それなりに楽しかったバーベキューだったけれど、いろいろと不安なことがあった。 葉君たちの巫力がもうほとんど切れ掛かっているということ。 アンナさんからムー大陸だとかの話を聞かされた。 皆は時機に死の眠りから目覚めるであろうハオを止めるために、今十祭司と戦っているらしい。 十祭司の人たちは葉君たちに劣らず、すごく強いと聞いた。そんな人たち10人と休む間もなく戦火を交えるなんて無謀すぎる。 ・・・。 それでもハオを止めなきゃいけないんだ。 そしてもう1つの問題。 それはこちらで起こった。 ルドセブ君とセイラームちゃんがいなくなってしまった。 私も潤さんの探す手伝いをしたけれど見つからなかった。 葉君とハオのお父さんがすごく心配してた。まるで自分の子供を心配するみたいに。 民宿に帰る際も私は無理を行って遠回りをしてもらって2人を探したけれど、結局見つけることはできなかった。 まざまざとした想いを胸に抱いたまま昨夜は布団にもぐった。はじめはなかなか寝付けなくて徹夜になってしまうかと思ったけれど、いつの間にか眠ってしまっていた。 私が目を覚ましたのは明け方。 昨日時計を見ずに床についてしまったから何時間寝たかわからない。 目は冴えているからそれなりに早い時間だったのだろう。 私は寝巻きから着替え、静かな廊下にそっと出て周りを気遣いながら民宿から抜け出した。 外に出ると、ひやりとした空気が体を撫ぜた。 薄明るい空には切れ切れに雲が伸びている。 爽やかな朝。 でも気分はちっとも晴れ晴れしくない。 できるなら私も葉君たちの下へ行きたい。 けれどそんなことしたら、一般人である私はただの、邪魔で足手まといでしかない。しかも海の底にどうやって行くって言うんだ。幹久さんも無理だったのに、素潜り。 しんみりとした気分になって、それを振り払うように私はずっと見上げていたせいで痛くなった首をほぐしながら縁側にまわった。 外と内を仕切る戸はまだ閉じられているから、下駄置きの、地面から1段高くなっているところに腰掛ける。 明るさを増していく空が妙に虚しい。 日が地を照らしてゆく力が強まるごとに私の中には影が落ちた。 ここでじっとしている間にも、もしかしたら誰か死んでしまっているかもしれない。 もしかしたら葉君かもしれないし、リゼルグ君かもしれない。 そして。 「ハオ―――」 もう私の胸の中には行き場のない後悔しかない。 何に対して後悔してるのかもわからないから、どうすればそれが消えてくれるのかもわからない。 私には何もできないのか。 答えの見つからない課題に、私はため息をついた。 「いつまでくよくよしてんの」 不意に、背中の戸が開いて、中から浴衣姿のアンナさんが顔を出した。 驚いたけど、それを顔に出す気にもならない。 「アンナさん・・・すみません。起こしちゃいました?」 この問いかけに、アンナさんは私をはるか頭上から見下ろすだけで答えてはくれなかった。 「あんた、なんのために一度死んだのよ」 「なんのためにって・・・」 あれは別に私の意思じゃなかったんだけど。 答えに窮しているとアンナさんは畳み掛けるように言ってきた。 「死んだんなら死んだなりの度胸を見せなさい」 「度胸って・・・」 戸惑う私なんて眼中にいれず、アンナさんは廊下をすたすたと歩き出した。 私がそれをぼーっと見送っていると、アンナさんは少し離れた場所で立ち止まった。 また何か喝を入れられるのかと身構えていたけれど、アンナさんはなかなか行動を起こさない。 庭の垣根が風で揺れた。 「―――●●」 そのせせらぎに紛れてアンナさんが私の名を呼ぶ。 その背中はピンと伸びているのに、どこか切なく儚かった。 「あんた、ハオと会いたい?」 続いたのは、彼女には似合わない妙に遠まわしな言葉。 さわさわと爽やかな風が私の頬とアンナさんの髪を撫ぜた。 「会いたい」 何を考える前に、私の乾いた唇からはか細くその答えが出ていた。 