課題の提出をしない生徒がいるから、今日は広間で自学習をしましょう。とか何とかスラグホーンが言って、広間に集められた生徒。

 ちょっとのざわめきはあるものの、スラグホーンは特に咎めないから楽だ。にこにことして生徒たちの様子を見ている。


「シリウス・・・今君は、君とは思えないくらいブサイクな顔をしてるって言うことに気づいてる?」

 羽ペンを片付けながらリーマスが少し眉を寄せた。

「知らねえよ」

 教科書の必要事項を羊皮紙に書き写しながら、投げやりに答える。
 ていうかそんなにひどい顔してたのか。ちょっとそれは嫌だ。
 こっそりと体の力を抜けば思った以上に体が緊張していたようで。体の力を抜いたついでに気まで緩み、五回目の誤字。またいらいらしながらそれを修正した。


 この数日妙にいらついてて悪戯も満足に楽しめなかった。

「そんな顔して二週間後のクィディッチの試合に挑むつもり?ファンが悲しむよ」

 にやにやしながら自分の手の中の手紙と見詰め合っていたジェームズがにやにやしたまま顔を上げる。殴りたい。

「うるせえなぁ。どうでもいいだろ」

 ちらりとジェームズの手元を見れば、課題はちゃっかり終わらせていたようでさらに殴りたくなった。
 っと、我慢我慢。今はさっさとこの課題を終わらせてしまおう。

 終わった課題を提出しに行こうとリーマスが立ち上がったのを目の端で捕らえ、あと一行書き写せば終わりだというところで、つい顔を上げてスラグホーンの姿を探してしまった。


 丸々と太った体。乗っかるようにしてある顔は機嫌がよさそうな笑顔だ。

 なにがそんなに嬉しいのか、とやつの正面に立っている生徒を見る。

「・・・」

 ころり、と羽ペンが手から逃げた。


 きっとスラグホーンからお褒めのお言葉をいただいたのだろう。●●が嬉しそうに顔をほころばせていた。


「――じゃあ僕先に提出して・・・」

 リーマスが席を離れようとする動きに気づき、はっとリーマスを見る。今そっちはだめだ!


「り、リーマス!!」

 そんな呼び止めるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、呼び止めるにしてもこんなに大声を上げるつもりなんてなかったのに。
 予想外に響いた俺の声は生徒たちの気を引くには十分で、皆が何事かとこちらを振り返る。もちろんスラグホーンも。そして●●も。

 きょとんと俺のほうを見る瞳に恥ずかしさがこみ上げてくる。

「ちょっと、何?」

 嫌に注目を集めたリーマスは不機嫌そうに頬を引きつらせていた。

 俺はとっさに羽ペンを握り、書き残していた一行を読めるか読めないかくらいの汚い字でそれを書き写して、ピリオドを打ち終わった瞬間にその羊皮紙をリーマスに突きつけた。リーマスはビクリと震える。

