昨晩は夜通しリーマスに怒られた。ジェームズとピーターは寝てた。 いや確かに、何股もかけて少なくても週一回は誰かと遊んで実は他にも狙ってる子がいたりするけど、昨日のはどう見ても不可抗力な訳で俺のせいではないと思うんだよ。 そう言ったら、笑顔で頬を張られたけどな。 「人でなしは人でなしらしく、さっさと謝れ」 って。 そういうわけで、今日の俺に人生最大の命が下ったわけである。●●に謝る、っていうね。 この命令に対する障害は、謝るときの気まずさだけではない。まずは●●を捕まえなくちゃいけない。きっとこの間の比じゃなく顔をあわすことがなくなるだろうと思うから大変だ。ていうか実際にそうなってる。さっきの魔法薬学の後も、びっくりの足の速さで逃げられてしまった。 「午後からは彼女と同じ教科の授業はないね」 リーマスからの情報でその望みも打ち砕かれた。 あー。これじゃあ謝りたくても謝れないじゃねえか。今日は諦めて明日に回そう。 「そうだ」 昼食を取っている途中、正面に座っていたリーマスが俺を見る。 「言っとくけど、今日中にやんないと知らないよ?」 「・・・」 俺の手からぽろりと零れ落ちるチキンなど、正面の鬼には見えていないのだろう。いや、見えてても無視か。 ――ということはつまり、俺は今日が命日になるかもしれないということだ。 でも確かに、解いたほうがいいことは早めにやっておいて損はないかもしれない。それに向こうもかわいそうだ。俺もかわいそう。 リーマスの肩越しにレイブンクローの席を見るけど、もちろん彼女の姿はなかった。 さて、どうしたものか。 「つまり俺は頭がいい」 「むしろ僕は、なんの捻りもなくてバカだと思うけどね」 つかまらないのならレイブンクローの談話室の前で待ち伏せすればいい話だ! 昨日の悲劇のもともとの発端はジェームズであるため、嫌がるジェームズを無理矢理引っ張って来て、授業の合間にレイブンクローの談話室の近くにやってきて物陰に身を潜ませている。 「こういうことに捻りなんて必要ないんだよ。終わりよければすべてよし」 「ははっ!シリウスが言うと自己防衛にしか聞こえないね」 そんなやりとりを繰り返しながら午後一回目の休憩時間が終わり、二回目の休憩時間も過ぎ・・・という具合に、一向に地味子ちゃんが姿を現さないまま刻一刻と時間は過ぎていった。 はじめはこの方法で九割方うまくいくだろうと踏んでいた俺だが、徐々に余裕がなくなってくる。 「あのさシリウス。彼女、どこの寮か知ってる?」 「どこって、レイブンクローだろ?だからここを見張って・・・」 「そうじゃなくってさ」 近くをすぎていく生徒の顔を一人ひとり見送っていた俺は、不可解なことを言うジェームズを振り返った。 「●●はレイブンクロー生で、頭もいいんだ」 「でも成績は俺のほうがいい」 そう答えると、ジェームズは呆れたようにため息をついた。 「だから成績云々じゃなくて、僕は頭の回転のことを言ってるんだよ。つまり、こんなに待っても●●が一向に自分の寮の談話室に戻ってこないということは・・・」 ここまで聞いてようやく俺はその先を察することが来た。それと同時に脱力する。 「つまり、読まれてたってことか・・・?」 「残念ながらそうかもね」 「・・・」 俺、バカだろ。今ならジェームズに「この単細胞め!」って言われても許せる気がする。 「本当にシリウスは単細胞だね。弟のレギュラス君を見習ったらどうだい?」 これは許せない。 隠れていた像の後ろからジェームズを背負い投げで締め出し、俺もさっさとそこから離れた。 「あいたた・・・最近シリウス乱暴じゃない?僕の繊細なハートは・・・」 「はいはい」 そんなことより俺は地味子ちゃんを探すことでいっぱいいっぱいなんだ。 さっきから目に付く教室に顔を突っ込んでみるけど、やはりどこにもいない。 こんなに歩き回ってるのに、あんまり見つからないものだから少しイライラしてきた。 「あー。もうどこいるんだよ」 「ねえねえシリウス」 ジェームズがちょんちょんと肩をつついてくる。