「し、シリウス・・・?」 「あ゛あ?うるせえな」 「・・・いや、なんでもないよ」 「だったら話しかけんな」 「ご、ごめん・・・」 様子を伺うように声をかけてきたジェームズを睨みつけ、壁をげしげしと蹴りつける。 あー、イライラする。 「なに?シリウスどうしちゃったの?」 こそこそとジェームズはリーマスに耳打ちする。お前の声はでけえから聞こえるんだよ。 「あー・・・、ジェームズはさっきいなかったもんね」 苦笑をして、リーマスは俺の様子をちらりと伺う。それを無視して俺は手当たり次第に書きかけの課題を燃やしていった。 それを了承と捕らえたのかリーマスはまたジェームズを見た。 そうだ。俺の怒りの原因を知ればいい。 「シリウスがちょっとやきもち妬いちゃったみたいで」 「だああ!ちげえよ!」 リーマスならちゃんと説明してくれると信じてたのに。 しれっとして言うリーマスは、俺が怒鳴ってもしれっとしていた。 「あれはどう見てもやきもちでしょ?」 「違う違う。俺がむかついてんのはレギュラス!あの、血がつながってるとは思いたくもない弟!!」 思い出すだけでも憎々しい!あの涼し気な顔ぺしゃんこにしてやりてえ。 「だから、妬いたんでしょ?」 何が違うの?と不満げに眉を寄せる。 「違う!!」 リーマスはだめだ。こいつは敵だ。 話について行けずにぼーっと突っ立ていたジェームズを握っていた杖でビシッと指す。 「いいか、ジェームズ。耳かっぽじってよく聞いとけよ」 「なんかめんどくさそうだからいいや」 「あれはな、ついさっきの話だ」 「・・・」 リーマスに魔法薬学の課題(×五)やってないのがばれて、杖で背後から小突かれながら図書室に誘導される。 「別に催促されてないんだからいいだろー」 ジェームズもやってないだろ?何で俺だけなんだよ。 リーマスはにこりと笑って背中にぐりぐりと杖先を押し付けてきた。 「ジェームズはちゃんとやってるよ。課題の面でどっかり寮点抉ってんのは君だけだ」 「・・・・・・。いやでもさ、一応スラグホーンには気に入られてるし?授業中は毎回少なくとも十点はもらってるし?な?」 「その五倍の点を一日に消費するのも誰だろう」 「図書室行くか」 「そうだね」 くそ。スラグホーンのやつ授業のときはべた褒めしてくるくせに、課題のことは多めに見てくれねえのかよ。 どうにか逃げられないかと考えるけど、背中に突き刺さる勢いで押し付けられている杖のことを考えるとどうにも逃げ道はなさそうだ。別に今逃げられないわけじゃないけど未来を見据えた上の判断。逃げたら死ぬ。 こうなったら死ぬ気でやってやろうじゃねえか。 課題(×五)なんか二時間もあれば十分だ。たぶん。 かわいそうなものを見るような目をいくつも感じ、ちょっとした羞恥と気まずさで歩くスピードを落とせば『おら、さっさと歩けよ』と言わんばかりに杖が背中に食い込んだ。 なんだ俺は。囚人か。 そうこうしているうちにようやくたどり着いた図書室。 少しだけ扉の隙間を空けて中を覗く。・・・あんまり人はいないみたいだ。 「何してんの。早く入ってよ」 「ああ、悪い。いつもの癖で・・・」 「クセ?」 「なんでもないです」 もう何もしゃべらないぞという意識を表すため両手で口を覆えばリーマスはため息をついて少しだけ開けた扉から入っていった。 リーマスに倣って図書室に入れば、即効でマダムが俺に警戒するような視線を投げてきた。 今日は違うよ。 ひらひらと両手をおちゃらけて振って見せれば、マダムはまだ少しかんぐった表情をしたまま、半分浮かせていた腰を落ち着けた。 図書室に来るときといえばなんかやらかすときだからなぁ。俺とかジェームズがここに近づくたびに監視してくる。