突然の重量を支えきることなんてできず、私はいとも簡単に砂の上に倒れこんだ。

「いっつ・・・」

 近くに石が落ちてなかったのが不幸中の幸いか。


 目をうっすらと開けると、そこには死んだ花組が泣きそうな顔をして押しつぶされてる私を見下ろしてた。


 もしかして、私死んだ衝撃で幽霊視えるようになったのかな。


 私は手を伸ばして目の前のマリちゃんの顔をわしづかみにすると、全力で抵抗された。


 触れる。

 マリちゃんに触れた手のひらをじっと見つめていると、本当に泣きそうなマッチが私に抱きついてきた。



「●●・・・。ハオ様が・・・」

 か細い声が耳元で鳴く。

「マッチ?」

 名を呼ぶけど、マッチはさらに腕をこめるだけで何も答えてはくれなかった。


 どうしたものかとため息をついて、とりあえず3つの重石にどいてもらう。


「ハオがどうかしたの?」

 すわりこんだ状態のまま尋ねる。

 3人はなかなか口を開こうとしなかったけれど、じっと待っているとぽつぽつと話し出した。


「・・・ハオ様、もうシャーマンキングになられたの」

 カンナちゃんのそれは、思ったよりも衝撃的な言葉。

「マリたち、もうハオ様にとっていらない存在になっちゃった」


 顔に影を落としてマリちゃんが声を震わせた。

「あたしたち・・・もうどうすればいいかわからない。オパチョもラキストもハオ様と海底に行っちゃったし、ペヨーテもターバインも蘇生できなかったし」

「・・・」


 ・・・どうしよう。

 ちょっと情報が処理しきれない。


 ハオはもうシャーマンキングになって、ラキストさんたちを引き連れて海底ってことは海女さんにでもなったのかな。そんなわけないか。


 そして、ペヨーテさんとターバインさんの蘇生ができなかった、ってことは・・・マリちゃんたちは蘇生してもらって、今は生きてるってことでいいのかな。

 彼女たち越しに向こうのほうを見ると、こちらを見て苦笑をしてるザンチンさんとビルさんがいた。



 霊が視えるようになったわけじゃないのか。


 でもこれも確証はないし。 私はこの沈んだ空気の中、「生きてますか?」なんて聞くのは野暮だと思いつつ、おずおずと口を開いた。


「・・・カンナちゃんたちは蘇生してもらったの?」


 一番情緒が安定してそうなカンナちゃんに訊く。


「・・・そうよ」


 答えてはくれたけど、やっぱりカンナちゃんも落ち着いてないみたい。

 沈黙に包まれるその空気に耐え切れなくて、私は立ち上がった。


 3人が力の無い目で見上げてきたけど、それを無視して近くのテーブルまで寄り、さっきのチャイナ服のお姉さんに話し掛ける。

「あ、あの」

「なにかしら」

 にこり、と笑顔を向けてくれるお姉さんにどぎまぎする。これが蓮君の家族か・・・信じられないな。

「あの・・・なにか楽しいものありませんか?」

 楽しいものって何。自分でそう思ったけど、通じればそれでいい。


「楽しいものねえ・・・」

 お姉さんは少し考えて、あ、と声を上げた。

 彼女はパラソルを張ってるところまで行って、すぐに何かを手に持って戻ってきた。


「じゃーん」


 にこにこと笑顔で見せられたのは花火。ファミリーセット。

「皆でしようと思って買ってきたの。まだちょっと明るいけど・・・、使っちゃって」

 手の上に置かれた大きな花火セット。


「あ・・・、ありがとうございます!」

 私はバカみたいにぺこぺこお礼を言って、手を振ってくれるお姉さんに手を振り返しながら花組の皆の元へ行った。



 皆は相変わらずさっきと同じところにしゃがみこんで沈んでいた。

「お姉さんに花火もらったから、みんなでしよう」

「・・・」

「ねえってば。向こう行こう」


 反応の無い3人の手を無理矢理引っ張って、ザンチンさんたちのところに行った。



「よお●●。おめえも生き返ったか」

 ザンチンさんが軽く挨拶をしてくれた。内容はそんなに明るいことじゃないのにね。


 すごく懐かしい気持ち。

「また皆さんに会えてよかったです」

 素直にこの想いを口にした。

