬首が落ちてしまったのかと思ったくらい力の入っていない動きで頷いた。

 いつもの彼女の姿からは想像できないくらいまぬけな動きに苦笑がもれる。


「レイブンクローの塔の近くまで送っていってやるから、箒乗ってくれるか」

 窓の外に浮かせた箒を指差す。昨日の今日だから嫌がるかと思いきや、●●は素直に頷きゆらゆらと立ち上がった。

 窓を開け、体を押し出し先に箒に跨る。


「ほら」

 枠に足をかけてもたもたとしている●●に手を伸ばせば、逡巡したもののすぐに手を差し出してきた。


 どうにかこうにか彼女を後ろに乗せ一息。

「じゃ、行くぞ」

 背中にひっつく頭が縦に動くのを確認し、一度、開け放たれた窓の中を覗く。幸せそうに眠る三人は思い思いの寝言を上げていた。

 あほ面だな。


 一人笑みをこぼし、背中の温もりがもぞもぞと動くので意識を引き戻された俺は昇りたての朝日を見ながらゆっくり箒を出した。




「ここでいいか?」

「はい。ありがとうございます」

 ホグワーツの西側にあるレイブンクロー塔。
 飛んでるうちに覚醒した●●は少しパニックを起こして数回落ちそうになったから焦った。


 ●●だけを箒から降ろすと彼女はぺこぺこと頭を下げ始めた。なんかこれ苦手だなぁー・・・。

「本当にいいからさ」

 ずいぶんと高くなり始めた太陽を見上げそろそろ皆が起き出す時間帯かと計り、寮に帰ってからあの寝覚めの悪いリーマスのお目覚めを手伝わないといけないと思うと憂鬱になった。

 じゃあそろそろ戻るわと声をかけようとしたとき、シリウス君、と呼び止められる。


「あの、昨日はごめんなさい」

「昨日?」

 何かあったか・・・?ていうかありすぎてどれかわからねえ。
 首をねじってあれでもないこれでもないと考えるけどやっぱりわからない。


「昨日、私、シリウス君にバカって・・・」

「ああ、あれか」

 謝るほどのことか?リーマスが切れたときに吐く暴言に比べればかわいいものだけど。

「いや、俺も言いすぎた。すまなかったな」


 ぶんぶんと頭を横に振る●●を見て、これからはレギュラスを引き合いに出して傷つけるのは止めようと心に決めた。心に決めたはずだった。



「じゃ、また授業で」

「はい」

 短い足の草を蹴って飛び立つ。
 高い位置から●●を見下ろせば不安げな目で俺を見上げていた。俺は落ちねえから大丈夫だよ。

 ひらひらと手を振れば慌てて振り替えす姿を目に焼きつけ、自分が今から猛スピードで帰らなければならない方向を睨んだ。


 せーの、とリズムを合わせて飛び出した。




 部屋に帰れば急いで帰ったのにすでに皆は起床済み。

「なんだよ、起きてたのか・・・」

「僕だって一人で起きられるよ」

 どの口がそれを言うんだか。

 まあ今ネクタイを握ってるリーマスにそんなこと絶対に言えないけどな。首を重点的に締め上げられる。


「あーだりいだりい。さっさと飯食いに行こうぜ」

 鞄を掴み取り一人さっさとドアから出ようとする。


「シリウス、大丈夫?」

 半分パジャマ半分制服という格好でベッドに横たわっていたジェームズが不思議そうに言った。


「あ?●●か?あいつならさっき送って・・・」

「じゃなくってさ」

 よいしょ、と起き上がったジェームズは真顔で俺の顔を指差した。

「真っ赤」




 飛び出す瞬間に地上から叫ばれた声。

「本当は、シリウス君と、一緒にいれて、ちょっと、楽しかった、です!!」


 おかげで城の壁にぶつかりそうになるわ校長室に突っ込みそうになるわ大変だった。




「い、今飛んできたばっかだから暑いんだよ!暑い!!」

「ふ〜ん・・・」

 不審そうに目を細めるジェームズはとりあえず殴っておいた。






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