「うー、目腫れてる」

 鏡の中の自分はいつも以上に不細工だった。

「あんだけ泣けばねぇ。ほら、行くよ」

 ばしんと背中を叩かれる。
 目の腫れを目立たなくする魔法でもあればいいのになぁ。きっとあるんだろうけど知らない・・・。

 名残惜しげに瞼を撫でて、鏡から目を離した。鞄を引っつかんで部屋を飛び出す。

 授業に出れば嫌でもリドルと顔を合わせることになってしまうから、本当は休んでしまいたかった。けど簡単に授業を休んでしまえば、たった一日分でも取り戻すことが難しくなる。よってしかたなく出席するのだけど。

 友人らの群れから離れないように、そしてできるだけ間に入るように歩きながら、道中、リドルと遭遇してもできるだけ顔を見ないようにする対策をした。しかし心配は無駄に終わったみたい。・・・どうやらリドルのほうから避けてくれてるみたいだから。

 それはそれで腹が立つ!このやろう!!

 魔法薬学の時間も、私たちが付き合ってると大っぴらになってからは、リドルが率先して私の横に来て手ほどきをしてくれたのだけど、今日に限って彼は、向こうから誘ってきたのだろう女の子二人に挟まれていた。


 それを悶々とした気持ちで見ていたら、友人に素直になれと肩を叩かれた。無性にムカついて彼女の頭をはたいてしまった。

 それだって、魔法薬学の時間だけならいい。その次も、その次も、その次も!

 なんか見せ付けられてるみたいに感じて、何度やつの首を引っつかんでやりたい衝動を抑えたことか。


 周りも、昨晩のことと加えて、その異変に気づき始めて陰でこそこそと噂話を始めるし。ああ、どうしてこの学校の生徒はこんなに噂話が大好きなんだ・・・。


 リドルのことを狙っていた女生徒たちはもちろん歓喜し、ここしばらく沈静化していたリドルへの告白ラッシュも始まった。別れたわけじゃないんだけど・・・。


「トム君、これよかったら」

「ああ、ありがとう」

「トム君、今日の魔法薬学ご一緒してもいい?」

「もちろんだよ。よろしくね」



「・・・・」

 どいつもこいつもトム君トム君トム君。
 いい加減砂を吐きそうだ。

「あんた大丈夫?日に日に顔が凄くなってるけど」

 苦笑いを浮かべる友人。

「うるさい」

 もう悩みが膨れ上がりすぎて毎晩眠れないんだよ。
 それにくらべてリドルときたら、肌つるつるしやがって。

 穴ぼこのハム。今日の朝食もあまり手をつけていない状態でフォークを置いた。

「・・・そんなんじゃ体壊すよ、あんた」

 眉根を寄せる友人達の言葉も、もう何回も聞いた

「別にいい」

 今はこのかぼちゃジュースも甘すぎる。
 半分ほど無理矢理飲み込んだところで、遠くから梟たちの羽音が近づいてきた。皆が自分の食事を囲い、安全なところへ隠しだす。私は遠くの席のリドルが、ぴったりのタイミングで自分のものをすべて食べ終えたところを見た。