 ザンチンさんとビルさんは驚いたように口を結んだけれど、また優しくて切ないような笑みを浮かべ、ザンチンさんが私の頭の上に手を置いた。


「・・・そうだな」

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれることが、単純に嬉しくて私は笑った。


「花火もらったので、皆でしましょう」

 パックを掲げて、私たちは輪になった。



 とりあえず袋を開けて花火を1本1本ばらしたのはいいけど。


「・・・火がない」

 もちろん私はライターとかマッチなんて持ってない。絆創膏くらいしか。


 またお姉さんに借りに行こうか、と考えるさなか、ハオがいれば便利だったなとしみじみ考えた。


「・・・」


 そこで、なぜか一層空気が重くなったことに気がついて私ははっと顔を上げる。

 皆も、火からハオを連想したのか、顔に暗い影を落としていた。

「び、ビルさん。マッチかライター持ってないですか?」

「ああ・・・」

 ビルさんは砂をじっと見つめたままポケットをまさぐり、ライターを渡してくれた。

 よかった。ひとまず安堵して、私は線香花火を取り、もう一本を隣のマリちゃんに押し渡した。


「持っててね」

 力なく線香花火をつまむマリちゃんに言いながら、火薬の先っぽに火を点けた。

 ちりちりと燃える火は、やがてマリちゃんの手の中で美しく咲き乱れ始める。


 きれい。


「き・・・」

 きれいだね、そう言おうとしたら。

 ジュッという音と共に火薬が砂の上に墜落した。


「・・・」

「・・・・・・・・」

 さらに重くなる空気。


 私は慌てて他の花火をあさる。


「――●●は辛くないの?」

 その途中に吐かれた言葉。

 花火を探す手が止まる。

 まるで私の答えがイエスとなることがわかっているとでも言いたげな沈黙が流れた。


「・・・私は」

 適当にその辺の花火をひっつかみ、ライターで乱暴に点火した。

 線香花火とは似ても似つかない、勢いのよい色火が飛び出す。


「辛いよ」

 やっぱり、というようなため息が聞こえた。


 それを聞いて私はそっと目を閉ざす。

「でも、辛くない」

「え?」

 矛盾してる。だけど、それが事実だった。


「ハオがシャーマンキングになれば、きっと私ももろとも殺されちゃうと思うんだ。はじめはそれが恐くて、ハオと一緒にいたくないとも思った」



 人を殺すなんて間違ってる。

 それはただのハオのわがままだ、って。


 でも。

「でも、今はハオを見守りたいと思う」

 だからといって、好き勝手やらせるわけじゃないよ。


「ハオが人として間違ってるなら、それを陰から止めてあげる手伝いをしたい。ハオがどうして人間を滅ぼそうとしてるのなんてわからないけど」


 私にはこのくらいしかできないから。

 皆は呆然と私の言葉を聞いていたけど、誰かが諦めのため息をついた。



「でも、あたしたちにとって、ハオ様が全てだった。なのにハオ様に必要とされなくなった今、あたしたちはもう・・・」

 マッチがまた涙を溜める。

 ハオは皆の支えだった。

 もちろん私にとっても。


『もう君はいらないよ』


 何度思い出しても、胸が痛くなる。

 それでも、私は自分自身を落ち着けるために笑顔を浮かべた。


 不思議と気持ちが落ち着いた。



「―――私はハオが好き」

「!」

 本当に、本当に好きだ。

 皆が驚いたように目を見開いて私を見た。


 私は照れ隠しを含めた笑みを作った。



「だから、ハオには幸せになってほしいな」

 だれよりも、だれよりも。

 何かいまさらだけど照れるなぁ。

 私は熱くなった頬をごまかすように、勢いをなくしてきた花火を見た。


 すると、私の頭の上に誰かの優しい笑い声がかかった。


 顔を上げると、皆がぎこちない笑みを称えて。


「●●。あんた、強くなったね」

 カンナちゃんが眩しいものを見るように目を細めた。



「本当に、強くなったよ」



 噛み締めるように呟かれた言葉は私の胸の中にすとんと落ちた。






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