会って、謝って、謝らせて、一発叩いて、一発叩かれて、お互い笑うことができたら・・・この気持ちを伝えたい。 あの時と同じになれなくとも、また似た生活に戻りたい。 「会いたい」 今度は強く、訴えるように。 熱を持ち始めた私の瞼を冷ますように、少しだけ強い風が吹いた。 「はあ・・・」 アンナさんの細い首が少しだけ下がった。 「ほんとに、あんたとあいつは似たもの同士ね」 呆れた感情の中に少しだけ見え隠れする慈しみ。 「わがままで、強情で、意地っ張り」 「う・・・」 まるで自分のことだ・・・自分のことなんだけど・・・と言葉が詰まる。 自分でも頭が固いってのは前々からしていたけど、こうして他人に指摘されると耳が痛い。 体裁が悪くなってアンナさんから目を離そうとすると、彼女は小さく「でも」と続けた。 振り返りもしないアンナさんはまるで何かを想うように言葉を区切り、やがて優しく唇を割る。 「―――2時間後、あのアホのところに行くわよ」 「え?」 急な話題転換。 まださっきの言葉の続きを言ってないではないか。 気になったけれど、それ以上に衝撃的だったこの言葉。 「アホって・・・ハオ?」 「他に誰がいるのよ。もちろん、あんたも行くんでしょ?」 呆気にとられた。 もう二度と会えぬものと思っていたのに、こうもあっさりと彼の下へ行く糸口を手にすることができるとは。 「行くの、行かないの」 アンナさんの声にはっとし、私は慌てて行きます行きますと答えた。 私の返事を聞いたアンナさんはなぜかため息をつくように肩を下げ、何も言わずにまたすたすたと廊下を歩き出した。 「あ、あの・・・!」 「2時間後。ちゃんと準備しておきなさい」 颯爽といなくなってしまった背中。 私はアンナさんを追いかけようとした体勢のまま唖然と立ち尽くした。 「・・・」 徐々に体の芯から熱くなるような感覚に、私は自然に笑みを漏らした。 会える、会える。 体が震えるほどの歓喜。 温かみを増す指先をぎゅっと握り締めて、私は駆け足で玄関へと走った。 やがて目を覚ます皆に朝ごはんを作らなければ。 民宿に入る前にふと足を止めて後ろを振り返った。 明るい影が、地面で揺らめいてた。 まん太君が起きたのは約20分前。 彼は暗い顔で朝ごはんを食べて、散歩に行くと言って1人でどこかへ行ってしまった。 自分はすごく落ち込んでいるはずなのに朝食を作った私に、逐一「おいしかった」とか「ありがとう」などの言葉を言ってくれた。 優しい人だな。 まん太君は葉君の一番の友達だったと聞く。 友達が海の底で死と隣り合わせの戦いを繰り広げていると思うと、もういてもたってもいられないだろうに。 でもまん太君もこれから行くんだよね。どうしてあんなに落ち込んでるんだろう。 「●●さん。そろそろ私たちも」 「そうだね、たまおちゃん」 すでに皆は、アンナさんが自信満々に準備すると言った、潜水艦のようなものに乗り込み始めているはずだ。 皿を片付け終え、濡れた手を拭ってから私たちも民宿を後にした。 「・・・これが潜水艦ですか」 「文句あるのか」 「いえ、そういうわけではないんですけど」 アンナさんが持つ縄にきつく縛られた鼻の長い男の人。前にこの人見たことあるような気がするけど、忘れた。 その人が、この、まるでスフィンクスがゴーグルをしたものを作り出したのだろうか。 目の前でちょっと失礼なことを言ってしまった。 私は乾いた視線を流してアンナさんと向き合う。 「ほかの方たちは・・・」 「もうとっくに乗ってるわ。あんたも早く乗りなさい」 皆行動が早い。 アンナさんに促され、私とたまおちゃんは素直に頷きそれの乗り込んだ。 見た目もさながら、中も無駄に広い。その分人も多いからちょうど良いのだけれど。 中には馴染んだ顔、まったくはじめての顔、とさまざまな顔ぶれ。 端で暗い顔をしている花組やザンチンさんたちを見つけ、少しだけ胸をなでおろした。 