※キス裏表現どころか、ぎりぎりまで行きます。 ホグワーツを卒業して一年。 私もそれなりに成長して、ダイアゴン横丁にある店で職を得ていた。 一年とも経つと、学生のころ仲の良かった友人達も、結婚や他仕事やらで少し疎遠になっていた。 たまに食事などに行こうにもなかなか仕事が忙しく、結局私も疎遠になる要因の一つだった。 「えと・・・」 今日は仕事でノクターン横丁に届け物をしに来ていた。私も出身はスリザリンだから来たことないわけではないけど、やっぱりここの空気はあまり好きではない。 さっきから変なおばあさんがこっち見てるし、さっさと仕事を終わらせてダイアゴン横丁のほうに帰ろう。 「あ、あったあった」 目的の店に入り、店主のじとっとした視線を受けながら、極力笑顔で、極力手短に事をすませた。 「またのご利用をお待ちしております」 儀礼的な言葉を並べ、うんともすんとも言わない店主に背を向けた。後ろを向いたと気に、一瞬だけべぇっと舌を出す。 いつも、相手の態度が気に食わなかったときにすること。いつものことで、いつもならこのまま普通に店に帰る。いつもなら。いつもなら。 「ぁ・・・」 ガラス張りの扉越しに目が合った、店の外を通りすがったその人。深い黒の瞳はこの一年間、一度たりとも忘れたことのない目。 その人は慌てて視線をそらし、明らかな早足でそこを去っていった。 目が離れてからも呆然としていた私は一気に目を覚ましだっと駆け出していた。 陰鬱な顔をした人たちの間を走り抜ける。通る人一人ひとりに目を凝らすけど見つからない。追いかけるまでに少し間が空いてしまったから、もう逃げられてしまったのか。 走り続けるのも辛く、私は日ごろの運動不足を呪いながら徐々にスピードを緩めていった。 切れる息で道の真ん中に座るのも気が引け、私はふらふらとした足取りですぐそこの路地に入った。 「・・・」 「・・・」 路地に入ればそこには、まずいものを食べたときのように眉を寄せたすっかりと大人になったリドルがいた。まあこの鉢合わせも計算どおりだけどね。 さっさと背を向けて逃げようとしたリドルのスーツの裾をきつく握る。 「・・・久しぶり」 「・・・」 挨拶すら返さない彼は大人しくなったものの、今その明るい頭の中ではどうやってこの場を凌ぐか必死に思考をめぐらせているに違いない。これでも在学中の三年間は彼と過ごしたんだ。そのくらいは想像に越したことではない。 私が服の裾に加えて彼の手首を握ると、リドルは一瞬だけ息を詰めて、その息を諦めたような色をつけて吐き出した。握った彼の手首が思ったよりも細くて驚いた。 「何?」 私はいまだにぶつからない視線をもどかしく思いながら、またこうやって会話をできることを嬉しく感じていた。 「久しぶりに会ったのにその反応はひどいんじゃないの?」 「僕は会いたくなかった」 吐き捨てるように言うリドルに古傷が痛む。 「もう僕とお前は関係ない。それに今仕事中なんだ」 関係ない、か。 「私だって仕事中よ」 「だったら尚更・・・」 イラついたように声を低くしたリドルは、睨むようにだけどようやく私の目を見た。リドルが私を突き放す言葉を吐こうとして開いた唇が閉じる。それだけ私が情けない顔をしていたんだろう。 滲むリドルの表情が動揺したように歪むのがわかった。 「リドルのせいだから」 「は・・・?」 訝しげな表情をするのも当然だろう。全部、私自身の責任なんだから。 わかってるのに、リドルにそれを擦り付けるように、私の口は止まらない。 「卒業してから彼氏ができても本気になれないし、デートしても楽しくないし」 「何言って・・・」 動揺したようにリドルが手を伸ばしてくる。でもそれは触れる前にまた引っ込んでいった。 「リドルと一緒にいたときのほうがずっとずっと幸せに感じたし、キスしても・・・」 「●●」 遮るように、諌めるように名を呼ばれ、私はぴたりと口を閉じた。 「・・・何が言いたい」 目を細めた彼は怒ってるみたいで、少しだけ瞳が鮮やかに見えた。 今度は私が目をそらす番。俯いたら、我慢し続けた涙が、苔むした地面に落ちた。 何が言いたい?そんなの決まってる。彼と一緒にいたという証が欲しい。 「――抱いて」 掴んでいるリドルの手が微かに震えた。 「・・・君も、この数年間でとんだアバズレになったみたいだね」 「まだしたことない」 「どうだか」 どうとでも言えばいい。 私は彼との繋がりが欲しかった。好きだから。ずっとずっと。 彼との記憶はこれまで色褪せず私の中に生きてきて、そして今日会ったおかげでまた色濃く再現されて。 ずるいとわかってても、下品な女だと思われてもよかった。 あれだけ一緒にいたのに、別れた後の私の手には何も残らなくて長い間茫然自失とした。 「好き」 「・・・」 この言葉を言って、気持ちが満たされるようになるのはいつ振りだろう。 「好き。リドル、リドル。好き。大す・・・」 いきなり私が彼を掴んでいた腕を掴み返され、ぐいと引っ張られた。