ホグワーツきってのプレイボーイこと俺も、女なら誰でもいいってワケじゃない。 どちらかというと胸はでかいほうがいいし、どちらかというと腰は細いほうがいいし、どちらかというと美人のほうがいいし、どちらかというと積極的な女のほうがいいし。基本的に来るもの拒まずだけど、『プレイボーイ』なんてレッテルが張られてるソレナリの俺には、ソレナリの女しか寄ってこない。まあつまり遊び人な。 別にそれが不満なわけじゃないけど。 「シリウス、もっと奥行ってくれよ!」 「わり」 フィルチから例のごとく逃げているジェームズと俺。ピーターはとっくに捕まり、リーマスはどっかにとんづらかきやがった。たく、つくづく器用な奴だ。 大きな絵の裏のスペースに、でかい図体の男二人がひしめき合ってる図。気色わりい。できるだけ想像しないようにしながら、フィルチの荒い鼻息ときたねえ悪態を聞き過ごす。 どうやらフィルチは、俺たちがこんなマグル式の隠れ方をしてるなんて思ってもないようだった。 「・・・行ったか?」 「たぶん」 フィルチに限ってそんなに頭が回るとは考えられないが、とりあえず待ち伏せに備えて勢いよく飛び出そうとジェームズと取り決めた。 「行くよ」 「おう」 フィルチがいたら花火でも打ち上げてやろう。 「・・・せーのっ!」 ジェームズの掛け声で、俺たちは絵の裏から飛び出した。 走れ! 「あがっ」 と思ったのに。 飛び出した先にまさか人がいるとは思ってもみなかった。つかまったく気配なかったんだけど。 ぶつかったそいつは変な声をあげ、俺共々床に倒れこんだ。そいつが持っていた鞄のふたが開き、教材が派手にぶちまけられる。 「いっつ・・・」 呟きつつ床に手をついて体を浮かす。ていうか正直、痛いといっても俺はそいつの上にのしかかっただけだからどこも痛くないんだけど。 騒動に巻き込まれたそいつ。見下ろせばそいつはレイブンクローの女生徒。気を失ってるようだった。顔には長い前髪がかかって見えない。 「おい、大丈夫か?」 ぺちぺちと頬を叩くと、彼女は小さく唸り声を上げながら目を覚ました。と思う。前髪が邪魔でよくわからん。 「大丈夫か?」 もう一度尋ねた。 「す、すみません・・・。私がちゃんと前を、見て歩い、てなかったの、・・・・・・で!?」 言葉を変に突っかからせながら彼女はぽつぽつと呟くように言う。言っていた。 語尾を妙に強めたそいつは、みるみるうちに、かろうじて見えている顔を真っ赤に染めた。そういえばずっと押し倒したみたいな体勢のままだったな。 よっこらせと腰を上げると、そいつは首まで赤くして、しりもちをついたままずりずりと後ずさる。 俺、こんな地味子ちゃんにも人気あるのな。俺は興味ないけど。 そいつは口をぱくぱくと動かして俺の顔をじっと見ている。 「れ・・・れ・・・」 蚊の鳴くような声をどうにか拾い聞けば、「れ」という言葉をしきりに呟いていた。・・・なんだこの女・・こええ。 「れ?」 気色悪くなって聞き返すと、なぜかその女は少しだけ視線を下げてから、何かに気づいたようで、はっと口を丸くしてからさらに顔を赤くした。わけがわからない。 俺がクエスチョンマークを浮かべていると、その女はガバッと立ち上がり、杖を取り出してくるくると振った。すると散らばった教材が浮かび上がって自然と鞄に戻っていった。しかしその間もずっと俺の顔から目を離さなかった。なにこれ怖い。 教材が詰め込み終わるや否や、そいつは鞄を取り、俺に背を向けて走り出した。 呆然とその背中を見送っていると、そいつは不意に立ち止まり振り返って、小さく会釈をしてまた走って行った。 「・・・なんだ?」 小さくなって、ついに見えなくなった背中。ついつい思ったことがポツリと漏れた。 「知らないの?」 まさか呟きに返事が返ってくるとは思いもしなかった。そういえばジェームズもいたんだったな。 つか、そんなに有名な奴なのか?そう尋ねるとジェームズは上を見上げて考え込む。 「有名っていうか・・・。