「とにかくジェームズを殴りに行こう」

 絶対ジェームズだ。ジェームズに違いない。ほかに誰がいるんだよ、こんなバカみてえなことするやつは。
 杖で必死に接着部分をほじくっていた●●は少しの間まごついたものの、やはりこんな状況になったのはジェームズのせいだと考えたらしく渋々と頷いた。

 日は今にも暮れる寸前。
 闇に乗じて戻る・・・といっても城の中は爛々と照明が輝いてるわけで、誰の目にも触れずにジェームズ達を探し出すというのは至難。

 それでもコレが誰かに見られるというのは非常にまずい。

 だとしたら、残る方法は。


「なあ●●、さっき箒乗るの苦手って言ってたけど、高いところは大丈夫なの?」

「はい。・・・でも、あんまり高いところは・・・」

「大丈夫。そんなに高くないから」

 箒呼んで、俺たちの部屋まで直接飛んで行くしかない。それでも中から誰かに見られるかもしれないけど、廊下を堂々と渡っていくよりは何倍もマシ。


 ●●にこの考えを述べれば、他に策はないかと考えていたのか長い長い無言の後にうなだれるようにして、ようやく賛成した。


 そうと決まれば、さっさと行動。早くしないと飯も食い損ねることになるかもしれない。

 慣れない左手で杖を取り、箒小屋があるであろう方向を指す。

 ここまで離れたところからアクシオすることなんてほとんどないから、うまくいくか不安だが・・・。


「アクシオ」

 できれば格好悪いところは見せたくない。祈るようにして杖を向けた先をじっと睨んでいれば、やがて、暗く霞む所から一本の箒が真っ直ぐに飛んでくる姿を目に捉えることが出来た。

 一年生が練習で使ってる安っぽい、古ぼけた箒だけど仕方ない。

 腰の辺りでふわふわと浮かぶ箒に跨ろうとして、ふと●●を振り返った。


「前と後ろ、どっちがいい?」

「え?」

「え、じゃなくてさ。乗るの、前と後ろどっちがいい?」

「・・・え?」

 いやだから、え、じゃなくて。


「い、一緒に乗るんですか?」

 彼女にとっては予想外のことだったのか、後ずさりをしていく。けど手が繋がっているのでそう遠くにはいけない。


「一緒じゃなくてもいいけど、落ちねえか?」

 よっこらせ、と●●の手を必然的に引く形になりながら一人箒に跨る。


「どうする?」

「・・・」

 ●●は箒が飛んできた方向と俺を交互に見比べ、最後にグリフィンドールの寮の辺りを見上げてからほんのちょっと青くなった。


「う、後ろで・・・」

「了解」

 彼女はできるだけ俺にひっつかないように、柄のぎりぎりのところに跨った。この子落ちるつもりなのかな。


「もうちょっと前に来てもらわないと柄がつかめないんだけど・・・」

 くっついてる俺の右手は●●が後ろに座れば座るほど持って行かれる。さすがに二人乗りで片手操作は辛い。


「でも・・・」

「大丈夫。ちょっとだけだから」

 まごつく●●に痺れを切らし、半ば強引に彼女の手ごと引っ張って柄を握りこんだ。嫌でも感じてしまう彼女の体温を意識しないようにしながら、●●のもう片方の手も無理矢理俺の腰に回させた。


「じゃ、ちゃんとつかまっとけよ」

 少しまた距離を開けようとしていたのに、素直にぐっと寄ってくるもんだから、思わず頬が緩んだ。


 地を蹴って軽く浮き上がったところで、目的地の寮を見上げる。

 所在のなくなった彼女の足が不安そうに擦り寄ってくるもんだからもうやばい。目をぎゅっと閉じて早く地に足が着くのを待っている●●のためにも、ある意味俺のためにも、飛行時間は短めにしなければならない。


 腰を低くして、ひゅっと一息すってから一気に飛び出した。




 がつがつと、割ってやる勢いで窓を叩く。

 俺がいないのも関わらず楽しそうにどんちゃんとやっていたやつらは、どこからの音かとキョロキョロと見回し、最後にもう一度窓を強く叩けば、三人同時にこちらを振り返った。