いちいち仕草が腹立つ! 無視しようかと思ったが、もしかしたら心当たりがあるのかもしれない。 いやいやジェームズのほうを見れば、なんとも不思議そうな表情をしていた。 「自分の足で探すことはいいことだと思うけど、どうして忍びの地図を使わないんだい?何かポリシーでもあるの?」 「・・・」 忘れてた。 はたと足を止めた俺を見て、ジェームズは少しムカつく笑みを浮かべた。 「忘れてたんだ」 「忘れてねえし。ちょっとは自分で探そうと・・・」 「ここあるけど使う?」 「使う」 両手を出せばその手の上に置かれた薄汚れた羊皮紙。その紙に杖を突きつける。 「我ここに誓う。我よからぬことを企むものなり」 合言葉を呟けば、染み出すようにホグワーツの地図とそこに存在する人の姿が現れた。 「ええと、●●・××・・・●●・××と」 隅々を指で辿っていき、人で溢れているフロアを丁寧に探っていって・・・見つけた。 小さな部屋でじっと動かずに何かを待っているようだ。 「見つけた?」 地図を覗き込んできたジェームズの楽しそうな顔が、●●の場所を見た途端に固まる。 「・・・この勝負はシリウスの負けだね」 「・・・」 見つけたらさっさと捕まえてリーマスの許しを貰おう。そう考えてたのに、まさか、まさか、女子トイレに隠れるなんて・・・反則だろっ! こんなに苦労したのに・・・っ。 抑えきれない怒りで忍びの地図を握りつぶし、俺はある場所に足を向けた。 「ちょっ、シリウス!どこ行くの!」 小走りになりながら追いかけてくるジェームズを無視して、俺は苛立ちのままに足を速めた。 男子禁制、男のロマン、女の園こと女子トイレも、今はとてつもない怒りの対象。 「シリウス!さすがの君も、ダメだってば・・・!!」 「離せジェームズ!俺は行かなきゃなんねえんだよ!!」 後ろから羽交い絞めにされ、それ以上先に進むのを阻まれる。周りの不審な目も今はまったく気にならない。 目の前の扉の向こうの個室の一つに、彼女は授業の合間逃げ込んでいたのだ。 ということはつまり授業が始まる寸前には彼女もトイレから出てくるはずであるが、今の俺にはそのちょっとの間すら惜しい。 「リーマスー!ピーター!助けてー!!」 どこか廊下の向こうに向かってジェームズが叫ぶけど、もちろん返事は来ない。 こんな押し問答を続けてるのがじれったくなり、俺はどうにか腕を回して杖を取り出した。 「一旦落ち着こう!ね!」 宥めようとするジェームズには見向きもせず扉に向って杖を向け、叫んだ。 「アクシオぉ!●●・××ー!」 「うそぉ!?」 ジェームズの声と同時に、女子トイレの扉の向こうからドアの一つが乱暴に開かれる音と悲鳴とざわめきとが聞こえてきて、そしてついに目の前のドアも開いた。 意味のない勝利を確信した俺は笑みをこぼしたわけだけど、泣きそうに口元を歪めた彼女がこちらに飛んでくる勢いはおさまることなく、真正面から、弾丸のように飛んできた人一人を受け止めることになった。勢いに耐え切れず後ろに倒れこんでしまったけどジェームズがいたから痛くない。 彼女がすばらしい逃げ足で逃げてしまわないうちに、しっかりと手首を掴んでおいた。 倒れこんだ衝撃からようやく抜け、前とは逆で、俺の上に伸しかかっているやつの顔を見下ろした。 顔を真っ青にし、唇を震わせて、目にうっすらと涙を浮かべている。そんなに怖がらなくても・・・ん? 「・・・」 目? 見流しそうになった顔をもう一度見下ろすと、乱れた前髪の間から左目がはっきりと覗いていた。 俺が珍獣を見るような目つきをしているのに気づいたのか、それともいつもよりクリアな視界であることに気づいたのか、慌てた様子で顔を軽く振った。すると、またいつものように前髪が顔の半分を覆い隠してしまう。 「あ、あの、シリウス君・・・、その・・・」 気まずそうな●●の声によって、ボーっとしていたところを現実に引き戻された。 「あ・・・ああ・・・」 なんだ、これ。すっかり毒気抜かれちまったよ。