「何男同士で気色悪い声出してるの」

 終わりかけていた会話に割って入ったのは、両手いっぱいに菓子を抱えたリーマス。その後ろからよたよたと、五人分のティーセットを運ぶピーター。

「●●、ど、どうしたの?」

 ティーセットの間から顔を覗かせたピーターが、団子の●●に問う。

「いつもの『発作』でしょ。またジェームズが意地悪言ったんじゃないの?」

 テーブルの上に菓子を置いたリーマスは言いながら、●●が掴んで離さない、自分が渡したはずの毛布を力づくで剥ぎ取った。小さく声を上げる●●を無視して、リーマスは俺のベッドに毛布を投げ込み何事もなかったかのように席についた。

「別に意地悪は言ってないよ」

「・・・意地悪だよ」

 ぼそりと呟いて●●はごまかすように、リーマスが淹れた紅茶を一口すすった。
 ジェームズは俯き加減の●●の頭を見てまたにやりと笑った。この顔をするときは・・・。


「僕がただ、シリウスとレギュラス君が・・・」

「もう、止めてってば!ジェームズのバカ!」

「ジェームズのばーか」

 声を荒げる彼女に驚きながらも、俺はとりあえず●●を支援した。

 それにしても、このやりとりは彼らにとっては日常茶飯事なのだろうか。あまりにも『慣れ親しんだ流れ』という雰囲気がある。

「かわいそうだから止めようよ」

「いつものことさ、ピーター」

 俺の予想も、リーマスとピーターの会話で簡単に裏付けられた。


 この後、ジェームズはあっさりとレギュラスの名前を出すのを止め、より取り見取りな菓子を選ぶことに専念し始めた。


 隣の席でほっと息をついた地味子ちゃんは、ずっと浮かせていた背を背もたれに控えめに預けた。そういえばジェームズに促されて何も考えずに座ったけれど、勝手に地味子ちゃんと隣どうしの席にされている。いちいち抜け目ないやつだ。




「そういえばエバンズさんとはうまくいってるの?」

「もちろん!この間はラブレターの返事が来たよ」

「本当っ?ようやく受け入れてくれたんだね」

「『死ね』ってきたけど」

「・・・」

 激しく盛り上がるでもなく、落ち着いたような、そうじゃないような空気の中で、こつこつと時間は過ぎていく。

 こうやってちゃんと菓子を紅茶を前にしながら話すのは、こいつらもはじめてのことらしい。いつもは他の生徒が来る心配のない教室(●●の希望)で、こっそり話したりしていたらしい。何をそんなに周りを気にする必要があるんだか。


 紅茶を一口すすり、リーマス選りすぐりの茶菓子をざっと眺める。うへえ・・・全部甘そう。なんで茶菓子なのにケーキがワンホールあるんだよ。

 中でも比較的無難なクッキーが目に付き、クッキーなら甘いにも限度があるだろうと思って地味子ちゃんの正面にあるその皿に手を伸ばした。俺はただそうやってクッキーをいただこうと思っただけだったのに。

 ビクッ。

 ピーターと楽しそうに言葉を交わしていた地味子ちゃんの言葉が急に途切れ大きく体をびくつかせてから、皿に手を伸ばす俺に首を回してきた。前髪越しに目が合う。

「・・・」

「・・・」

 あれ、なにこれ。

 クッキーを取ろうとしていた途中だったので、妙に顔が近い。とりあえずそのままクッキーを取り、ずっと俺を見ていた地味子ちゃんに営業的な笑顔を向けた。

 そうするとどうだろう。地味子ちゃんは顔を赤くしたり青くしたりしながら、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がったではないか。
 笑いをこらえてるジェームズを見るとどうやら今のはアウトだったらしい。


「あ、あの、私、帰ります・・・!」

 まるで猛獣から逃げるように、俺から一切目を離さないまま●●はどんどん後ずさっていく。

 どうしたものかとクッキーを頬張ると、ドアノブに触れた●●にジェームズが待ったをかけた。


「●●ちゃん!出て行く前にマント!見られたくないんでしょ?」

 はたと思い出したように、開けかけたドアをまた閉めた。

「・・・でも、いつ返せば・・・」

「そこは大丈夫。シリウスに送っていかせるから!」

「はっ?」

 さも当たり前のように胸を張って言ってのけたジェームズ。思わず素っ頓狂な声を出してしまった。そして●●はというと、赤くなる余地なく青くなってかわいそうな感じ。こんなに拒絶される俺もかわいそうな感じ。


「おいジェームズ。何勝手に・・・」

「まあまあシリウス。ちょっとこっちにおいで」

 どうどうと抑えられ、注目を集めながらそのまま部屋の脇のほうに引っ張られていく。首に腕を回され、ひそひそ話をするように口に手を当てたジェームズが小声で言ってきた。


「いいかい。見たところ君はまだまだ怖がられてる。第一印象が酷かったせいで」

「そこはいいから早く進めろ」

「わかってるってば。――●●ちゃんはね、慣れたと思ったら次の日からは逃げていっちゃうようなひどい人見知り持ちなんだ。君はまだ、数度しか話してないだろ?」

「でもその時は向こうも慣れて・・・」

「甘い!」

 うるさい。
 あからさまに俺がいやな顔をしてもジェームズは得意げな表情をしたままだ。

「そんなの初歩も初歩。まだお友達の印も貰ってないくせに、そんな自信過剰になってもらっちゃ困るよ」

 お友達の印・・・なんじゃそりゃ。あんまり貰いたくないような響きなんだけど・・・。

「●●ちゃんを落としたいんだろ?レギュラス君に負けたくないんだろ?」

「ま、まあ・・・」

 レギュラスのあのすました顔を思い出す。あ、なんかムカついてきた。

「だから、頼りになるところを見せてあげれば少なからず・・・ね?」


 パチリとウィンクをするジェームズに、俺はこくりと頷いた。



 ジェームズに借りたマントを終始不安そうな顔をしていた●●に被せ、三人に見送られながら俺たちは部屋を出た。

 俺は別に透明マントに入る必要はないので、何事もないかのように男子寮から出る。俺が部屋を出てから一拍おいて談話室のドアが閉まったことを誰も不審に思わなかっただろうか。