そのせいで図書室に侵入するのが難しくなってて、こっちもこっちで警戒しながら行かなきゃいけない。 「じゃあ、さっさと資料探してきなよ」 「へーへー」 椅子に腰掛ける前にリーマスに即座に追い払われた。まあいいか。ちょっとの間棚の間でぼーっとしとこう。 薬学に関する資料が敷き詰められている棚の列。一冊一冊が異常な厚さで嫌になってくる。 そういえば何についての資料が必要なんだっけ? 自分の目線より少し高い位置にある本の背表紙のタイトルを読むでもなく見流し、ぼーっと突っ立っていた。 どうしようかなぁ。リーマスに聞きにいこうかなぁ。でもまた怒られそうだなぁ。やっぱ聞きにいかなくていいやぁ。 よし、と頷いた。それと同時か少し早くか、一つ向こう側の本棚の間を横切る人影があって、俺は一瞬リーマスかと思い死ぬかと思った。 リーマスのものよりずっとずっと低い影は、うろうろと同じようなところを動き回り、最後には俺の真正面で立ち止まった。 誰だろう。 純粋な疑問が生まれて、俺は本と本の間からそちら側を覗き見た。たしか隣の本棚は変身術の・・・。 そいつの姿をしっかりと捉え、俺は目を疑った。 黒髪、俺より低い背、緑のローブ。 「うっわ・・・」 最悪。 何が悲しくて、俺はあいつの姿を覗かなきゃならん。気分わりい。 すぐにその場を立ち去りたかったが、何かやってやりたい。 俺は杖を取り出し、本の隙間に腕を突っ込んでがら空きの背中に狙いを定めた。 ・・・とは言っても、今何かしでかせば即効で図書室を追い出されそうだ。俺は別にいいんだけど、もしそうなったときのリーマスの般若のような形相が簡単に想像できる。 あんまでかいことは出来ないな。 古典的だけど、あいつの頭の上に本を落としてやることにする。うまくいけば死ぬし。 レギュラスが手元の本をぱらぱらとめくっているその隙に、やつの真上の本に杖を向けた。 小さく呪文を唱えると、分厚く薄汚れた本がずりずりと引き出始める。 気づかれないように、そっと、そっと。 あと一センチずらせば落下! ぐっと杖を引いた。 「――あの、すみまだっ!!」 「・・・え?」 キョロキョロとするレギュラス。自分で自分を殴りたい俺。 そして、床に倒れ伏すあいつ。 俺が杖を思いっきり引いたとき、通路から入ってきた生徒。どうやらレギュラスが立っていた場所に自分の欲しい本があったらしく、レギュラスに声をかけた。 その声を聞いて動揺しまくった俺は手元を狂わせ、罪のないそいつの頭の上に思いっきり本を落としてしまった。 あああー・・・。何でお前はそんなにタイミング悪いんだよ・・・●●・・・。 どうしようもないことになっている目の前の現場に頭を抱えていると、妙な視線を感じて顔を上げた。なんと、レギュラスがこちらをじっと見ているではないか。 とっさにしゃがんで隠れたけど、ばれたか? いやでももし気づいたなら嫌味の一つでも言ってくるはずだ。向こうからは気づきにくいはずだし・・・。 さっきまで覗いていた場所の一段下からまた覗き見れば、もうレギュラスはこっちを見ていなかった。やつが見ていたのは、やっとこさ体を起こした●●。 「大丈夫ですか?」 しゃがみこんでいる彼女に立ったまま言う。先輩だろうがなんだろうが、とりあえず見下すんだな。 「は、はい。ごめんなさい、本落としちゃい・・・」 ついにレギュラスを見上げた●●。 予想したとおり、喋っている途中のまま硬直した。 「いえ、たぶん僕が落としたので気にしないでください。先輩も大丈夫ですか?」 すごい音しましたけど。 レギュラスも、言ってる途中で●●が自分の顔を見て止まっているのに気づき、不自然に言葉を区切った。 「・・・本当に大丈夫ですか?――●●先輩」 「え・・・」 つい声を漏らしてしまい、慌てて自分の口を押さえる。 ちょ、おい。