名前、●●・××。レイブンクローの同級生で、成績は常に上位。呪文学を得意とし、魔法薬学から闇の魔術に対する防衛術、薬草学、他もほぼ完璧にこなす。しかし変身術が、最大にて唯一の苦手科目。人付き合いは苦手なほうで、ほとんどの日を一人で過ごす。いわゆる、『浮いている』存在らしい。つまり地味子ちゃん。

 ――そして、極度の。


「極度の照れ屋さん!」

「お前は前からそればっかな」

 ジェームズに●●・××のことを尋ねてみれば、どこで仕入れたものなのか、掘れば掘るほど情報が出てくる。


「でもあれはシリウスも驚くと思うよ」

 食後のデザートを朝っぱらからもりもり食すリーマスは、もりもりと口を挟む。

「もうなんだかこっちが申し訳なくなるくらい」

「なんでお前が申し訳なくなるんだよ」

 『だって・・・ねー』と顔を見合す三人。男がそんなことやってもかわいくないっつーの。

 皿の上の、散乱してるチキンの骨をフォークで弄びながら、レイブンクロー生のテーブルを見る。数人の女生徒と目が合って、適当に微笑んだ。

 遠くでぎゃーぎゃー騒ぐ女生徒から目を離し、何となく思った疑問を口にしてみた。


「前から思ってたけど、お前らアイツと知り合いなのか?妙に馴れ馴れしいけど」

 ジェームズ、リーマス、ピーターは何かを含ませた視線を互いに交わして、代表のジェームズが口を開いた。

「前も言ったよね。シリウスは興味をもたなすぎ」

「興味っつってもなぁー・・・。お前がエバンズ以外の女が目に入らねえのと、同じようなもんだよ」

 俺とジェームズが同じようなものってのは癪に障るけど、とりあえず今はそう言っておく。


「あ、それもそうか」

「ジェームズ」

「いや、そんなことはないよ、パッドフット」

 一度は俺の言葉に、手をぽんと打って納得したジェームズは、どこかドスの利いたリーマスの声にすぐ手のひらを返す。これは仕方がない。



「あ」

 微妙な空気が流れていたとき、ピーターが小さく声を上げた。

 俺らはピーターを見、ピーターの視線の先を追った。


「・・・」


 びっくりするくらい負のオーラを背負った、青いネクタイの女生徒。相変わらず長い前髪が顔を覆って、その先の瞳を垣間見ることができない。誰かこの学校で見たことある奴はいるんだろうか。

 それにしてもあれはひどい。まるでリーマスにネクタイで首を絞められながら起床を促されたかのような・・・ってそれは今朝の俺だバカ。


 俺が頬を引きつらせながら●●を目で追っていると、ジェームズが満足そうに大きく頷いた。


「うん!●●ちゃん今日はご機嫌のようだね!」

「ご機嫌なの!?」

 びっくりだよ。


 ●●を俺と同じように目で追っていたジェームズは、くるりと俺のほうを振り返った。

「話しかけるなら今がチャンスだよ」

「・・・」

 あー・・・。

「俺なんか、どうでもよくなって・・・」

 きたんだけど。


 言い切る前に、バチリと、あるやつと目が合った。

 スリザリンカラーのネクタイをした、縮んだ俺。


 レギュラスはちらと視線を下げて(たぶん俺の皿の上のチキンの残骸を見て)、また俺と目を合わせ、『ハッ』と笑った。

『あいかわらず低能そうなものばかり食べてますね』

 なんていうレギュラスの台詞が頭に浮かんで渦巻く。


「うぜー!!」

「うわっ」

 ガツンッとフォークをテーブルに突き刺すと、ジェームズが飛び上がった。ピーターがひっくり返った。リーマスが、持っていたチェリーパイを自分のローブに落とした。


 落とす。絶対落とす。俺よりも、あんな性悪男に惚れるなんて腹立たしい限りだ!!

「ちょ!シリウス!僕のローブの裾一緒に刺しちゃってるよ!」

「い、痛い・・・」

「僕のチェリーパイ・・・僕のローブ・・・僕のチェリーパイ・・・」

「り、リーマス落ち着いて!今やばいよ!バジリスクみたいな目になってるよ!ローブは杖をちょいってすれば・・・なんでもないです」

 てんやわんやとしているけど、今の俺には耳まで伝わってこない。


「シリウス。その首ちょっと貸してく・・・」

「俺行ってくるわ」

 リーマスがなんか言ってたけど後でいいよな。立ち上がり、早足でレイブンクローのテーブルに向って行った。


 背後からジェームズとピーターの悲鳴が聞こえた気がした。




「●●」

 自分でも驚くくらい滑らかに発することができた名前。

 名の持ち主は、急に背後から呼ばれたことにあからさまに肩を震わせた。しかし、なかなか振り返らないところを見ると、声で、自分の名を呼んだ者が誰か瞬時に判断したらしい。さすが、ジェームズが賛美するだけのことはあって、記憶力はいいらしい。

 周りのやつもざわざわとして、自然と注目が集まる。別に俺は何も感じないけど、反して地味子ちゃんのほうは、俯いていてもその無数の視線は感じるようで、覗いた耳が徐々に朱に染まっていった。

 それでも意地でも振り返ろうとしない彼女は、俺が諦めて帰るのをじっと待っているらしい。甘いな。俺は諦めない。


「おいってば」

 そっと肩に手を置く。さあときめけ!

「ひい!」

 なのに、地味子ちゃんは心底怯えたように悲鳴を上げた。さっきまでぎゅうぎゅうと握り締めていたフォークが、派手な音を立てて床に落ちる。余計に注目が集まった。


 少しだけそれが鬱陶しくなって、どうせなら人が少ないところで話しかければよかったと後悔し始める。


「ちょっと俺と来てくれないか?」

 今までの経験で培ってきた甘い声で言う。

 落ちろ!落ちろ!

 でも●●はぶんぶんと首を左右に振った。こんなやつに拒絶されただけで俺のハートは深い傷を負ったわけだけど、ここで引いたら余計に惨め。


 次の手を、ああでもないこうでもないと考えていると、いきなり、彼女の肩に置いていた手がはじかれ、驚いている間に彼女は俺の脇をすり抜けて出入り口のほうに走っていった。

 追いかける。

 つもりだった。いや、だって面目丸つぶれだし。

 でも、女に引っぱたかれることはしょっちゅうあっても、触れた手を振りほどかれることなんて初めてで、それが結構なショックだった。



 生徒達の視線を一身に感じつつ、俺は呆然とその場に立ち尽くした。


 そして、ふつふつと湧き上がる闘争心。

 にやりと上がる唇。


 いいじゃねえか。

 ここまで拒絶されるなら、相手が受け入れるまで押すまで。

 レギュラスのこともムカつくが、それよりも俺の、女を相手にするプライドが許さない。


 一ヶ月。精一杯やってやろうじゃねえの。




 寮に戻って、なぜかボロボロなジェームズの前に仁王立ちする。

「ジェームズ。あいつのこと、もっと話せ」

「あいつ?●●ちゃんのこと?」

 こくり、と頷く。

 そうするとしばらくの沈黙が流れ、ジェームズはにこりと笑った。


「了解」






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