 なんだこいつ、みたいな視線を交わした三人を代表してジェームズが窓に近寄ってくる。


「合言葉は?」

「死ね」

 そんなことやってる場合じゃねえんだよ。早く開けろ。

 本物のシリウスだ!とか叫んで、嬉々として窓の鍵を開けたジェームズ。きっと『どうしてこんなとこから入ってこようとしてるんだい?』なんて訊こうとしたんだろうけど、俺の後ろの見知った影を見つけて、ただ目を見開いた。


「・・・ついに誘拐しちゃったの?」

「いいから早く入れろ」

「手まで握っちゃって!リーマス!ピーター!シリウスがふしだらなことしてる!!」

「シリウスはいつもふしだらだから大丈夫だよ。それより何騒いで・・・」


 ジェームズは、ぐったりとしている●●を落とさないようにずりずりと引きずり上げ、俺もそれに合わせて窓から侵入した。

 途端にリーマスから恐ろしいほどの威圧感が。


「シリウス・・・君、何してんの?・・・何、手なんか繋いじゃってるの?」

 ゆらりと立ち上がり、今にも杖を向けてきそうなリーマスに、泣きながら気を鎮めてもらう。

 どうどうと手を出せば、●●の体もひっぱられてずるりと動いた。そこでようやく違和感を得たのか、閻魔大王のリーマスが般若辺りまで落ち着いた。


「シリウス、それ・・・」

 リーマスが不自然に密着している手を指差す。が、その指先がそろそろと横のほうにずれていき、あわせて俺もそのほうに首を傾けた。


「●●ちゃん!●●ちゃん!」

「●●ちゃん、大丈夫?」

「吐きそう・・・おええ」

「ぎゃー!!ピーター!!清めて清めて!!」

 隣でぎゃあぎゃあと騒いでいた三人。焦ったピーターが清めの呪文を失敗してジェームズの眼鏡を粉砕した。


 ・・・。ちょっとスピード出しすぎたのかな。

 真っ青になってぐらぐらと頭を揺らす●●を見れば一目瞭然だった。




 ●●も落ち着き、ジェームズの眼鏡も直り、ようやく皆は和やかな雰囲気で茶を飲みだす。


「いやいや、そうじゃなくてさ。何和やかになってんの?それなんなの?」

 ジェームズがティーカップを乱暴に置きちょいちょいと俺たちの手を指差した。
 なんだこいつ。自分がやったくせに白々しい。


 俺と●●が二人で恨めしそうな目をしてジェームズを睨めば、やつは「何!?僕のせい!?」と騒ぎ始めた。

 おめえのせいだろ、おめえの。

 俺がそう言おうと唇を開きかけると、隣でがしゃんとカップが置かれ、繋がった手がぐいと引っ張られた。●●が珍しく目を吊り上げ、テーブルに乗り出してジェームズに詰め寄っていた。


「だって、ジェームズがやったんでしょ・・・っ?」

「え。ぼ、僕?」

 自分の鼻先を指差すジェームズを見て●●は己の首をぶんぶんと縦に振った。


「知らないよ!僕ずっとリーマスやピーターと一緒にいたし、それ以外はリリーの・・・いや、これ以上は言わないでおこう」

 一人で急に興奮し始めたジェームズに若干引いたように頬を引きつらせた●●は、助けを求めるようにリーマスとピーターを見た。

 いまだにいまいち状況が飲み込めていない二人は互いに顔を見合わせ、ピーターが眉を下げて答える。

「ジェームズはずっと僕たちといたよ。それ以外は本当にエバンズと一緒にいただろうし」


 まじかよ。
 絶対ジェームズだと思ってたのに。


「でも、でもっ、こんな、こんな・・・」

 ●●も納得がいかないらしく尻すぼみながらもぶつぶつと不満を呟く。

 そんなに俺が嫌か。そうかそうか。
 まさかこんなに嫌がられていたとは思わなくて、少しどころか八割ほど何かがえぐれた。


 俺がやるせない気持ちを顔に出しながら●●の必死な横顔を見つめていれば、彼女はそれに気づいてぱっと俺を振り見た。


「・・・」

「・・・」

 とっさにそらせず、ばちんと合う視線。
 どうしようかと変な焦燥を感じていると●●は俺の目から肩、肘と視線を伝わせ、最後にはその交わったところに目を留めた。俺も倣ってそこを見る。ついでに三人もそこを見る。