●●・××って名前で、いっつも成績がリリーと張るくらい、ってことは知ってるよ。あとは極度の照れ屋さんってことかな」 さっきの魔法も見事だったね。動きが繊細!と賞賛するジェームズ。いやいや。いや。そういう問題じゃないだろ。あの挙動不審っぷり。あれはどうみても。 「俺に惚れてるな」 でも俺はあんな、ぺチャパイで寸胴で顔もいまいちわからなくて消極的そうな女には興味がないわけで。そして、正直きもい。 その旨を言うと、ジェームズはどこか意味深気な笑顔を浮かべて、うんうんと頷いていた。 「・・・なんだよその顔」 俺が眉をしかめると、ジェームズの笑みは更に深くなった。 「べつに〜」 そっぽをくるりと向いて、吹けもしない口笛を吹き出す始末。ふーふー鬱陶しい。 「ただ、今のうちだろうなぁ、と思ってね」 なにがだ。問い返そうと口を開きかけると、廊下の向こうのほうからフィルチの怒鳴り声と足音が聞こえてきて、話は無理矢理終わりを迎えた。 ジェームズの言葉の意味。 それを俺は、さほど時経たずして知ることとなる。 「ジェームズ。今本とか読みたくねえんだけど」 「まあまあ落ち着いて、パッドフット君。次の悪戯は慎重に動かなければいけないのだ!」 ジェームズに背中を押され連れてこられたのが、図書室。なんでまた図書室なんだと尋ねても、へらへら笑いながらエバンズの美しさとやらを語りだす始末だった。悪戯ならリーマスやピーターも連れてくればいいのに。 いろいろわからずじまいだが、とりあえずまた何かをやらかすということで俺はうずうずとジェームズの合図を待っていた。花火を打ち上げるのが先か、すぐそこにいるスニベリーを気絶させるのが先か。 現在進行形で、本棚の棚に隠れ続けることおよそ五分。 何をそんなに慎重になることがあるんだ。少しいらいらしてきて、隣の本棚の陰に隠れているジェームズを見ると、やつは目が合うとにこりと笑って、その指でどこかを指差した。 「?」 促されるままその方向を見ると・・・誰だ?よくわからねえ女生徒が目に入った。 またジェームズに視線を戻し、わからない、とジェスチャーを送ると、ジェームズは呆れたような表情をした。なんかこいつにされるとすっげえむかつく。 「君はもう少し他人に興味を持ちなよ」 「そいつが美人だったら興味持つけどな」 ため息をつくジェームズをつい殴ってしまった。殴られた部位をさすりながらジェームズはまたソイツを指差す。 「あの子だよ。ほら、おとといフィルチから逃げてる途中にぶつかった・・・」 おととい?ぶつかった? 腕を組んで、密度の高い毎日の生活を一つひとつ振り返っていって・・・ようやく見つけた。 「ああ。あの、俺に惚れちゃってる地味子ちゃん」 そう答えるとジェームズはまたも苦笑しながら頷いた。 「で、そいつがどうしたんだよ」 本棚の陰から顔を出してソイツの背中を見る。うん。暗い。 「さあて問題ですシリウス君!」 「うわっ。急に大声出すなよ」 俺の非難などまるで耳に入っていないジェームズは、どことなく目を輝かせながら俺を見つめた。きもい。 「●●ちゃんは今どこを見ているでしょうか」 ●●ちゃんは誰だ。 話の流れからいって、アイツだろう。 「どこって・・・」 図書室にいるんだから本に決まってんだろ。 そう答えようとして、よくみると彼女の頭が、テーブルの上の本とは随分違う方向を向いていることに気がついた。 その視線の先を辿っていく。 そして、自分の頬がひきつるのを感じた。 「す、スニベル・・・」 「このバカチン!よく見なよ節穴!」 ひどい言われようだ。不服に少し頬を膨らませるも、もう一度ちゃんと●●ちゃんとやらの視線を辿ると、ある一つの背中に行き着き、ぷすりと空気が抜けた。 「え、え?」 「どう?何が見えた?」 いやいやいや、ねえだろ。絶対ねえだろ。 女の視線の先。スニベリーの斜め向かいの席。俺の身長を幾分か小さくした、俺の髪を幾分か短くした、俺の肌を幾分か白くした、俺の弟。 もう一度、もう一度だけ注意深く女を見る。髪の間から覗く赤い耳。