ディペット校長、ダンブルドア先生、ディペット校長、ダンブルドア先生。

「―――おぬしの言っていることは、そうじゃの。なんとも現実味がなく」      
                               
 ダンブルドア先生は小さく唸って黙ってしまう。なぜ校長だけではなくダンブルドア先生まで来たのかと思ったけれど、よくわかった。この校長は理解力と決断力が鈍い。先ほどからあわあわと、私と校長を見比べるだけだ。
 しかし、これは決断力とかそういう問題ではない。「気がついたら空の高いところにいて、落ちてて、目が覚めたらベッドに寝てました」なんていう話、バカらしいと撥ねつけるか道がない。私だって混乱しているのだから。

 ベッドの前に並べられた椅子で、思考をめぐらせながら腕を組み、ダンブルドア先生は悩ましい表情のまま口を閉ざしている。ディペット校長はすでに思考停止しているよう。

 どうしたものか、と口の中で呟き目を伏せる。
 まさかとは思ったけれど、本当にそのまさかだとは。顔を見ただけでは判断できなかった。名乗られて頭を金づちで殴られたかのようにショックを受けた。だって、その名前は存在しないはずのもので。

 どうしよう。どうしよう。同じ言葉が脳内を占めまともに考えられない。


 沈黙がつらくなってきたとき、控えめな咳ばらいが場の空気を揺らした。

「えー…ダンブルドア先生。この娘はどうやら魔法使いでもないようですし、記憶を消してマグルの世界へ戻した方がよいのではないでしょうか」

「ふむ…」

 当たり前だ。本来私はここにいてはいけない存在。マグルがこんなところにいては、魔法界の根幹を揺るがすことになる。

 ここから出されたらどこに行けばいいのだろう。知らない世界の知らない国で、お金も家族も知り合いもない場所で、何日生き延びることができるだろうか。決断を委ねられたダンブルドア先生が、たっぷりとしたひげを撫で付けている。

「ミス・××」

「はい」

 澄んだブルーの瞳とかち合う。

「杖を持っているかね」

「は?…いえ、持ってないです」

「ディペット校長。差支えなければ、一度彼女に杖を貸してやってくれんか。先ほどの話が本当だとして、怪我一つなく地に降りることができたというのなら、もしかするかもしれない」

 え、と目を見開く私を一瞥し、ダンブルドア先生はにこりと笑った。形容しがたい威圧感。
 そんなの無理に決まってる。私がただの人間だって裏付けされてから追い出されるなんて、ただ追い出されるよりも惨めではないか。

 逃げてしまおうか、逃げてどこへ行く、どうせ追い出されるのではないか。迷っているうちに、ディペット校長はダンブルドア先生の提案を呑んだらしい。校長の物と思しき杖が差し出される。諦めの心境で、手に馴染まない杖をしっかりと握る。

「軽く、振るうだけでいい」

 校長先生が言い終わらないうち、何の気なしに杖先を揺らした。

 小さな火花が杖先から飛び散った。線香花火のような。

 ぎょっとしたのは私だけではなかったらしい。杖が反応するとは全く思ってなかったらしい、ディペット校長は目と口を真ん丸にしていた。きっと私も今同じ顔をしてるんだろうな。

 私、魔法使いだったの…?呆然としながらダンブルドア先生を見ると、相も変わらず人のよさそうな顔をしたまま。私と目が合うと、年齢を感じさせないウィンクを飛ばしてきた。

(もしかして、先生が何かしたのだろうか)


「も、もう一度振るってくれるか」

「わかりました」

 私の力ではないのは残念。でも、理由はわからないけれど、ダンブルドア先生が味方になってくれるのなら、怖いものはない。

 ばかみたいに胸を張って、さっきよりも堂々とした手振りで杖を振った。
 同じように火花が…出なかった。

「あれ」

 詰まったものを出すように、杖を逆さにして振るってみるけど、棒切れはうんともすんとも言わない。
 落胆した様子の校長。助けを求めてダンブルドア先生を見る。私が慌てる様子を楽しそうに見ていたところ、神の導き手かと見紛う素振りをして、先生はディペット校長に語りかけた。

「この娘さんにも、ほんの少しであるが、確かに魔法使いの素質があるようじゃ」

 まさかダンブルドア先生が、あの小さな一回こっきりの火花を、魔法と認めるとは思わなかったらしい。口ごもりはっきりとしない口調で反論する。

「しかし…これでは授業には参加させられませんぞ」

「魔力が安定するまでは自学してもらえば」

「ふうむ…」




 ディペット校長が頷いてからはとんとん拍子に話が進んだ。

 校長室に連れていかれ、一応と組み分け帽子を被せられ、「お前はマグルではないのか」と言われ苦笑いをし、組み分けは出来ないがとりあえずこれを着なさい、と色分けされていない、黒一色の制服を手渡された。真新しい制服を抱きかかえ、浮ついた足取りでダンブルドア先生の後をついていく。先生が足を止めたのは一つの小ぢんまりとした扉の前。

「ミス・××。きみの部屋じゃ」

「私の?」

「組み分けできない以上、生徒たちと同じ部屋にするわけにはいかないからの」

 先生が扉を押し開ける。こぢんまりと表現したものの、私にとっては十分な高さがある。ひょろ長い先生の、頭がぎりぎりぶつからないほどのようだが。
 部屋は、一人で生活するには十分すぎる広さがあった。入口の真正面には、人が一人くぐれる大きさの出窓があり、午後の日差しを一生懸命薄暗い部屋に取り込んでいた。カーテンで覆ってしまえば、部屋は真っ暗になってしまうだろう。入って右手の壁に、クローゼットと空っぽの本棚が密接して設置してある。出窓の右側に寄り添うように勉強机、左側には簡素なベッドが静かに置かれている。部屋の真ん中に、正方形の木造の机が一つと二つの椅子。机上には燭台が一つ。夜はこれで部屋を照らせということか。

 日照条件があまりよくなさそうだ。しかし、得体のしれない人間に部屋をあてがってくれるだけで、その懐の広さは賞賛に値する。それに、まるで秘密基地を持ったような昂揚感が胸を占め、緩む頬を抑えきれなかった。

「いいんですか?」

「もちろん」


 促され部屋に入る。埃っぽい臭いもご愛嬌だ。

 勉強机に抱えていた制服を置き、くるりと部屋を見渡す。大満足。
 私が気に入ったのを察したようで、ダンブルドア先生はにこやかだった。

 授業は自由に参加してもいいとのこと、教科書は後々支給するとのことを告げ、扉の向こうに消えてしまった。

 私はというと、勉強机の引き出しを開けてみたり、出窓から外の様子をうかがってみたり、ベッドに飛び込んでみたり、新しい部屋を満喫していた。



 我に返って事が簡単ではないことを思い出し、八方ふさがりな思いになる十五分前の出来事である。






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