 間もなく、開け放たれた窓から何百羽もの梟たちが我先にと舞い込んできて、各寮のテーブルで派手な音を立てながら自分の職務を果たしていった。


 どうせリドルの目の前には小山ほどの手紙があるんだろうと思うと、イライラしてそっちを見たくもなくなった。

 私に届く手紙といえば、定期的に親から送られてくるものくらい。それだって先週来たばかり。


 まさか私に手紙を出してくる物好きなんていないだろうし・・・と思いながら、梟たちが出入りしている場所を見上げた。すると、私のほうに突っ込んでくる一羽の梟。


「う゛!」

 勢い余ったみたいで腹で受け止めてしまった。

 茶色くでかい弾丸を受けたような気分になりながら、目を回している梟をテーブルに乗せた。彼の足には一つの手紙が括りつけられている。その宛名は。

「ちょっと、これ●●にじゃん。珍しい」

「なになに?ラブレター?」

 まったく、こいつらときたら。
 てんやわんやと私宛の手紙を奪い取ろうとするのを阻止しながら、手紙を開いた。


 その内容に目を走らせ、最後まで読んで、封筒を裏返して差出人を確認し、もう一度内容を読んだ。手紙を持つ手が震える。


「何?なんて書いてあるのよ」

「だ、ダメ!」

 にゅっと伸びてきた手から手紙を隠し、取られないうちに封筒も回収して鞄にしまいこんだ。


「・・・」


 ばくばくと心臓が鳴って、心なしか顔が熱くなった。

 不自然すぎる私の行動。きょとんとしていた友人達は互いに目を見合わせ、にやりと顔を歪ませた。


「●●がラブレターもらった!」

「●●も成長しちゃって・・・。ちょっと前までツルペタだったのに・・・。あ、今もツルペタか」

「いつ!?いつ来てって!?」

 ごちゃごちゃと騒ぎ立てる友人達に周りも何事かと注目し始め、私は羞恥で顔を真っ赤にしながら彼女達を怒鳴りつけた。ツルペタじゃないし!たぶん。

 含み笑いをしながらもようやく落ち着いた彼女達。ほっと一息ついたとき、どこからか異様な視線を感じてきょろきょろとすると、一瞬だけリドルと目が合った気がした。


 手紙の内容。それは世間一般ではいわゆるラブレターと呼ばれるもの。今日の夕刻時、湖の近くにある、大きな木の下で待っているという。なんとまあ・・・ロマンチストな人だこと。真昼間に薬草が栽培されてる所の近くで告白した私とは大違いだ。