「お・・・俺のも出してきてくれ」

「?・・・いいけど・・・」

 リーマスは首をかしげながらをそれを受け取り、さっさとスラグホーンの下へ行ってしまった。

 時間稼ぎはしっかりと出来たみたいで、●●はすでに自分の席へ戻っていた。


「ハア」

 疲れた。
 机にぐったりとうな垂れれば、横でジェームズが小さく笑い声をもらす。そっちに首を回せば、まだあの手紙を広げたまま頬杖をついて俺を見下ろしていた。

「なんだよ」

 目を細めてちょっとだけ睨む。

「ん?・・・ああ、ただちょっとね」

 なおもこらえるように肩を震わせるジェームズを軽く小突き、もう帰ってしまおうと鞄に荷物を片付ける。


「ねえねえシリウス、これ読む?」

 ひらひらと例の手紙を見せびらかしてくる。

「どうせエバンズだろ。興味ねえ」

「あそ。見れば人生変わると思うんだけどなぁ」

 無視無視。めんどくせえ。

 戻ってきたリーマスに礼を言い、席を立つ。


「じゃ、俺先戻ってるわ」



「人を使っといて自分はさっさと帰るなんてね」

 リーマスはぶつぶつと文句を言いながら鞄に用具をしまい始めた。

「一応お礼言ってたじゃん」

「それ以上に僕は恥ずかしかったんだけど」

「そりゃそうだ」

 常に自分と自分の興味のあるものしか視界に入らないシリウスは、ときどき困った行動に出るからね。

 さっきのも。


「あ、そうだ。リーマス」

「ん」

 まだ少し不満げに唇を尖らせているリーマスに思わず苦笑する。なんだよ、と催促をされて僕はさっきの手紙を見せた。

「これ、読む?」

「遠慮しとく」

 ありゃ、シリウスと同じ反応。

「ほんとに?」

 ひらひらと手紙を振って見せると、リーマスはうんざりとしたようにため息をつく。

「どうせエバンズでしょ?ノロケなんて聞きたくないよ」

「ふふ」

 先入観って恐い。
 僕が意味深に微笑んで黙ってれば、リーマスは何かを感じ取ったようで手紙と僕の顔を交互に見比べた。聡い人はいいね。


「読む?」

 もう一度訊ねる。
 リーマスは首を縦にも横にも振らず、無言で手紙を受け取った。

 そっと手紙を開いて、その字を見て誰からの手紙かわかったのか、ちょっとだけ目を丸くして僕の顔を見た。

 彼女の字は特徴的だしね。几帳面で小ぢんまりとして。


 文字面を追うごとに驚きに染まって行くリーマスの顔を見て満足した僕は、離れたところでのんびりと片づけをしてる彼女を目で伝った。


「なかなか面白くなってきたでしょ」



 待てども待てどもジェームズたちが帰ってこないから痺れを切らして一人で外に出た。

 いい天気。だけどなんだかもやもや。

 ふと見上げれば、また一年生は箒乗りの練習をしていた。前よりも心なしか全体的にうまくなってる気がする。

 がんばれがんばれー。


 そうしていると、ついこの間もここら辺から一年生の箒の練習を見てたことを思い出した。たしかその後こっちのほうに歩いて・・・。


 歩くスピードがいつもよりも遅いせいか、前より少し時間をかけてあの場所にたどり着いた。


「・・・」

 いや、確かにまさかとは期待してたけどさ。いやいや、別に期待してなかったけどさ。もし、いたら、話せたらなぁー・・・、とは思ってたけどさ。

 まさか本当にいるとは思わないでしょ。


 また前みたいに立ち止まって呆然と彼女の姿を見つめる。また寝てたらどうしよう。

 しかしその心配をよそに何かの気配を感じたのか、●●はパッと顔を上げてきょろきょろと周りを見渡し、俺の姿を捉えると少しの間じっとこちらを見てから小さく会釈をしてきた。

「え・・・と」

 そっちに行ってもいいってことなのか・・・?でもこの場所での思い出が苦すぎる。きっと●●も気まずく思うんじゃないだろうか。ちなみにこのとき●●はもう俺から目をそらして、手元の本を眺めていた。なんか負けた気分。