ぐるりと中を見渡し、そういえばまん太君がまだいないと気がついた。 まだ外にいるであろうアンナさんにそのことを告げようとまた外に顔を出すと、ちょうどまん太君が到着したところであった。 ぎょっとしたまん太君の表情が、みるみるうちに赤みを差して嬉しそうにほころぶ。 私はその顔を見てつられて笑みを漏らし、大人しく中に引っ込んだ。 麻倉家の方や道家の人たちと軽く挨拶を交わし、目が合った、まるで雪国にいるようないでたちの3人や、橙色の一枚布のような装束を着た美人のお姉さんたちに会釈をした。 私がハオ組のところまで歩いてゆくと、皆はぽつぽつと挨拶を投げかけてきた。 「おお●●・・・。昨日はよく眠れたか?」 そんな疲れた顔で言われても。小さく頷くとザンチンさんは眉を下げて笑った。 「●●。ハオ様に会うの楽しみ?」 不意にマッチがなんとも言えない表情で問うてきた。 抵抗する間もなく頭の中には彼の顔が浮かんで、ボッと燃えるように顔が熱くなる。 なんてことを訊いてくるんだと私は顔を隠しながらマッチの肩を強く叩いた。 「あはははっ」 こっちは死ぬほど恥ずかしいのにマッチと他の皆も笑ってからかってくる。 文句を言っても無駄だと、私は熱い頬を押さえて彼らから逃げるように離れた。 「あ、●●さん」 名残を引きずっていると俯いていた視界の中にかわいらしい彼の姿。 「まん太君」 「どうしたんですか?顔赤いけど・・・」 とてとてと近づいてくるまん太君に指摘され、どもりながらなんでもないよと伝えた。 彼はとくに深追いもしなかった。 「それにしても、コレ、いつ出発するんでしょうね」 そわそわとしているまん太君の視線はせわしなく動き、落ち着きがないことを明らかにしている。 それをみて勘付いた私は頬を緩めた。 「まん太君、葉君に会うの楽しみ?」 この言葉を言ってから、あ、と気づく。さっきのマッチの質問と同じだと。 もしかして私はまん太君のように落ち着きがなかったのかな。 生まれてきそうになった羞恥を押さえ込む。 質問をされたまん太君はというと、一瞬口をひきしめて、でもすぐに笑顔になった。 「うん」 素直に頷く彼が少しだけ羨ましかった。 スフィンクスがグラリと揺れ、出発を示す。 窓のない中からは外の様子が伺えないけれど、微かに響いてくる水音からして、もう海に浸り始めているのだろう。 そういえば水圧などは大丈夫なのか。 ムー大陸だかなんだかしらないけれど、『沈んだ大陸』などというのだから、海のど真ん中に浮遊してるわけもない。深い深い海の底にあるのだろう。 周りを見回すけど、まるでそんな心配をしているような人はいなかったから、きっと大丈夫なのだろう。 やがて水音すらも聞こえなくなり、無音となった。 「―――」 再開を待ち遠しく思う反面、心臓が引きつるほどの緊張もある。 ここ数日まったくといっていいほど、いい記憶はない。 どんな顔をすればいいのか、どんな言葉を投げかければいいのか。 「・・・」 考えても無駄だ。 もうここまできたらなるようになってしまえばいい。 ただ1つ、この言葉さえ言えれば。 私はたった2文字の言葉を何度も何度も胸の中で唱えた。 穏やかな気持ちになり、そっと瞼をふせたそのとき。 ドクン――ッ 「!!」 緊張とは違う何かを感じて心臓が震えた。 ふつふつと腹の底から這いずってくる黒い恐怖が、足の先から頭のてっぺんまで広がる。 隣のまん太君も、顔を真っ青にし唇を震わせている。 背筋を流れる冷たい汗が気持ち悪くて、でも体がぴくりとも動かなくて、ただただ私は震える拳を強く強く握り締めた。 この空間に広がった『絶望』。 息をせずとも容易くそれを感じ取ることができた。 「残念」 場の空気にそぐわぬ、アンナさんの声。 強気に微笑んだ彼女の口からは絶望的な言葉が紡がれる。 「ちょっぴり遅かったわね」 耳を塞ぐのも無意味なほどの轟音が全身を貫き、自分の中心が冷めていくのをはっきりと感じた。 |