 じっとそこを見ていたかと思えば、乗せている●●の手が少しずつ熱を持っていった。

 お、と思って再び●●の顔に視線を帰せば、目にうっすらと涙を浮かべ、かつてないほど顔を真っ赤にして。


 あれま、なんていうジェームズの声も遠く、俺はその顔から勢いよく顔をそらした。ぐりんって真逆に顔を向けてやった。

 なにあれ、なんであんな照れたような顔しちゃってんの。さっきまでめちゃくちゃ真顔だったじゃん。レギュラスと話した後くらい赤いんじゃないの。いやいやそりゃ異性に免疫ないやつがこんな状況に陥れば赤くなるわな。なのになんで俺まで恥ずかしくなっちゃってんの。


 俺の手の下でもぞもぞと動く手の動きにも敏感に反応してしまって思わず手を引っ込めようとしたけど、ただほんの少しだけ●●の手を引くだけに終わった。


「はいはい、わかったから。で、ジェームズ以外に心当たりはないの?」

 手を打つ音にようやく世界に戻された俺はリーマスを見る。


「いや、絶対コイツだと思ってたから」

「ヒドイ!」

「まあそうだろうね。こんな幼稚なことジェームズくらいしかしないだろうし」

「ヒドイ!!」

「ちょっとうるさいから黙って」

「はい・・・」

 ●●ちゃんなぐさめてとわんわん泣きながら●●に泣きつくジェームズと、それをどうしようかとあわあわとする●●。


 丸っと流したリーマスはおもむろに時計に目をやった。


「気になることはたくさんあるけど、そろそろ夕食の時間だ」

 ジェームズの対処に困っていた●●はぱっと顔を上げる。どうやら腹減りのようだ。


「飯か。俺も腹減ったな・・・て」

 これじゃ行けねえじゃん。

「じゃあ僕たちはご飯に行ってくるよ」

 まだ泣いていたジェームズの首根っこを掴み、椅子から立ち上がった。
 まさか、いや、まさかしなくてもこいつ、ひもじい俺たち残して自分らだけいい思いするつもりだ。


「り、リーマス!」

「何?」

 さっさと部屋を出て行こうとしたリーマスを呼び止めれば、そ知らぬ顔で振り返る。


「飯」

「来れば?」

 ・・・、こいつ、「じゃあ僕が持ってきてあげるよ!」の一言も言えないのか。
 じーっとリーマスを睨むように見るが、痛くも痒くもないようで同じ表情を保っている。

 ジェームズは使い物にならねえし、ピーターもリーマスの反応にびくびくしてるし。ああもう今日は諦めるしかないかなぁ。


 やっぱりなんでもないの「や」と言った瞬間。


 ぐ、ぐーー・・・ぐ。


 高らかと響き渡る中途半端な腹鐘。俺のじゃ、ない。・・・まさか。「ご、ごめんなさい!お腹すいちゃ、って・・・」

 わたわたと慌て、また赤くなりながら顔が見えないくらい下を俯いた●●。そりゃ恥ずかしいわな。うんうん。


 ゆっくりと、複雑そうな顔をしたリーマスを見て、最後の一押し。


「・・・リーマス」

「・・・・・・・」




 ●●の腹の虫のおかげで飯にありつくことが出来た。

 もくもくと食事をする。俺の場合は利き手がふさがってるからぼろぼろとこぼしながらの食事だったけどな。

 俺がこぼして悪態をつくたびに●●がちらっとこっちを見てくるので、俺も見返せば目が合う前にすぐにそらされた。

 じきに食事も済み、また今俺たちが抱えている問題についてが話題の中心となる。


「ちょっと引っ張ってみてもいい?」

 本当にくっついてんの?と言いたげな表情をしてリーマスが指差した。
 とにかくどんな方法でもいいから試してみてほしい俺は頷く。

「じゃあピーター、ちょっとシリウス踏んどいて」

「おい。って、ピーターも本気で踏んでくるな!」

 相変わらずリーマスは俺に風当たりがきつい。ジェームズにもピーターにもいつもきついが。

 ピーターが余っている俺の左手を掴み、リーマスが●●の腰にぐっと腕を回す。なんだよ。そうまでする必要あるのかよ。

 リーマスの顔をじっと見るが、やつは気づかなかった。


「じゃあ、引っ張るよ。せー・・・の!」

 掛け声と同時にぐんと後ろに引かれる。それはもう思いっきり。しかし相変わらずびくともせずに貼りついた手と手。みしみしと悲鳴を上げる手と手。