アウト!! フラッシュバックする、この間のあいつの姿。 「つまり、おととい、あいつが俺を見て赤くなったのは・・・」 「君の弟のレギュラス君だと勘違いしたからだね、間違いなく」 「つまり、あの時あいつが一瞬視線下げてから逃げたのは・・・」 「君の弟のレギュラス君のネクタイの色が違うのに気づいて、シリウスだってわかったからだろうね、間違いなく」 「つまり、あいつが、俺を目の前で見ても俺に惚れなかったのは・・・」 「君の弟のレギュラス君が、君より、君よりも魅力的だからだろうね、間違いなく!」 おそらく彼女の頭の中は、今君の弟のレギュラス君の事でいっぱいだろうね!なんて言いながら笑うジェームズに腹が立つ。 誰が誰を好きになろうとどうでもいい。それが、地味子ちゃんがレギュラスに対するものであっても、心底どうでもいい。 しかし腹が立つのは、俺<レギュラスなアイツの不等式。 仮にも俺に押し倒された奴が! 「あれは事故だけどね」 「うるせえ」 あんなに顔を赤くしたのが、俺をレギュラスと勘違いしたからだ?俺よりもレギュラスのほうが魅力的?そんなの・・そんなの・・・! 「俺のプライドが許さない・・・!」 「君のプライドはダンブルドアの鼻より高いからね」 むかつくむかつくむかつくむかつく。 どうにか、どうにかこの屈辱感に打ち勝つ方法はないのか。 「そんなシリウス君に、僕ことジェームズから提案があるよ」 悔し涙に濡れていると、肩を叩いて来たジェームズがにやりと笑う。 「どうにかして●●ちゃんを振り向かせるなんて、どう?」 「振り向かす?」 ジェームズと女を交互に見る。あいつを落としても何の得にもならない。けれど自分のずたぼろのプライドは・・・。 俺は決心した。 「一ヶ月で落とす」 そう言うと、ジェームズはわざとらしく目を丸くした。 「おや、君にしては随分慎重だね」 「他に好きなやつがいるんだからこのくらいは妥当だ」 落とす。絶対落とす。 本棚を掴む手にぎりぎりと力を入れ、怨みの混じった目で女を睨んだ。 すると、女はびくりと体を震わせ、俺が愛想のいい笑みを浮かべる前にこっちを一直線に振り返った。 恨めしげな顔をした俺と目が合った女は「ひっ」と声をあげ、本を閉じ、抱えて、図書室から早足で出て行ってしまった。 「・・・」 「出だしから好調のようだねレギュラス君のお兄様」 腹を押さえて肩を震わせているジェームズが、いつも以上にうざかった。 「●●を?」 今日あったことを寮に帰ってリーマスとピーターに話すと、二人は不思議そうに目を丸めた。 リーマスにいたっては名前を呼び捨て。 「なんだ?知り合いか?」 「知り合いも何も●●と・・・」 「あああああ!!」 リーマスが何か言おうとしたとき、ジェームズが無駄にでかい声を出した。 俺らがそろって見ると、昼間に届けられていた、未開封だった手紙のうちの一つをジェームズが崇めるように抱えていた。 「リリーから、僕の熱い気持ちを乗せたラブレターの返事が来た!」 「へー、珍しいこともあるものだね」 なんだよ。エバンズもイヤイヤって言いながら満更でもないんじゃねぇか。 「オーケーって?」 「ううん。『死ね』って」 やっぱり俺の勘違いかな。 質問したピーターも申し分けなさそうだった。 「・・・で、リーマス。●●が?」 「ん?・・・ああ、えと、すごく恥ずかしがり屋だよね、彼女」 「あ?それはジェームズからも聞いたよ」 違うこと言いかけてただろ? 眉を下げて、リーマスは困ったようにどこかを見た。 「シリウス。君は明日からの戦に備えて、そろそろ眠ったほうがいいんじゃないのかい?ちなみに僕はすごく眠い」 「勝手に寝てろ」 肩に腕を回してくるジェームズは、どうみてもまだまだ目は冴えているように見える。 まあでも確かにそろそろ時間も遅いし、明日はハッフルパフの先輩と会う約束もある。 「じゃ、俺寝るわ」 「・・・まさかシリウス、明日他の子と遊びに行く気じゃ」 毛布に包まりながらジェームズにひらひらと手を振って、俺は眠りについた。 |