 そんな心配をよそに案外軽がると廊下へと出ることができた。

 しかし休日ということもあって廊下も異様に人が多い。地味子ちゃんが人の足を踏んでしまわないかこっちも気が気じゃなかった。
 彼女もそれをかなり気をつけたらしく、俺たちが最も人の多い廊下を通り過ぎるまで誰も何かを不審に思ったりするようなそぶりは見せなかった。


「・・・おい、いるか?」

 辺りに人がいないのをしっかりと確認して足を止めて呟く。

 数秒間の沈黙の後、右斜め後ろから布のすれるような音がした。振り返ると胸から上だけが現れた●●。長い小さなため息を吐いたところを見ると、ここまで来るのにひどく労力を遣ったようだ。


「この辺まででいいか?あんまり寮の入り口に近づくと人が多いだろうし」

 彼女はこくりと首を縦に振って、透明マントをちゃんと脱いでからそれを俺のほうに差し出してきた。


「わざわざ、ありがとう、ございました」

 軽く頭を下げる地味子ちゃん。よくこの仕草をするけど、これはやはりお国のほうの癖なのだろうか。

 透明マントを受け取る。


「いや。俺も悪かったな。俺に送ってもらうの嫌だったんだろ?」

 ちょっとした皮肉を込めて言ってみる。すると、少し俯いていた地味子ちゃんはバッと顔を上げた。


「あ、違うんです。その・・・、シリウス君が、れ、ギュラス君に似てるから、その、恥ずかしくて・・・」

「ふーん」

 俺じゃなくてレギュラス君が大好きなんですね。はいはい。
 あからさまにそんな態度を取れば、●●は余計に慌てて、口を泣きそうに歪めた。

「ごめんなさいっ。でも・・・でも、シリウス君に送ってもらうのが、嫌だったんじゃないの。ほんとは、誰かについてきてもらえるのが、すごく嬉しかったの」


 俺と話すときは敬語だったはずなのに、今は。どれだけ切羽詰ってるんだ。それに気づいて、少しでも嫌なことを言ってやろうと思った自分が、ひどく性格が悪いように思えた。

「・・・」

 いつもよりちょっとだけ重い沈黙がさらに気まずい。

 ●●が何かを思い出したように、自分のポケットに手を突っ込んだ。まさか決闘の申し込みじゃ・・・ねえよな。

 何を取り出してくるのだろうと少し緊張して待つ。

 ごそごそごそごそ。なかなか見つからない。そんなに広いポケットじゃないのに・・・。
 痺れが切れようとするのを待って、ついにそれが見つかったようだ。

「あ・・・」

 小さく声を上げた●●が、ソレを握ったままポケットから手を出そうとした。

 と、そのとき。


「あれ?シリウスじゃん」

「ほんとだー」

 複数人の女生徒の甲高い声がかかる。その声に●●はぎくりと体を強張らせ、ポケットから出かけていた拳がまた引っ込んでしまった。


「こんなとこで何してんの?」

 大きく手を振りながらこっちに近づいてくるのは、俺が付き合ってるやつの中でも一番長く続いてるハッフルパフの同級生とその友人二人。


 へらへらと笑いながら歩み寄ってくるそいつの表情は、俺の傍に立っていた地味子ちゃんの姿を目に捉えると微かに目を吊り上げた。

 ●●の方から、ぎりぎり聞き取れるくらいの小さな悲鳴が漏れる。


「・・・この子と何してんの?」

「あ・・・ああ、別に」

 これやばい。すっげえやばい。前にもやばいとか言ってたけど、これはやばいどころじゃない。何修羅場作ってんの俺。むしろジェームズのバカ!

 とにかく、どっちかを追っ払ってしまえばどうにかなるだろう。


 思い至って、次にどっちを追い払うのが無難かを考え始めたとき、目の前にまでいつのまにか迫ってきていたそいつが、するりと俺の首に腕を回してきた。

「あ・・・」

 誰が漏らした声か、その声を聞いたと同時に唇にむにっとした感覚。


 終わった。俺。

 終わったといってもこの状況が終わったわけもなく、現在進行形なそれに、俺は若干青ざめながら横目で●●の姿を見た。


「〜〜〜っ」


 口をぱくぱくと開閉しながら顔を真っ赤にしている。ですよね。そうですよね。俺もびっくりです。

 一度相手の唇が離れ、またもう一度寄ってきたとき、意識を取り戻した●●は何も言わずに俺たちに背を向けて走り去ってしまった。彼女が曲がった角の向こうから複数人の悲鳴と謝罪の声が数回聞こえた。


「ふん」

 その背中を見送っていた女は、バカにするように鼻を鳴らして俺から離れた。




「ジェー、ムズ、の、バカ、やろう・・・!!」

「いた!いた!いた!いた!いたぁ!!痛いよ!訳もなく蹴るなんてサイテ・・・」

「うるせえ!!」

「いた!!」

「なに?シリウスどうしちゃったの?」

「さあ・・・?」


 明日からどうすればいいんだよ!
 とりあえず今はジェームズと蹴っとく。






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