「あああああ〜・・・」

 とんだ誤算だった。誤算というか見落としというか。

 私は毛布に包まって腹の高鳴りに必死に耐えていた。
 一日中部屋に閉じこもるというのだから、食事を堂々と摂りにいけないこと少し考えればわかるのに。

 時計をちらりと見ると、もうすっかり夕食の時間。

「・・・・」


 ぐぐぐぐーとお腹が鳴り響く。
 たしか、ネタばらしは夕食の後だったよね・・・。明日の朝までもたない。絶対もたない。飢え死にする。

 もう一度時計を見る。

「・・・・」

 我慢できない。

 私はパジャマを脱ぎ捨て、ローブを羽織った。

 広間はあれだけ人が多いし、きっともうリドルもご飯食べ終わるころだよね。たぶん入れ違いになるよ。そう願おう。


 私はこそこそと寮から出て、こそこそと広間に向った。

 広間からぞろぞろと出てくる人たちに紛れて中に入り、ゴキブリのような動きで人の陰に隠れながらスリザリンの席についた。


 相変わらずおいしそうな料理の数々。ほぼ一日ぶりの豪勢な食事は、今まで以上においしそうに見えた。

 目の前にあったミートパイを掴み取ってかぶりつく。あーおいしい。食事が片付けられるのも時間の問題だから急いで口にかっ込んだ。

 周りの同級生が私の食べっぷりの呆然としていたけど、気にしない気にしない。


 満足げにもぐもぐと口を動かしていると、何やら派手な音を立てて誰かが広間に入ってきた。途端にざわつく室内。

 そんなことよりも私は栄養補給のほうが大事で、どうせ誰かが魔法の失敗でもしたんだろうと考えた。


 でもそのざわめきが徐々に大きくなるものだから、気になってそちらを見ずにはいられなくなった。


 食事中になんて迷惑な・・・。
 でもすぐにそんな余裕もなくなった。

 手から、半分以上残っていた苺のタルトがぼとりと床に落ち、体ががちがちに氷って冷や汗が流れてくる。


 私のほうに迷いなく歩いてくるその人。大勢の人の前ではいつも浮かべている、あの似非の笑顔を貼り付けるのを忘れている彼。


 いつもよりも鮮やかに見えるリドルの瞳が、私の目を念じ潰そうとしているかのように真っ直ぐに射る。

 やばい。非常にやばい。完全にばれてる。めっちゃ怒ってる。


 彼の肩の向こうで私とリドルの友人たちが「あちゃー」といった表情をしていた。リドル側の人たちは若干青ざめている。彼らの中の一人が「に」「げ」「ろ」と口の動きで示したのを見て、罪をなすりつけようとしてたのはお前らだろ、なんて考えた。こんなピンチに何を考えているのかなんて思われるかもしれないけど、こっちからしたらこんなピンチだからなんだよ。

 呆然としているうちに、椅子に座っている私を見下ろすように彼がすぐ傍で立ち止まった。
 リドルの目を一度見てしまって、何を考えているかわからない瞳の色から離れられなくなる。


 とりあえず何か言わないと。

「り、リドル、その・・・」

 ばっと立ち上がって、リドルの目の前でわたわたと手を動かしながら何かを言おうとした。謝るにも、謝ったら逆効果になりそうな気がして怖くて言い出せない。

 なす術もない。落ち着かない自分の手に力を入れて、無理矢理体の横につけた。

 俯いてリドルの足元をじっと見つめる。

「――」

 リドルが何も言わない時間が、すごく長く感じて苦しかった。
 緊張で不規則になった呼吸を整えようと、溜まった息を吐き終えたとき。ようやく彼が口を開く。

「・・・●●」

 うつむいた頭の上に、ポンと、慣れた体温。

 少しだけ顔をあげてリドルを見上げた。彼はなぜか、心底ほっとしたような笑みを浮かべていた。

「・・・よかった」

 普段のリドルからは想像できないほどの優しい声に、ドキリと心臓が跳ねる。

 彼はおもむろに私に近づいてきて、そっと、私を抱きしめた。

 急に、彼との約束を破ってしまったことと、ここまでリドルを心配させてしまったことがわかって、心底自分が憎くなった。


「ごめん、なさい」

 リドルが、応えるように腕の力を強めた。



 その後は大変だった。

 しんとしていた広間が爆発するように騒々しくなって、ここが広間であることをぽっかりと忘れていた私は羞恥で逃げ出そうとしたけどリドルがそうはさせてくれなくて、友人達はにやにやしてて、先生達はぽかんとしてて。

