週の授業が終わり、休日を迎えた。天気も良好。いい悪戯日和だと俺が部屋を飛び出そうとすれば、リーマスに襟首掴まれてまた寮に引っ張り戻された。
 「なんだよ」、と聞けば、にこりと笑って「約束忘れたの?」と。約束はしてない。ただジェームズに予定はないか聞かれただけだ。もちろんそんなこと言えるはずもなく、自分達が戻ってくるまで絶対に部屋を出ないようにと念を押された。

 出ようと思えば出れるではないかと思うだろうが、そうはいかない。ジェームズたちのことだ。扉に触れたとたんに呪いが発動するような仕掛けをしてるに違いない。しかも今回はリーマスも加わっているということ、相手が俺だということで、容赦がないことは間違いがなかった。


 それから三十分ほど経ったわけだけど、いまだにジェームズたちは帰ってくる気配がない。

 もともとじっとしていられるような性質ではないからもうくたびれもくたびれた。

 リーマスのチョコをピーターのベッドの中に隠したり、ジェームズの机の上に『あなたのエバンズより』と書かれた手紙を作って置いてみたり、とりあえず部屋の中でできることはすべてやった。もうこれ以上部屋の中で暇をつぶせるようなことなんてない。

「あ゛ー」

 ベッドの端から端へ何度もごろごろと転がってみても全然面白くない。転がるのを止めて、さんさんと太陽の光が降り注ぐ窓を眺めた。


 もう窓から逃げ出してしまおうか。

 本気でそう思いはじめてベッドから降りたその時。


「―――だよ!」

「―――ぅぶ大丈夫!」

 どたどたと騒がしい音と、数人の声。その中の、ジェームズ、リーマス、ピーターの声は聞き取れたが、もう一人分、耳にまだ馴染みのない声もついていた。

 しかし俺は客よりも、ようやく帰ってきたことのほうが重要で、部屋に入ってきたら真っ先に文句を言おうとドアに近寄った。


「あ、まだドアに触らないでね。触れた人の顔がひしゃげる呪いかけてあるから」

 ドア一枚を隔ててリーマスの、誰かに言い聞かせるような言葉。やっぱり触らなくてよかった。

「シリウスー、顔大丈夫ー?」

 ドアの向こうからジェームズの楽しそうな声。俺が呪いにかかっていることを期待しているようにしか聞こえない。

「残念ながらな」

 皮肉を込めて返事をする。

 しかしなぜかそれがいけなかったようだ。

「なーんだ・・・って、ちょっと!逃げないで!ここまで来たんだから!!ピーター!捕まえて!!」

「う、うん!」

「え、おい、どうしたんだよ」

 板一枚向こうが非常に騒がしい。どうやら、三人が連れてきた人物が逃走を謀ったようだ。

 ついドアノブに手を伸ばしてしまったが、まだ呪いを解いていないことを思い出し、寸でのところでそれを抑えた。


 しばらくの間しんとなったけれど、また向こうのほうから気配が近づいてきた。

「はなしてっ」

「リーマス、呪いといて!いたっ、暴れないでってば!」

「はいはい」

 リーマスが呪いを解除したと同時に廊下側から扉が勢いよく開け放たれた。



「・・・は?」

 素で間抜けな声が漏れてしまったわけだけど、それも仕方のないことだと思う。

 その理由というのも、俺が最近落とそうと躍起になってる女をジェームズが取り押さえてるからであり、ピーターがなぜかぼこぼこになってるからであり、ジェームズの眼鏡が割れてるからであり、リーマスが無傷であるからだ。