怒る気にもならないどころか、この瞬間までの言動、どう考えても俺が悪いじゃねえか。 「えっと・・・この間はすまなかった」 「こ、こちらこそ・・・」 ぺこりと頭を下げる彼女を見て妙に煮え切らないながらも、つっかかりが一つなくなった気がした。 「あの・・・できるなら僕の上でやらないでほしいです・・・」 「もー、大変だったよ!僕はなんにも悪くないのに、シリウスは僕を連れ回してさ!」 「あはは。それは大変だったね」 「ムーニー!人事だと思ってさ、君は!」 「だって人事だし」 寮に帰れば、はなっからリーマスに「言った?」と聞かれた。頷いた後のリーマスの「つまんねーな」という顔は三日は忘れない。 また何か言われちゃたまんないと、ジェームズとリーマスがわいわいやっているうちに眠ってしまうことに決めた。 こっそり布団にもぐりこんで目を閉じる。・・・眠れない。 周りがうるさいせいってのもあるけど、何だか変に目が冴えてる。 しかたがないから眠くなるまで今まで付き合った女の名前でもあげていこう。 そうやっていたけど五人目で詰まってうんうん悩んでいると、布団の上から肩をちょんちょんとつつかれた。 思考がシャットダウンされて、目を閉じたまま室内の様子を把握する。 まだジェームズとリーマスは揉めている。ということはつまり、ピーターか。 うっすらと目を開くとやはり、不安そうな顔で俺の顔をのぞきこんでいるピーターがいた。 「よかった!まだ起きてたんだ」 「・・・なんだよ」 リーマスの意識がこっちに向く前に早く終わらせてくれ。 俺の願いが通じたのかなんなのか、ピーターは目に涙を浮かべながら早口でまくし立てた。 「あのね、今日シリウスが●●ちゃんを呼び出したのがホグワーツ中に知れ渡って、女の子達の間ですっごく問題になってたんだけど、ときどき女の子たちが話してることの中で●●ちゃんをバカにするみたいに言ってる人たちもいて、なんだか今から何かしてやるよって言ってるみたいで、僕心配で・・・っ」 「・・・あー。つまり?」 「つまりはだね」 俺が首を傾げると、いつこっちに来たのかジェームズが得意げに指を振った。 「ピーターは●●ちゃんがシリウスのせいでいじめられでもしないかが心配だ、って言ってるんだよね?」 ジェームズの言葉にピーターはぶんぶんと頭を縦に振った。 なんで俺のせいなんだよ。 そんな目をしてジェームズを睨んでいると、やつは「このニブチン!」と言いながらデコピンをかましてきた。 「あれだけ●●ちゃんが僕たちと話してるところを見られるのを嫌がってたのに、君は気づかなかったの?」 「知ってたけど、それとこれとは・・・」 「関係あるよ」 ジェームズは腕を組んで、悩ましげに眉を寄せた。 「自分で言うのもあれだけど、僕らはいわゆる『人気者』でしょ?そんな人たちと、あんまりパッとしない●●ちゃんがつるんでるの見れば、おかしいと思わない人のほうが少ないよ。そして、君絡みなら良くないと思う人もいっぱいいる。女の子中心にね」 「・・・何だよ。俺が悪いのかよ」 俺は別に何もしてねえし、勝手に見てくるのは女のほうなんだろ? 「今までの行動含め、公衆の面前で、いや女子トイレの眼前でアクシオして●●ちゃん呼び寄せたのが、悪くないとでも?」 それは不可抗力だ。 頭ではそう思いつつも、たしかにちょっとひどかったかなと心で反省する。 「じゃあ俺にどうしろっていうんだよ」 布団を引き寄せて小さな声で呟けば、ジェームズとピーターは物言いたげに視線を交わした。 「さあね。自分で考えれば?」 投げやりな回答にぽかんとし、眠い眠いといいながら自分のベッドに戻っていく二人を見送って、部屋の明りが消えるまで呆然としていた。 目を閉じた暗闇の中、ある拍子に覗いた瞳を思い出す。 それが苦痛の涙で濡れるのを想像すると、おかしなことにちょっとした不快感を感じた。 やっぱ自分でも知らないうちに責任感じてんのかなぁー・・・。 明日からはもう少し丁寧にしてやろうと、薄れる意識の中俺はそう考えた。 |