 よし、と心を決め、境界線を越える。



 彼女の頭の上に影を落とせば、●●はすばやく顔を上げた。

 それが俺だとわかると、意味もなく顔をほころばせて、意味もなく俺の名を呼んだ。

 なんだよ。なんか・・・じゃねえか。

「どうしたんですか?」

「あ・・・いや、別に・・・」

 ただなんとなく、と尻すぼみに言うも、●●は特に気にもせずに「そうなんですか」と笑った。

 ああ、なんか今すごく死にたい。こう首をぎゅってして死にたい。


 打ちひしがれている俺を変なものでも見るようにじっと見つめていた●●は、俺が何気なしにそちらをみればすぐに目をそらした。ちょっと傷ついた。

「――あの」

 少しばかりセンチメンタルな気分に浸っていると、●●が目をそらしたまま、自分の横を指差した。


「よかったら・・・どうぞ」

「え・・・」


 いや、まさかそんなはずないよな。●●がまさか自分の隣を差す出すなんて。しかも俺にだよ、俺。この間までめっちゃ恐がってたじゃん。

 動くでも喋るでもなく突っ立ていると、それを違う意味で解釈してしまったらしく、青くなって両手をぶんぶんと振り始める。


「あ、その、そんな、迷惑だったら無理して、その・・・」

 慌てっぷりに思わずぽかんとして、最後には黙り込んでしまった●●に徐々に笑いがこみ上げてくる。

「じゃあお言葉に甘えて」

「ご、ごめんなさい・・・」


 ●●が落ち着いてれば俺がそわそわして、●●がそわそわすれば俺が落ち着いて。噛み合わないようで噛み合ってる状況が、変におかしかった。


 べつに狭くはないが、広くもないベンチ。
 二人座ればそれなりに距離は近くなるはずなんだけど・・・。


 なんかあからさまに端っこに座るのも失礼だと思い、普通より少し多めに間を取って座る。

 そこでこっそりと●●のほうを見れば、びっくりするくらい端っこに寄っていた。今度は死ぬより泣きたくなった。さっきはそんなに端寄ってなかったのに。


 かくして、微妙にあいた隙間は拳五つ分。見知らぬ人というには近すぎで、恋人同士というには遠すぎる。恋人じゃないからいいけどさ。
 でも、ちょっとだけこっそりと涙を流した。


 座ったはいいものの、改めてこうやって会話をする状況に持ち込んだら何を話せばいいのやら。

 ●●は本という逃げ道があるからいいけど、俺はぼーっとするしかないんだよ。

 本をめくる音を聞きながら、何か会話のネタはないかと考える。


 ・・・本?

 彼女の手元を見る。教科書で見たことがあるような挿絵がいくつか挟んであるそれ。

「それ、変身術の?」

「はい。この間借りてきたんです」

「この間・・・」


 この間って・・・この間のことだよなぁ。あ、なんか思い出していらいらしてきた。あのむかつく笑み。張っ倒してえ。

 それを顔に出さないように我慢して、どうにか波が去った後に小さくため息をついた。

 俺に聞かせたいのかそうじゃないのか、小さな声で変身術に関することで弱音を吐いていた●●の横顔を見つめる。なんでかむかつく顔が頭をちらついて、言うつもりなんてまったくなかったのに、言ってしまった。