 その手紙のおかげで今日一日そわそわしっぱなしで、授業はいつも以上に頭に入らなかった。


 昼食もこれもいつも以上に喉を通らず、ついにその時間。

 友人達に手を振られて見送られ、私は湖のほうへ向う。少し歩いただけで息が切れて、ちょっとした眩暈を感じるのは最近あまり栄養を摂っていない報いだろうか。


 千鳥足で例の木の近くまで行くとそこにはすでに相手は来ていた。私が早く来すぎたと思ったのだけど。

 私の存在に気づいた彼は、目が合うと照れたように微笑んだ。
 ネクタイの色を見ると橙色。どうやらハッフルパフ生のよう。

 急ぎ足で彼の元へたどり着く。

「・・・」

 向かい合ってからのしばしの沈黙。それを破ったのは彼だった。



「好きです」

 心臓が最高潮に跳ねる。意識したことのない人に言われても、何を言われるのかとっくに予期していても、こんなに緊張するものなのか。

 今まで告白されるなんて縁もなかった私とって、向こうから好意を示してくれるというのはすごく嬉しかった。


「あ・・・私・・・その・・・」

 しどろもどろで、顔が赤くなるのがわかる。
 もちろん、付き合うつもりはなかった。しかしそれを、失礼がないようにどうやって断るべきか。

 息を整えて、彼のつま先を見つめる。

「・・・ごめんなさい。気持ちは嬉しいんだけど、私、付き合ってる人が」
「トムですよね。知ってます」

 さらりと出された名前に息が詰まった。喧嘩中だけど、別れたわけじゃない。
 だからごめんなさい、と言おうと口を開くと、それより前に彼が不審そうに眉をしかめた。


「あの、失礼ですけど、二人はまだ付き合っているのですか?」

「え?」

 確認するような口ぶりに言葉に詰まってしまう。
 頷くに頷けないでいると、彼は言いにくそうに目をそらした。


「・・・噂で、トムは昨日、スリザリンの生徒の告白を受け入れたと聞いたんですけど」


 言葉も出なかった。

 まさか、そんな。

 最高に気分が悪くなり、妙な吐き気を感じた。ぐらぐらと地面が揺れるような錯覚。一瞬だけ視界が真っ暗になって体が傾いだ。


「あぶない!」

 とっさに手を伸ばしてくれた彼が支えてくれる。体に力が入らない。抵抗なんてする間もなく、おずおずと背中に腕が回された。


「俺なら、●●さんにこんな顔させません。俺と付き合いませんか?」

 もう頭の中はぐちゃぐちゃで、私は何も考えずに頷いていた。



 心配する彼に謝罪をし、私は彼から離れる。

 明日の薬草学は近くで受けようという約束を上の空で交わし、私たちは解散した。

 人気のない玄関から城に入れば、すぐさま、誰かから声がかかった。


「ずいぶんお楽しみだったみたいだね」

「・・・」

 振り返らなくてもわかる。

 玄関のすぐ横の壁に腕を組んで寄りかかっていたのは、ここ何日もまともに顔も合わせていなかった人物。


『・・・噂で、トムは昨日、スリザリンの生徒の告白を受けたと聞いたんですけど』


 繰り返される言葉。

 ぎゅっと拳を握った。

「リドルには関係ないでしょ」

 こつこつとリドルが近づいてくる。

「関係ない?君は僕の彼女だ」

「彼女?」

 鼻で笑ってやった。


「あなたの彼女は、私じゃない、スリザリンのどっかのかわいこちゃんでしょ」

「は?」

 嫌味たっぷりに言うと、リドルは間の抜けた声を出す。今更何をとぼけようとしているんだか。

「何言ってんの?」

 ここまできてとぼけようとするリドルに失望して、私はぐるりと振り返ってリドルを睨みつけた。頭ががんがんと痛む。


「もういい!私に構わないで!」

 ヒステリックに叫ぶ私に、彼は意味がわからないという風に眉を寄せた。その様子がちかちかと点滅を始める。


「・・・あのさ、何勘違いしてるのか知らないけど・・・・・」

「もう聞きたくない!」

 伸ばされたリドルの手に捕まりたくなくて一歩後ろに退く。たったそれだけだったのに、私の足はもたついて、絡まり、体がバランスを失う。


 とっさに片足を動かして体を支えるということすらできず、消え行く意識の中でリドルが手を必死に伸ばしてくるのが見えた気がした。

 ぶつかったのが固い床だったのか、それすらもわからなかった。







「●●。口開けて。ほら、ちゃんと食べないと。あ、もしかしてこっちのほうがいい?こっちには百味ビーンズもあるけど。あと蛙チョコも。こんなものばっかり食べてるから●●太るんだよ・・・まあそれはいいや。でも今は栄養のあるもの食べなきゃね。はい、あーん」

「・・・・・・」

 うっとうしい。


「・・自分で食べれるから」

 リドルが野菜の乗ったスプーンで頬を突っついてくるのを払いのけ、それを奪い取る。


「なんだよ。人がせっかく食べさせてやってるのに」

 不満そうに唇を尖らせ、半分浮かせていた腰をまた椅子に落ち着けた。

「別に頼んでないし」

 栄養失調で医務室に入院するはめになって二日目。昨日から今朝にかけて、一度目を覚ましたきりずっと意識が戻らないっきりだったらしく、目が覚めてからマダム・ポンフリーに、どれだけちゃんと食事を摂ってなかったのかと叱られた。今日ちゃんと食べれば明日の朝には部屋に帰ってもよいという。その最初から最後までを聞かされていたリドルは私が目覚めるとおもむろに立ち上がって医務室を出て行き、次に帰ってきたときには両手いっぱいに、食べ物という食べ物を抱えてきた。この量の食物をいったいどこからかき集めてきたんだか・・・。

 そして今、迷惑にもそれを無理矢理私に食べさせようとしていた。私が素直に自分の手から食べないとわかるとあっさりと諦めて、自分が抱えてきたサンドウィッチを頬張り始めた。