「やっちゃったな」

 なんてリドルがのん気に言うものだから、私は、がっちりと私の手を掴んでいるリドルを担ぎ上げる勢いで引っ張り寮まで走った。

 談話室はすぐに人が来るだろうから、とりあえずリドルの部屋に飛び込ませてもらう。

「あああああもうだめだ。絶対だめだ」


 私は床に倒れ臥して先ほどからずっと唸りをあげている。だって、ずっと隠してきたことが、自分の悪乗りのせいでばれてしまったんだから。

「いいだろ?別に。見る奴には見せ付けてやればいい。僕は前々から気にしないって・・・」

「私が気にするの!!」

 呆れたように口をへの字にして、リドルは肩をすくめた。ベッドでゆったりとしている彼は本当に何も思ってないんだろう。


 ああもうどうしよう。絶対明日からいじめライフだよ。不登校なっちゃうよ私。

 ずんと沈んでいると、そんな私の気なんて知りもしないリドルが、次は不満げにため息をついた。


「僕が●●たちごときに騙されるなんてね。エイプリルフールなんて頭にもなかったよ」

「・・・」

 こいつ・・・もう少し心配したっていいんじゃないのか。リドルを睨みつけるけど、無視された。

 でもまあ、彼が許してくれたのがせめてもの救いか。いつもは何の常識も通じない彼にしては、妙に素直だ。


 そうだ、素直すぎる。

 不安になって確認ついでに訊いてみる。

「・・・ねえ、本当に許してくれるの?」

 ベッドに寝そべったままの彼は私を見て穏やかに微笑んだ。それを見て、ようやくほっと息をつくことができた。


 すると、リドルは表情はそのままに、ゆったりとした動作でベッドから降りて私に近づいてきた。

 床に座り込んでいた私と視線を合わせるようにしゃがみこむ。

 なんだかその貼り付いた笑顔が不自然で、そっと体を引こうとした。けど顎をガッとありえない力で掴まれて、一瞬で阻まれてしまった。

 リドルは顔を寄せ、薄く開いた目で私を見下すように見つめる。


「・・・それよりさ、●●は知ってる?」

「な、何を・・・?」

 嫌な予感が全身を駆け巡った。背中を汗が伝う。
 さっき嘘ついたことは許してくれたよね?私たちが一杯食わせたことに感心してたよね?

 私の焦りを感じ取ったらしい。リドルはくすくすと笑った。

「知らないみたいだから教えてあげる」

 あいたもう片方の手で私の髪先をいじり始めた。

 こんな状況なのに、微かな力で髪を引っ張られる動きが心地よくてまどろんだ。私の心境に気づいてか否か、リドルはその動きを止める。しかしまだ余韻に浸っている私の脳みそまでしっかり届くように、彼は少しだけ声を大きくした。


「エイプリルフールの嘘の有効期限は、四月一日の正午までだ」

「え・・・?」

 まどろみから一気に目が覚めた。
 有効期限?なにそれ。

「つまりね、正午までには、ついた嘘のネタばらしをしなきゃいけない・・・ってことだよ」

「・・・・・・」

 これにはもう何も言えない。
 まさかエイプリルフールにこんなルールがあるなんて知らなかった。


 何を言われるのか、何をされるのか。恐ろしいことを頭に次々と思い浮かべて恐怖に身がすくんだ。


 でも、リドルは困ったように笑って、掴んでいた顎を離し、私から離れた。

「?」

 なんだ、といぶかしむ。

 リドルは立ち上がり、また上から私を見下ろすような形になった。


「まあ、そこは許すよ。そういうのは国々で少しずつ違っているだろうからね」

 郷に入っては郷に従えって言葉もあるけど、なんて皮肉めいた言葉も今の私の耳には入らない。

 奇跡が起きた。

 あのリドルが。


 絶対死ぬかと思った。

 私が安心したように顔をほころばせていると、リドルも同じように微笑む。

 よかった。本当によかった。リドルは鬼じゃなかった。
 私が歓喜に見舞われているその間、リドルの笑みがちょっぴり歪むのに、私の目は敏感に反応した。

 舞い踊りだしそうだった私はぴたりと息を止める。

 案の定、彼は今の表情に見合った声音で言い出した。


「・・・でも、嘘をついたことは許せないな。約束したよね?僕に嘘はつかない、って。・・・ああ、自分は嘘をついてないって言うのも聞かないよ。君が承諾しなければこんなことにはならなかったんだ」


 罰は何にしようかな、なんて物騒なことを呟くリドル。

 温まった気持ちが、急に氷山の一角に捨てられていってしまったように冷え、不安に見舞われた。


「え、でもさっき許してくれたんじゃ・・・!!」

 そうだ。確かに、リドルは広間でもこの部屋でも・・・。


「僕がいつ、その件に関して『許す』って言った?」

 悪戯に歪む瞳は、たまに見る、私があんまり好きじゃない目。すっごいバカにされてる感じがするから。


「いつって・・・」

 でもムカつきよりも恐怖のほうが先立って、『その』瞬間を思い浮かべようと必死に頭をめぐらすけど、見つからない。

 もう一度、最初から最後まで、リドルが言った言葉を繰り返した。

 見つからない。
 そう、許すとはいってない。ただ、やんわりと微笑んだだけ。
 血の気が引いた。

「え・・・でも、そんな大人気ない・・・」

 抜けた腰でずりずりと後ずさると、彼はそれをほとんど一歩で攻めあげた。

「大人・・・?僕と君は同い年だ」

 ごもっともです。
 ああ、どうやって逃げ出そうかと考えていると、不意に視界に、差し出された彼の手が入った。

 見上げると彼が、心底楽しそうに喉を鳴らしてこう言った。


「――さあ、お手をどうぞ。レディ」


 もう嘘は大嫌いです。






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