なんで名前知ってんだよ。 「これはどういうことだろうね」 急に真横から深刻そうな声がして、驚いてそっちを弾き見た。 リーマスが俺と同じように本の間から●●とレギュラスを覗いていた。 俺が呆然とリーマスを見ていると、やつは俺のほうを見て、しばらくの無表情の後ににっこりと笑った。 「あまりに遅いから何をしてるのかと思えば、お楽しみのようだったね。まあ、これはおもしろそうだから許す」 「・・・」 「――あ・・はい。大丈夫です」 真っ赤になる●●。 じゃなかった。 十中八九どころか、百パーセント顔を赤くしてキョドると踏んでいた俺は、それが外れて首をかしげる。 普通。普段どおり。それどころか、どちらかというといつもよりも落ち着いているようにも見える。 「立てますか?」 紳士的に儀礼的に手を差し出すレギュラス。 握るな握るな握るな握るな。 俺の念が通じたのか、●●は丁重にお断りして自分で立ち上がった。代わりにレギュラスの手は、犯人の本を拾い上げる。●●が服についた埃を払っている間に、レギュラスはその本と、本が戻るべき場所を交互に見やっていた。 もしかして、魔法見破られたか・・・? 一瞬ひやりとしたが、そうではなかったらしい。 「・・・ちょっと、届きませんね」 本を指先で持ってどうにか棚に戻そうとするが、あと少しのところで身長が足りない。 ざまあああああああみろおおおおおおおおおおおお!チービチービ!! 叫びそうになったけど我慢した。両手で口を押さえてたらリーマスに変なものを見るような目で見られた。 「え、じゃあどうやってその本とったんですか?」 首をかしげる●●に、レギュラスは一拍間を空け、ごそごそと杖を取り出した。 「それは、魔法でこうやって」 やつが一番高いところにある本を杖で指すと、本がすごい勢いで飛び出してきた。 俺の真後ろにあった本が。 「がっ!!」 油断しまくりだった後頭部に硬い本の角が突進して来て、加えてその衝撃に耐え切れず顔面を棚でぶつけた。二次災害だ。 「いってぇ・・・」 額と後頭部を押さえて悶える。なにこれすごく痛い。血出てねえかな。 横のリーマスがちょんちょんとつついてきたので涙目でリーマスのほうを見れば、あっちを見ろ、と●●たちのほうを指差した。 なんだよ。今めちゃくちゃ痛いんだけど。 しかたなしにそっちを見れば、性格悪そうに口元を歪めたレギュラスと完全に目が合った。 「あれ、失敗しちゃいましたね」 殺す。 飛び出して行こうとした俺を、のしかかるようにしてリーマスが止めた。 「もうちょっと、もうちょっと我慢」 「・・・」 殺す殺す殺す。 「あの、レギュラス君、どうかしたんですか?」 「いえ。なんでもありませんよ」 俺たちのどたばたを知ってレギュラスは鼻で笑いながら、また●●に向き直った。 確かに、俺らが覗き見してたことを●●が知ったらどんなに暴れるだろうか。 今はまだ我慢する。と、のしかかりーますにどいてもらった。 また覗き体勢に戻って向こうを見れば、すでに俺が落とした本はきちんと本棚に納まっていた。最初から大人しくそうしとけ愚か者。 「また変身術の勉強ですか」 「はい・・・。もう勉強してもだめかもしれません・・・」 「誰にでも得意不得意はありますよ」 ここでレギュラスが、気落ちして俯く●●の目を盗みまた俺のほうを一瞥し、にやりと笑った。 「先輩はあとアレもありますしね」 妙に『アレ』を強調。隣のリーマスの耳がぴくりと動く。 例の『アレ』とやらの話を持ち出された●●は苦々しげに眉を寄せ、その話は持ち出すなとレギュラスに柔らかく訴えていた。 素直にすみませんと謝ったレギュラス。 二人の微妙な無言の間。●●はそわそわと、レギュラスはボケッと突っ立ている。 何もないならさっさと帰れ死ね。