一. 話しかけるときはあまり近寄らないこと(ボディタッチはもってのほか) 二. 無理に目をあわそうとしないこと 三. 人前ではあまり話しかけないこと と、地味子ちゃんに話しかけるための基本的なことを、三日前にジェームズたちに教わったわけだけど、どうにもチャンスが訪れない。というか彼女がチャンスを作らないようにしているようにも感じる。 同じ授業の際は、わざと時間ぎりぎりに来たり、終わったらそそくさと教室から出て行ってしまったり。食事のときはどこで見張ってるのか、なぜだかあの日から一度も顔を見ていない。 呪文の練習の時間で、ざわざわとしている室内。 現在も呪文学で彼女と同じ。例の彼女の席は、見事に俺と真反対の席。 「完全に避けられちゃってるよね」 リーマスの苦笑。 「うるせー」 杖を振って、物を消したり現したりを繰り返す。 ちらりと見ると、呪文学が得意な彼女にとってはお手の物のようだ。 先生から無言呪文で消すように言われているのに、こっそりと呪文を唱えながら物質を消す生徒達とは違って、地味子ちゃんの唇は一寸たりとも動いていない。 「やっぱり呪文学は大したものだね。僕も無言呪文はまださすがにあそこまではできないや」 俺が地味子ちゃんを見ていたことがリーマスにばれていたことに少し驚いたけど、適当に相槌を打って、そう見えないようにはぐらかした。 「・・・あ」 ぼーっとしたまま無言呪文で魔法をかけてしまったのが悪かったのか、練習台のグラスが半分だけを残して、半分はどこかに消えてしまった。 もう一度だけ彼女のほうを見ると、彼女のグラスは一片たりとも欠けていなかった。 授業が終わり、またさっさと教室から出て行こうとした地味子ちゃんを先生が呼び止める。 俺も思わず振り返った。 「ミス××。申し訳ないけど、次の授業の準備の手伝いをしてくれるかね?」 「あ・・・はい」 踵をまたドアに向け、●●はさっきまで彼女が座っていた席に、抱えていた鞄を置いた。 これはチャンスだ。 「ほら、シリウス。今がチャンスだよ」 「あ、ああ・・・」 つい二秒前までエバンズの尻を追っかけていたジェームズがこそこそと耳打ちをしてくる。 俺は頭の中で基本的な三つの注意点を復唱し、ジェームズたちに先に戻ってるように言った。 ざわざわとした音が小さくなったころ、教室の外でそれを待っていた俺は中に入った。 「ひっ」 俺が入ると、真っ先に悲鳴が上がる。 グラスを並べていた●●は、少し離れた場所で、半分欠けたグラスを握っていた。 こういうシチュエーションを作ってみたはいいけど、特に話すことも考えていなかった。やっちまった。 あー・・・、と気まずさに頬をかく。早く何か言わなければ、また逃げられてしまう。 「ど・・・どうか、したんですか・・・?」 そう思っていたものだから、まさか彼女から声をかけてくるとは思わなかった。 「あ?あ、ああ・・・。どうかしたというか」 まさか心を開いたのかと思ったが、彼女が声をかけたのは、どうみても警戒心からだった。 とっさに思いついたことを言う。 「この間のこと悪かったなと思って」 「・・・」 無言。 これは怒っていると取るのが正しいのだろうか。 わからない。 「い、いえ。私も、ひどいこと、してしまって、すみませんでした」 緊張してるのか、おかしなところで呼吸が入る。 でも、これは彼女の許し。うわべだけだとしても、許しを得たことには違いない! 調子付いてきた俺は、少し気が軽くなった。 「そういえば●●は呪文学得意なんだな。さっきの授業も完璧だったじゃねえか」 「え・・・」 ぴくりと肩を動かした●●。少々伏せられていた顔が上がる。まさかの好反応。 俺は彼女が握っていたグラスを指差した。 「それ、俺の」 「ぶ、ブラック君の・・・?」 グラスと俺の顔を交互に見やる。 「で、でも、ブラック君は、成績いいのに」 「ああ。ちょっとボーっとしちゃっててな」 まさか、お前見てましたーなんて言えねえ。ぜってえ引かれる。 「そうなんだ。ブラック君でもそういうことあるんだね」 つっかえなかった言葉。ほんの少し朱に染まった耳。はにかんだ唇。 引かれるとか引かれないとか考えていた俺にはあまりにも不意打ちだった。 俺が少しだけ目を丸くしていると、彼女ははっと口を押さえて、顔を青くさせた。 「ご、ごめんなさい。すみ、ません。失礼なことを」 ●●はそのまま顔を伏せて、グラスを準備することに熱中してるように見せかけようとしていた。 ごとり、ごとり、とグラスとテーブルがぶつかる音だけ。 「・・・そろそろ戻るわ。お前も遅れないようにしろよ」 彼女の見えない瞳に告げたけど、返事は返ってこなかった。 「パッドフット君。どうだったのかな?」 ニヤニヤガ顔のジェームズとリーマス。きっと俺がまた、悲鳴を上げられて逃げられたんだろうとでも考えているんだろう。 「まあまあ」 だからそう答えたときのやつらの顔は最高だった。 さっきのできごとを大雑把に話すと、リーマスが感心したように息を漏らした。 「・・・シリウスのことだから、押してだめならもっと押せ思考かと思ってた」 「僕もだよ、ムーニー」 耳打ちをするように話していても俺の目の前だったら意味ねえだろ。 教材の準備をしながら、さっきの地味子ちゃんとのことを思い出す。 「・・・案外」 「もしかしたら僕、シリウスが襲っちゃってんじゃないかって・・・え?なんて?シリウス」 好き勝手話していたジェームズはわざとらしく振り返る。でも今は眼鏡を割ってやる気分にもならなかった。 「・・・案外、普通かもしれない」 まったく言葉足らず。それ以上補足する気は毛頭なかった。 聞いていたジェームズ、リーマス、ピーターは不思議そうに視線を交わし、少しだけ間を置いてから、にやりと唇の端を上げた。 「ねーシリウスー。今度●●ちゃん紹介してよ〜」 「は?」 あまりに突然の申し出に、擦り寄ってくるジェームズへ悪態をつくこともできない。 「いいね。僕も」 「ぼ、僕も・・・!」 「は?は?」 さらに挙手する他の二人を見て、意味不明だ、と思わずにはいられなかった。 「紹介するほど仲良くねえし」 「じゃあ仲良くなってよ」 |