息苦しさで目覚める。使い慣れたベッドではないことに気づくと同時に、私の首に手をかけているリドルが目に飛び込んできた。


「何してんの?」

「勝手に僕のベッドで寝てる、悪い子の息の根を止めようと思って」

 にこりともせず、唇だけで淡々と紡ぐ。手を離すどころか徐々に体重をかけてきた。

 肺から押し出される空気。
 いつからこうやっていたのだろうか。すでに胸の中は空っぽに近かった。

 じわりとにじむ脂汗。
 これは、やばい。

「ちょっ・・・リド・・・っ!」

 苦しさでちかちかする視界の中で、なおもリドルは無表情。今にも目の前で人が、あろうことか自分の恋人が己の手にかかっているというのに、彼の瞳には怯えも迷いも、何も感じられなかった。


 リドルの瞳に心底震え上がった私は、どうにか彼の手を引き剥がそうとするけど、体重をかけられていては外れるものも外れない。


「かは・・・っ」

「●●。君が死ねば僕らはずっと一緒にいられる」

 こいつは何を言ってるんだ。死んだら元も子もないじゃない!だったらお前が死ね!!

 リドルへの抵抗で、首にかかる彼の手に強く爪を立てる。生々しく肉の感触。それでもリドルは眉一つ動かさない。


「僕は死を乗り越える。もしそうなったら、そのとき●●を迎えにいってあげる」

 じわりと生理的な涙が滲む。これ以上は耐えられない。本当に、死ぬ。


 気だるい足をもぞもぞと動かし、タイミングを伺う。そして思いっきり振り上げた。

 ドスッ、と膝がリドルの背中に入った。

 そんなに力は入らなかったけど彼の気をそらすには十分。微かに緩んだその瞬間を逃さず、私はリドルの肩を押してベッドから転げるように降りた。

 しかしすぐに体勢を立て直し、振り向き様に杖を構える。

「ハァ・・・ハァ・・・」

 渇いた空気が喉に張り付く。

 今にも禁じられた呪文が飛んできそうだったが、リドルは呆然と、私を殺めようとした両手を見つめていた。

 なんなの?卒業も近くなって頭おかしくなったの?


 しばらくの間、私の荒い息遣いだけが部屋に響いた。


 それが落ち着いてきても、リドルはバカみたいにベッドの真ん中に座り込んでる。

 さすがにおかしい。

「リドル・・・?」

 近づくのは億劫で、その場から声をかける。

 キンとした静寂。


「●●・・・」

 あまりに彼らしくない、か細すぎる声。彼の唇の動きに注目していなければ聞き逃していただろう。

「●●」

 さっきよりもはっきりした。

「・・・こっちに来てくれないか」

「・・・」

 いやだ。
 さっき本気で首を絞めてきたのはどこのどいつだと思ってるんだ。

 私のそんな気持ちを感じたのだろう。

「もう何もしない。約束する」

「・・・破ったら?」

「僕を殺せばいい」

 死んだら殺せないじゃん。
 まあ、彼がここまで言うなら、本当の「死ぬ覚悟」で。

 いつでも杖を構えられるようにしながら、一歩一歩踏みしめるようにベッドに近づいた。そう遠くなかった距離はあっという間に詰まる。

 ぎゅっと杖を握った。


「●●・・・」

「なに?」

 返事をしなくてもいい呼びかけとはわかっていた。

 それでも返事をした私を、彼は見上げてきた。思わず息を呑む。

「●●」

 ベッドに膝を立て、私を同じくらいの目線になったりドルが殺人未遂の手を私の首に伸ばしてくる。


 リドルの手は私の首を掠り、そのまま通り過ぎた。そして、いつものように私を抱きしめた。


「●●、●●」

 かすれた声で何度も何度も私を呼んだ。

「リドル・・・」


 答えるように名前を呼んで、杖から手を離し彼の背中にそっと回した。

「●●、生きて。僕がいなくても生きて」

「言ってることとやってることがま逆だよ」

 嫌味でも言わないと、私が泣いてしまいそうな空気だった。
 縋るように首筋に埋められた彼の顔。


 一度だけ、首筋に水のようなものを感じたのは気のせいだろうか。


 触れるだけの、何かに怯えるようなキスをして、リドルはまた強く私を抱きしめた。






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