動く間もなく腰に腕が回されかつてのようにぎゅっと抱きしめられた。より細くなった腕で、昔以上に強い力で。変わらない彼の香りが気持ちを宥め、涙が彼のスーツに染みるのも構わずに彼の胸に縋り寄った。 「・・・後悔しても知らないから」 耳元で感じる、彼の懐かしい声に何度も頷く。 一際強く抱きしめられたと思ったら、お腹の裏側をぐいと引っ張られるような感覚がして、気がついたらひとつの宿の前に立っていた。 ああ、姿現しか・・・なんて、彼にぐいぐいと手を引かれながら考えていた。 リドルが宿をとっているのを夢心地でぼぅっと眺め、彼が帰ってきたらまた腕を引かれながらついていく。 私がようやく意識をはっきりさせたのは部屋についてからだった。 部屋の奥に進もうと足を踏み出す。すると、リドルに乱暴に手を引っ張られて、壁に押し付けられた。足の間にリドルの膝が割り込んできて、完全に壁に縫い付けられる。 声を発する間もなく、リドルが噛みつくようにキスをしてきた。 「んっ」 貪るようにされるそれに頭がくらくらとしてくる。 十分に唇を触れ合わせた後、いつかのように唇の隙間から舌が差し込まれた。躊躇いながら自分の舌を絡ませると、リドルもそれに応えた。 昔にはなかった官能的な雰囲気に気持ちが昂ぶり、自分の唇の端から恥ずかしいほど切なげな声が漏れた。 ようやく唇が離れた際、二人の唇を繋ぐように唾液が糸を引く。 「はぁ・・・」 彼の膝に支えられてなかったら絶対に立っていられないだろう。まったくといっていいほど体に力が入らなくて、彼の胸に体を預けた。 最後に軽くもう一度キスをした彼は、ぐったりとしている私の膝裏に手をいれて抱き上げる。心地よい浮遊感に目を細め、腕を伸ばしてリドルの首に抱きついた。 ベッドに寝かされ、ネクタイを緩めながらぶつぶつと呟く彼の言葉をぼんやりと聞き流す。 「まったく、君は僕が何のために在学中手を出さなかったと思ってるんだ。人の苦労も知らずに・・・」 棘の中にも含まれる優しさに微笑むと、彼は閉口し、困ったように微笑み返した。 ギシリとスプリングが軋み、彼の顔が近くなる。少しだけ緊張する。 「処女であろうと処女でなかろうと、途中で止める気はないから」 「うん」 素直に頷くと、彼はぐっと息を呑み、眉根を寄せてため息をついた。 「本当に君は・・・」 呆れたように笑ったリドルはまた深いキスを送ってきて、私の首筋に顔を埋めた。 途中、本当に私がはじめてであることを知った彼は、絶望したように目を丸くした。 けれど、どこか泣きそうな顔をして微笑み、私の体を抱きしめた。 「本当にバカだよ、●●は」 「そろそろ仕事戻らなきゃだから。あー、怒られちゃうかも・・・」 時計を見上げ、それがもういつもなら仕事から上がるくらいの時間帯を指していて、店主の怒った顔が思い浮かんで非常に気が重くなった。 「仕事ほっぽってヤるとか、最低」 「リドルも人のこと言えないでしょ。ほら、あんたも早く服着てよ!」 ズボンだけ履いて、いつまでもベッドでごろごろしてるリドルの腕を引っ張り、無理矢理座らせる。 だるそうに眉間にしわを寄せながらも、早くと急き立てながら衣服を投げつければ、ぶつぶつと文句を言いながら袖に腕を通し始めた。 リドルがとろい動作でネクタイを締めるのを眺める。あまりにもじっと見ているのが気になったのか、「何?」と居心地が悪そうに口をへの字に曲げた。 「いやー、なんか、たった一年で大人っぽくなったなぁと思って」 「・・・●●は相変わらずまぬけっぽそう」 「前言撤回。全然大人っぽくなってない」 腕を組んでふんと顔をそらす。 「そういうとこ子供じみたとこ直さないと、いつまでも男が寄ってこないよ」 「余計なお世話」 べえっと癖になってしまった仕草をすると、リドルは困ったように笑った。表情一つ一つが愛しくて愛しくて、帰りたくないと心の底から思った。 上着を着ているリドルを見ながらドアノブに手をかける。 「じゃ、じゃあ、そろそろ帰るね」 「ああ」 ほんのちょっとだけ扉を引いて、名残惜しくて止める。 「・・・あのさ」 目をそらし、いじいじとノブを握る己の手を見つめる。 「また、会いに来ても、いい・・・?」 絆が欲しい。離れても、また会えるという絆が。 「――」 顔を見ずともリドルが困惑しているのがわかる。 重苦しく響く時計の音に耳を澄ます。リドルが背中のほうで動き、こっちに歩いてくる足音がしたときは心臓が止まるかと思った。 真後ろまで気配が迫り、触れることもしない彼に妙に神経をすり減らされる。 「・・・かまわない」 リドルの低い声で言われたときは、本当に嬉しかった。 自然と涙が滲んで、急に抱きつきたくなってくるりと振り返った。 「お前が会いに来れるのならな」 目と鼻の先には杖の切っ先。 とっさに目を瞑ったけど、ただの目くらましじゃあるまい。 瞼の向こうが明るく光り、私の意識はそこで終わった。 |