あ、やっぱり死ね。 俺が心の中で二文字の呪詛を連呼していれば、レギュラスはさっき自分が見ていた本を取った。 「じゃあ僕はそろそろ」 何か話題はないかと頭をめぐらしていたのであろう、●●ははじかれるように顔を上げた。 「は、はいっ。引き止めちゃってごめんなさい」 ぺこぺこと頭を下げる●●になど動じず、レギュラスはいえいえと手を振って、あっさりと踵を返した。 「あ――」 しかし数歩歩いたところで思い出したように足を止め、また●●を振り向く。 ●●は首をかしげ、俺らも首をかしげ。 やつはじっと●●の顔を眺め、ある時に、さっき俺に向けたものとは真逆と言っていいくらい優しい笑顔を浮かべた。 「その髪のほうが似合ってますよ」 通り魔のように颯爽とそこを去っていたレギュラス。 しばらくの間呆然とレギュラスが立っていた場所を見つめていた●●は、不審に周りをキョロキョロと見回し始め、誰もいないであろうと決定づけたのだろうか、ほうっと小さく息を吐いて。 「〜〜〜っ」 顔どころか、服から覗く肌のほとんどを真っ赤にして、本棚にしがみついた。 なんだか妙におもしろくない気持ち。 きっと、ずっと赤くなるのを必死に抑えていたのだろう。だから変に言動が落ち着いてたのか。 「―――帰るぞ」 「あ、でも・・・」 「気分悪い」 立ち上がり、俺の様子をさっきからちらちらと伺ってきたリーマスに言う。リーマスは俺と●●を交互に見ながら、仕方なしといった様子で立ち上がった。 音を立てないようにそこを去ろうとしていてなお、俺はわざわざ●●のほうに耳を傾けていた。 「―――ス、くん」 だから聞こえてしまった●●のか細い呟きは、重苦しく俺の中に残った。 「覗き見なんて、相変わらずいい趣味ですね」 憎たらしい声がすぐ真横から。 視線だけで追えば、席について先ほどの本をめくるレギュラスがすぐ横にいた。普通気づくだろ、俺。 無防備に俺に向けられている頭。いつもなら拳の一発や十発向けているところだ。 「・・・うるせー」 そんな気も今は起きず、こちらを振り返りもしない生意気な頭にふんと鼻を鳴らし、早足でそこを去った。 「――というわけだ。むかつくだろ?」 「・・・」 長々と話を聞かされたジェームズは、俺の同意を求める言葉に盛大にため息をついた。なぜかリーマスもピーターもため息をついた。リーマスはいいがピーターとジェームズは許さん。 「でシリウスは今、あくまでも、レギュラス君にむかついて仕方がないと?」 「おお」 「あくまでも、レギュラス君と●●ちゃんのことにはムカついてないと?」 「おお」 「あくまでも、ヤキモチは妬いてないと?」 「だから何度もそう言ってるだろ」 「バカだね」 話にならんあっちにいけ、と手でしっしと追い払うしぐさをするジェームズ。 俺が拳を天高く振り上げたところでジェームズは頭を庇いながら言う。 「もし僕がシリウスの立場で、●●ちゃんがリリーだったらすごくヤキモチ妬くけどな」 「そりゃお前はな」 俺の拳は無防備なジェームズの脇腹に入った。 「まあ、いつかわかるよ」 床に転げてジェームズは脇腹を押さえながら涙を流した。 結局図書室では一つも進まなかった課題を今晩から地道に終わらすことになり、いつもなら寮を抜け出すこの時間帯も机とにらめっこ。 「それにしても、レギュラス君の言ってた『アレ』ってなんだろうね」 ベッドに潜り、さっさと寝ればいいものを、一人でずっとぺちゃくちゃと喋っていたジェームズは急に声のトーンを落とした。 一瞬どきりとして思わず羽ペンを止めてそっちを見てしまった。 ジェームズは目が合うとにやりとする。 「・・・知るかよ」 ちょっと情報収集してみる?とむかつくほど楽しそうな声を出すジェームズから、俺は目をそらした。 |