 真正面から向かい合う羽目になった俺と●●は互いに呆然と見つめあっていた。

 しかし徐々に青くなっていく彼女の、長い前髪から覗く狭い顔の範囲。彼女は、自分を取り押さえるジェームズの顔をキッと見上げた。


「ひどいっ。ジェームズさっきシリウス君はいないって言ってたのに!」

「だってそう言わないと●●ちゃん来ないでしょ?」

「当たり前でしょ!それに、異性の寮には来ちゃいけないのに。しかも他寮の・・・」

「え、ちょっとちょっと。俺全然頭ついていってないんですけど」

「その前に、とりあえず中入ろうか」

 リーマスとピーターがジェームズごと●●を部屋に押し込んだ。


 部屋に入れられた●●はジェームズを振りほどき、真っ先にUターンしようとしたが、扉の前に仁王立ちするリーマスに阻まれて逃げ場を失っていた。

「まあまあ落ち着いて●●ちゃん。今日は仲良くおしゃべりしようよ」

 ジェームズの楽観的な言葉に、●●はきゅっと唇を結んだ。

「でも、もし、こんなところ誰かに見られたら、私、余計に・・・っ」

「大丈夫。帰るときは透明マント貸してあげるから」

 「ね?」と言われれば、●●はもう断れない。おどおどと意味のない足踏みをして、最後に諦めたように肩を落とした。


「えーと・・・。そろそろ大丈夫ですかー・・・?」

 小さな声で問いかければ、彼女の肩があからさまにびくついた。ことの事情を彼女の口から聞くことは無理そうだ。


 俯く彼女を隠すように目の前に立ったジェームズは人差し指を立てる。

「さてシリウス君、問題です。僕たちはどういう関係なのでしょうか?」

 また回りくどい問題形式かよ・・・。

「えぇと、知り合い?」

「ぶっぶー!シリウス君はなかなか頭が弱いですね!正解は『友達』でした〜」

 似たようなものだろ。
 俺がじとっとした目でジェームズを睨むと、彼の期待した反応ではなかったらしく小首を傾げた。

「驚かないの?」

「驚くも何も、これまでのお前らの反応見てれば薄々気づくだろ」

 地味子ちゃんがジェームズのこともリーマスのことも、あんなに馴れ馴れしく呼んでれば。

 でもさすがに、ここまで仲がいいとは思わなかった。


「ほら、やっぱり。ジェームズの言動があからさますぎるからだよ」

「ちょっとわざとらしかったかも」

「あちゃー。つまんない」

 三人でわいわいと盛り上がっている中、話題の中心であるはずの俺と●●は蚊帳の外で妙な気まずさを感じていた。


 つまりはあれだ。俺はヘタクソな罠にずっとかけられていたわけだ。きっと、俺と●●がぶつかったときにジェームズが思いついたに違いない。その後図書室に連れて行かれたのも●●が誰を好いているか見せるため。そしてどうにか●●と俺に関係を持たせようにしたに違いない。その意図はいまだにわからないけれど。

 しかし薄々気づいていたとは言ったものの、正直本当に知り合い程度だろうと思っていた。ところがジェームズたちと話すときの●●はまったく言葉をつっかえさせず、表情も豊かであるように見受けられる。さらには、俺は強制してどうにかこうにか『君』付きで名前を呼んでもらえるようになったというのに、彼らに限っては余裕の呼び捨て。よっぽど心を許しているのだろう。


 少し負けた気分だった。


「で、なんでお前らと●●が友達なんだ?」

 ちょっとした口論を止めた三人は互いに目を合わせあい、また俺を見た。


「・・・前も言ったよね。シリウスは他人に興味もたなすぎ。僕たちは一年以上前から交流してたんだよ」

 一年以上前・・・。

「でもそれを隠してたんだろ?」

 何がそんなにイライラするのかと思った。きっと、俺だけのけ者にされていたという事実からの疎外感だろう。


「別に隠してたわけじゃないさ。何度も君に紹介しようとしたよ。けど君は授業が終われば、やれ先輩だやれ後輩だとか言って、さっさと行っちゃったでしょ」

 ・・・これは・・図星だ。

 俺が言葉に窮していると、もうジェームズの中では話は終わったことになったようで、喧嘩が始まりそうだった空気に青ざめている地味子ちゃんを落ち着かせようとしていた。

 俺もちょっと落ち着きたいよ。


「まあ、そろそろシリウスにネタバラシしてもいい頃かなと思ってね!」

「お前なあ・・・」

 とことん人をはめることしか考えていない親友に、もう苦笑しか漏れなかった。
彼女が曲がった角の向こうから複数人の悲鳴と謝罪の声が数回聞こえた。


「ふん」

 その背中を見送っていた女は、バカにするように鼻を鳴らして俺から離れた。




「ジェー、ムズ、の、バカ、やろう・・・!!」

「いた!いた!いた!いた!いたぁ!!痛いよ!訳もなく蹴るなんてサイテ・・・」

「うるせえ!!」

「いた!!」

「なに?シリウスどうしちゃったの?」

「さあ・・・?」


 明日からどうすればいいんだよ!
 とりあえず今はジェームズと蹴っとく。 俺とジェームズがそんなやり取りをしているうちに、リーマスとピーターが、厨房に行って茶と菓子を貰ってくると言って部屋を出、ここには俺とジェームズと●●となる。