「い、ってぇ!」

「ううぐっ」


 俺と●●が痛がってるってのに傍観者のジェームズはへらへら笑ってやがる。
 これ、手と手が離れる前に肘から先を持ってかれるんじゃねえの、ってくらい痛い。


「もう止めろ!とれねえって!」

 ばたばたと暴れれば、ピーターが驚いて引っ張っていた腕をパッと離した。リーマスもこれを機に諦めたようで●●を抱いていた腕を解く。


「完全にくっついちゃってるね」

 ため息交じりに腕を組むリーマス。

「終わらせ呪文はもちろん試したんでしょ?」

「わかる呪文は全部試した」

 な、と同意を求めるように●●を見れば彼女は頭を縦に振った。

「シリウスと●●が手を尽くしても外れないのに僕がどうこうしても・・・。ジェームズ」

「ムリ」

「てめえ何も考えてねえだろ」

 頬杖付いてへらへらしながら即答したジェームズを睨みつける。見ろ。お前の即答を聞いたときの●●の残念そうな顔。

 ジェームズは心外だとでも言いたげに目を丸くした。


「考えてるさ。だって僕がこの呪いの解除の仕方を知らないのは事実だし、ちゃんと『明日はどうすればいいんだろう』とかも考えてあげてるのに」

「ふん」

 どうだか。実際のところ本当にこれがジェームズのせいじゃないってところも怪しいところだ。加えてジェームズが明日の心配?あいつがそんな気の回るやつとは・・・。て、明日?

「明日・・・?」

 俺の気持ちとシンクロしたように●●がいぶかしげな声を上げる。声音にジェームズも小首をかしげた。


「だって明日も授業あるだろ?君たち、明日までにその効力が取れなかったらソレで授業受けるつもりなの?」


 目をぱちくりとする俺ら。

 「不可抗力だ!」と叫びたいその元凶である部位を恐る恐る見やり、真っ青になった。●●だけ。


 なんでそんなに焦ってんだ。もし明日になってもこの呪いが解けなかったときの対処法は一つだろ。

「さぼれば・・・」

「だ、だめです!!」

 ぐんっと手が引かれ驚いて見てみれば、●●が必死の形相で俺を睨みつけていた。


「そんな、さぼるだなんて、そんな・・・明日は変身術もあるのに・・・だめだよ・・・」

 ぼそぼそと独り言のようになる言葉にちょっと困る。出たいなら出てもいいけどさ。

「じゃあコレでいいのか?」

 ぶらんと●●の左手を引き連れて俺が右手を持ち上げれば、彼女は眉を寄せて俯いた。


「それは・・・」

 でも、と続ける声に発作的な苛立ちを感じ頬がひきつる。それをごまかしたくて左手で頭をかくけど、「いや、でもさ」と発した自分の声に隠しきれない苛立ちがにじみ出ていた。


「こんな状態で明日ホグワーツうろついて、レギュラスにでも見られてらどうするわけ?俺は別にいいけど、アイツ、俺のこと死ぬほど嫌ってるから『●●・××とシリウス・ブラックと手を繋いでうろちょろしてる』なんていうのを知ったりでもしたら心底幻滅するだろうな。あんたの好きなレギュラスにそんな風に思われてもいいの?それでもいいなら・・・」

 鬱憤を全部吐き出し、ちょっとの後ろめたさを感じつつ、そらしていた目を●●戻してぎょっとした。


 俺に言い返そうとして小さく唇をぱくぱくと動かし無声音を発して、結局諦めたように滲む目を伏せる●●。


 ●●がごしごしと目をこすり始めるのを合図に、呆然としていた三人が俺に罵声を浴びせ始める。


「シリウスサイテー!!シリウスくたばれ!!」

「シリウス・・・最低・・・」

「君ってほんっとに無神経で腹が立つよ」

「ばっ、これはちげえよ、ほら!ああっ、泣くなって!ごめんって!」

「泣いてませんっ!」

 泣いてるだろ。
 何を言えばいいのかとわたわたしていると、●●がちょっと赤い目を吊り上げながら俺を見上げた。


「シリウス君の・・・シリウス君の・・・」


 ぼそぼそと繰り返される自分の名前にうろたえていれば●●はすうっと息を大きく吸った。


「バァカ!!」






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