「なんでレギュラスなんか好きなんだ?」

 小さく動いていた唇がぴたりと止まって、前触れもない俺の話に、弾かれるようにして俺を見た。


「な、なんでって言われても・・・」

 徐々に赤くなる●●を見ていられなくなり、俺から先に目をそらした。

 理由がしりたかったわけじゃない。前にジェームズたちも、教えてくれたことがないって言ってたし。


「だってあいつ性格悪いしー、生意気だしー、背低いしー」

「そ、そんな・・・」

 あわあわと俺の悪口を止めようとするも、俺は日ごろの不満をぼろぼろとこぼした。


「すましてるしー、シーカーってのもむかつくしー、あとー・・・」

 俺がレギュラスが嫌いな一番の理由。


「純血純血うるせえし」

 どうにかレギュラスをフォローしていた●●の動きがぴたりと止まった。
 どうしたんだと●●を見れば、少し俯いて、眉を寄せていた。

 急になんだよと思っていたところに、リーマスが前に言っていたことを思い出した。

『●●の母親はマグルだからね』

「・・・」

 やべえ。


「いやー、やっぱりそんないうるさくないかな?一緒に住んでねえからわかんねえや、アハハ、ハハハハ・・・」

「・・・」


 く、苦しい・・・。

 とっさに弟を褒める言葉なんか見つからず、こんな状況でもレギュラス死ねと思ってしまう自分がちょっと嫌だった。

 何度か慰みを言おうと試みたけど、また口を滑らすのが嫌だったから結局何も言わず俺はだんまりを決め込んだ。


「――シリウス君は」

 不意に呟かれた名前。どきりとして、そっちを見ることも出来なかった。罵倒されたらどうしよう。最悪、嫌われるよなあ。

 後の祭りだなんて憎たらしい言葉。悪口なんか言わなきゃよかった。
 どきどきと傷つく準備をして待つ。

 もったいぶるような間を十分に持って、●●は小さく呟く。


「シリウス君は、純血じゃなかったら、嫌ですか?」

 俺が想像していたものとはまったくずれていた、問いかけ。

 はあ?となって、なぜそんなことを俺に訊くのかを逆に訊ね返してやろうと思い、横を見た。


 そんな考えも、●●の表情を見てしょぼしょぼと萎んでしまう。

 唇を結んで、泣いてないはずなのに泣いてるように見える表情。


「お、俺は・・・ぜんぜん・・・」

「本当、ですか?」

 ずいと詰め寄ってくる。ああ、なんかデジャヴ。

 こくこくと頷くと、●●はしばらくの間俺の目をじっと見つめて、ようやく信じてくれたのかほっと安堵の息を吐いた。


「よかった」


 どんな状況でも、その笑顔は反則だと思う。




 どうやらレギュラスのことを悪く言ったことに関してはそんなに●●は怒ってないらしく、むしろ先ほどよりも機嫌がいいようにも感じた。

 いつにないほど話が弾み、時折彼女から会話を振ってきたときはおかしな感動を得たものだ。



 お互い話すことを話し一息つく。

 徐々に傾いてきた日を見上げ、そろそろ戻ったほうがいいかなと考えた。

 俺が唇を開くより少し早く、●●がこれまでの会話の名残でまだ少し楽しげな色を含ませた声音で話し始めた。


「私、箒に乗るのが苦手なんです」

「箒?」

 魔女なのに?
 ●●は苦笑して、数時間前まで一年生が飛び交っていた空を見やった。


「レギュラス君を好きになった理由です」

「?」

 は?わけわかんねえぞ。

「それってつまり・・・」

 箒に乗るのがうまいからってことか?だったらジェームズとか俺とか、クィディッチの選手はみんな・・・。


 今なら理由を聞き出せるかもしれないと踏み、●●、と名を呼ぼうとしたその瞬間。



「うわ!」

「え・・・!?」


 急に右手が引っ張られ、●●の左手に突撃した。

 中途半端に浮いている●●の左手を見ると、どうやら彼女も俺と同じような感覚だったらしい。

 しかしそんなこと冷静に考えていられない。


「な、なんだよこれ!て、手が・・・はずれな・・・!!」

 俺の手のひらと彼女の手の甲。まるで俺が●●の手を握っているような状態のまま、接着剤を使ったかのようにぴったりと引っ付いてはがれなくなってる。


「な、なんだよ、これ!うわ!ひっぱんなって!」

「ご、ごめんっ」

 ●●も相当動揺してるようで、わたわたと、どうしようもないそれを引き剥がそうとしていた。

 ごちゃごちゃとする頭の中でしっかりと羞恥は成長し、少しずつ顔が熱くなる。


「と、とにかく、終わらせ呪文を」

 おそらく簡単な接着呪文。フィニートを唱えれば・・・。


「・・・」

「・・・」


 どうにもならなかった。

 依然変わりなく引っ付き続ける手。


「これって、呪いでしょうか・・・」

「たぶんな・・・」

 俺もいくつかの呪いは嗜んだけれど、こんなものは使ったことがない。こんな、こんな単純な呪いが解けないなんて。


 二人して呆然と、その交点を見つめていた。






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