 俺たちをじっと眺めていた地味子ちゃんとふと目が合い、そらすにそらせなくなり、俺が苦笑いにも似た表情を浮かべると、彼女はきょとんとし、耳の先をほんのり赤く染めてはにかんだ。


「おやおや?レギュラス君のお兄ちゃんはレギュラス君にそっくりですか?●●さん」

「じぇ、ジェームズ!?」

 にやにや顔で突っ込んできたジェームズに、●●は素っ頓狂な声をあげ、顔を真っ赤にした。


「なななな、な、何言ってるの!?そ、そんな、シリウス君の、前で!!」

「大丈夫大丈夫。シリウスも知ってるから」

「えっ」

 バッとこっちを振り返った●●は、念で『頷くな、頷くな』と送ってきているようだった。しかし。


「あー・・・。わるい」

 事実は変えられない。

 頭をかきながらそう答えると、彼女はみるみるうちに指先まで真っ赤になった。


「もうだめ・・・っ。私もうだめ・・・」

 両手で顔を覆って、床にへたり込んでしまう始末だった。いや、隠さなくてももう前髪で顔隠れてるし。そう思ったけど、きっと彼女の気持ちの面の問題なのだろう。

 気を回したジェームズが毛布を引っ張り出して彼女に渡した。受け取った●●は頭からすっぽりとそれを被って、真っ赤な顔を隠した。誰の毛布・・・って、俺のじゃねえか。

「落ち着くまでちょっと待とうか」

 毛布の中でぶつぶつと何かを呟きながら現実逃避している●●を見て、それに同意せざるを得なかった。


 俺は毛布のふくらみ、次にジェームズを見る。


「・・・お前さ、こいつに協力するつもりなのか?それとも邪魔するつもりなのか?」

「ん?何が?」

 すっとぼけやがって。
 俺が白い目で見ていると、ジェームズはアッハッハと笑った。


「気持ち的には協力してあげたいけど、相手は死喰い人の卵だからねえ」

 俺にこいつを落とすように勧めてきたということはつまり、地味子ちゃんの恋路を応援するつもりは毛頭ないのだろう。


「さあさあ●●ちゃん、すぐリーマスとピーターがお菓子持って戻ってくるから、その前に椅子に座ろうか」

「無理だよ・・・無理・・・無理・・・」


 ジェームズは団子のようになっている●●を、毛布に包まったまま引っ張りあげ椅子に座らせる。どうやら彼女の扱いにも随分慣れているようだ。


「いつもこうなのか?」

「レギュラス君の話をした後はね。こんなに自分を好いてくれる人がいるなんて、レギュラス君も幸せ者だよ」

「ふーん・・・」

 幸せ者ねえ。
 あんなやつのどこがいいんだか。

 それにしてもまだ、こいつがレギュラスを好きになるまでに至った理由を知らないな。

 まるで俺のそんな思考を読んだように、ジェームズが物憂い気にため息をつく。


「でも、まだ●●ちゃんが彼を好きになったきっかけってのを聞いてないんだよね。何度か尋ねたんだけどどうしても教えてくれなくて」

 そうなのか。


「寮どころか学年も違うのに、どうやって知ったんだか」

「まあブラック家なら、言わずと知れた名だけどね」

 俺も一応ブラックなんだけど・・・。どうして俺じゃない。

「でもそれだけで好きになるとかねえだろ」

「女の子の大半は君の答えから外れるかな。●●ちゃんに限ってはそれはないと思うけど。ていうか君も、そういうまともなことを言えたものでもないでしょ。日頃のあの行い」

「・・・あはっ」

「てへっ」








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