 それにしてもこいつ、いつまでここに居座るつもりなのか。
 さっき友人たちがお見舞いに来てくれたのに、リドルがいるとわかるとさっさと引き返してしまった。

 しかも、他に休んでる子たちや、そのお見舞いに来た子たちの注目を集めてしまって仕方がない。こいつは立ってるだけで目立つのに。


「ねえリドル」

 私はいいから早く帰れ。そう言おうとした。

「僕はまだ帰らないよ」

 きっぱりと断られた。言う前に。

「●●がちゃんと食べるまで見張るのが僕の仕事。早く授業に出てもらわないと僕が迷惑するんだ」

「リドルには迷惑かけてないでしょ」

「かけてるよ、十分」

「どんな」

 どうせ責任の押し付けだ。そう思って、ぶっきらぼうに尋ねた。そうするとどうだろう。ぴたりとリドルの動きが止まって、何かを考えるような間がしばらく続いた。

 ちょっと大丈夫かと心配になったころ、ようやく彼は気まずそうに小さな咳払い。


「・・・●●が授業に出てくれないと、僕は他の人の相手をしなきゃいけない」

「そりゃまあ」

 喧嘩してる間、女の子たちに笑顔で応対してたのは誰だ。

 あの間は気になるけど、これもまっとうな考えだろうと私は自分を納得させた。


「ほら、手が止まってるよ」

 すっかり置いてしまったスプーンを私の手ごと握りこんで、口元にスプーンを誘導した。

「わかったから!はなして!」

 どうして公衆の面前で手を握られなければならない!握られている手の肘でリドルの胸をどつき、無理矢理放させた。



 四苦八苦しながらリドルが持ってきた物を食べ終え、息つく間もなくベッドに寝かされる。

「●●はもう寝ろ」

「眠くない」

「でも外はもう暗いだろ?」

「まだ八時じゃん」

「寝るまで僕が一緒にいてあげるから」

 いらん。と思ったけど、やんわりとした動作で頭を撫でられて、気持ちがちょっとだけ落ち着いた。

 流れるように髪を梳かれ、心地よくて目を細める。これなら寝てやってもいいかもしれない。


 うとうととし始めると、意識の向こうでリドルがプッと噴き出すように笑い一気に目が覚めた。

 そちらに目を向けると、リドルがもう片方の手で口元を隠し、肩を震わせていた。

 なんだよと睨みつけるとリドルはごめんごめんと謝った。

「あんまり●●が素直だからおもしろくて」


 素直だからおもしろい?なんて失礼なやつだ!!
 加えて、確かに自分にしては恥ずかしい仕草をしてしまったと思い、顔が赤くなる。

「うるさい!もう!早く帰ってよ!!」


 大声を上げると、返事がリドルからではなく背中のほうから降ってきた。

「うるさいのはあなたです!ミス・××!!他の患者もいるのですよ!!」


 振り返るとマダム・ポンフリーが怒ったように声を荒げていた。
 マダム・ポンフリーは私からリドルのほうに目を向ける。

「ミスター・リドル。あなたもです。あなたでなければさっさと追い出しているところですよ」

「申し訳ありません、マダム・ポンフリー」

 カチリと表向きスイッチの入ったリドルは、しゅんと打ちしおれて頭を下げた。この変貌っぷりには毎回舌を巻く。

 マダム・ポンフリーが、次騒がしくすれば追い出すと言い残して去っていたのだが、私としては今すぐ追い出してほしかった。


「さ、●●。マダム・ポンフリーに怒られたことだし、早く寝ちゃって」

 毛布の上からぽんぽんと胸を叩かれる。


「僕も君も明日授業があるんだ。僕にいたっては課題もある」

「じゃあ戻ればいいじゃん」

「やだ」

 本当にこの人なんなの?
 じとっとした目で彼を睨んでいたけど、へらへらとしたまま変わらないリドルの表情に心が折れて、私はため息をついた。


 毛布を深く被り、寝返りを打ってリドルに背を向ける。そっち向くの?というリドルの言葉を一度無視すれば、彼はそれっきりだった。



 背中で、リドルが足を組みなおす音を聞きながら、あれほど遠くにあったはずの睡魔が徐々に近づいてきて、瞼は自然に下りた。



おまけ






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