部屋に誰もいないことをいいことに、緩んだ頬をそのままにして浴衣から普段着に着替えた。 布団と浴衣をたたみ、私はアンナさんがいるであろう居間に向かった。 「行くの?」 アンナさんはテレビから視線を話さないままそういった。お煎餅がおいしそう。 彼女は持っていた煎餅を食べ終えるとさっさと立ち上がりテレビを消した。 「はい。・・・、海岸って、今から何かするんですか?」 海岸ではあまりいい思い出はないからできれば近づきたくないんだけどな。 それに海岸ですることって、何が・・・。 「バーベキューよ」 「は?」 バーベキュー? なんでまた、こんなときにバーベキューなんて。 いぶかしげに眉をひそめていると、アンナさんはすたすたと私の脇をすり抜けて廊下に出る。 「なんでも、交流会を開くらしいわ。皆来るんだから、変な行動は謹んで頂戴」 変な行動って・・・ハオじゃないんだから。 私がバーベキューについて突っ込む前にアンナさんは1人で玄関へ早歩きで行ってしまった。 私も慌ててついていく。 靴を履いてる私を置いて、サンダルのアンナさんは気にせず行ってしまう。 急がなきゃ。 焦りと病み上がりが相まって、小走りでついていってると足が絡まって転びそうになった。どうにか転ばずにすんだけど。 転ばなかったことにほっと息をついて、もう遠くにいるのであろうアンナさんを見る。 「・・・」 けどアンナさんはほんのちょっと距離を開けたところで、こちらをじっと見て私を待っていてくれた。 私がアンナさんの意外な行動にぼーっとしてると、彼女はまた背を向けて歩き出した。 はっとした私はまた慌てて追いかける。 また転びそうになるのが嫌だったから早歩き程度だったけど、アンナさんはスピードを落としてくれていたようですぐに追いつくことができた。 アンナさんとは会話らしい会話もなく、だからと言って気まずいわけではなかった。 なんとなく、ハオと一緒にいるときと同じような気分。 私は歩きながら時折アンナさんの横顔を見た。隠れもせずに堂々と見たからきっと気づいていたと思うけど、アンナさんは一度も私のほうに視線を向けなかった。 でもその代わりにたまにぽつぽつと一方的に言葉を吐かれた。 それは私が返事に困るようなことばかりだった。 ハオのどこがいいのかわからない、とか、うちの葉のほうがかっこいいとか。 中でも一番困ったのは。 「一度死ねば人は強くなる。それだけ死が私達にとっての大きな壁だから」 アンナさんの長い睫を見上げる。 そこでアンナさんは一度だけ、ちらりと私の目を見た。 普通の人はもう生き返ることなんてできないけれど。 でもだからこそ、なのか。 「●●」 アンナさんに名を呼ばれると背筋が伸びる思いがする。 無言で言葉の続きを待つ。 アンナさんは結構な長い間、ためをいれ、ようやく口を開いた。 「あんたも強くなった。大きな壁を越えて、強くなった」 「はあ・・・」 強くなったと言われても・・・。特に自覚は無いんだけどな。 握力上がったかな。 自分の手を握ったり緩めたりしていると、アンナさんがため息をついた。 「強くなったのは心。体じゃないわ」 「心?」 アンナさんは恭しく頷く。 「人の強さは心の強さ」 「!」 アンナさんが何気なく呟いた言葉。 いつだったか、同じことを聞いた気がする。それもつい最近。 『人の強さは心の強さ』 誰だったか、あの声が頭の中で反響して少しだけ眉をしかめるけど、アンナさんは気づかなかったようだった。 「心の強さは人の強さに比例する」 だから私も強くなった、と。 「あー・・・」 「疑ってるわね」 「・・・」 だって、そんなこと急に言われても実感できないし。 うーん、と考え込んでいたら、もうアンナさんの中ではこの話は終わっていたらしい。 「ついたわ」 私が考えているにもかかわらずアンナさんはきっぱりと話題を切った。 私も顔を上げると、そこにはついこの間見た砂浜。 いつの間に着いたのか。結構近かったな。 ボーっと砂浜を見渡していると、向こうのほうに結構な量の人影が見えた。 アンナさんもそれを見つけたようで、迷わずその方向に歩き出した。 階段を下りて、歩きにくい砂浜を早足で進む。 「・・・」 どんな人がいるのだろうと歩きながらも目を凝らす。 少しずつ確認ができるようになりったが、そこには老若男女、取り留めのない集団がわいわいとバーベキューの準備をしていた。 その集団はひとり、またひとり、と私達の存在に気づき、アンナさんと私がその場に到着するころには全ての視線を浴びていた。 「おお、君が噂の●●ちゃんか」 嘴のついた変な仮面を着けたパンツ一丁の男の人が、ずいと私に顔を寄せてきた。 すごい威圧感。 「う、うわさですか・・・?」 一回死んだことで定評でもついたのかな。 圧迫感のある仮面から避けるように、無意識に背中を反られた。 「うん。あのハオの彼女なんだってね」 「・・・・はあ?」 なんで知ってんの・・・じゃない。別に付き合ってないし。 「あ、あの。別にそんなんじゃ・・・」 「うんうん。いいねえ、若いってのは」 まるで私の言葉なんて耳にも入れず、その人はうんうん頷きながらまたバーベキューの準備に取り掛かった。 「・・・」 なんなんだ。そして誰だ。 私が広い背中を見送っていると、今度はその真逆から声をかけられた。 「こんな小娘がハオの・・・」 声に若さは感じられないけれど、かなりの威厳がある。 私がそのほうを見ると、着物を着、杖をついたおじいさんが私を厳しい目でにらんでいた。 なぜにらまれなければいけない。私も、にらみ返すまでとはいかないけど、じっと見つめ返した。 「まあまあ。ハオにも人間らしい一面があっていいじゃないですか」 私とおじいさんとの間に割り込むように、黒髪のきれいな女の人が口を挟んだ。 「ごめんなさい。気を悪くしないでね」 微笑みながら向けてくれたその女性の顔を見て、私は目を見開く。 「ハオ・・・」 まるでハオと瓜二つだった。 でももちろんその人は女性で、大人で。 思わず口にしてしまったことに私は自分で自分の口を押さえた。 恐る恐るその女の人を見上げると、その人は苦笑をしていた。 「いいのよ、当たり前のことだもの」 ゆっくりしていってね、とその女性はハオそっくりの笑みを称えて、元いた場所に戻った。 私が見惚れるようにその人を目で追っていると、アンナさんが近寄ってきて。 「・・・アンナさん、あの人、どなたなんですか?」 ぽーっとして尋ねた。 するとアンナさんは不快そうに眉根を寄せる。 「のろけてんじゃないわよ」 「え、のろけてないですよ」 いつのろけた? 私が不満を訴える前に、アンナさんはさっきの質問に答えた。 「さっきの3人は葉の父と祖父と母。で、あっちのもう1つの集団が蓮の家族よ」 なるほど・・・。 ということはハオの家族ということにもなるのか。なんとなくあの女の人を見てそんな気はしてたけど。 でも、あっちの中国っぽい人たちが蓮君の家族とは思わなかった。 どっちにしても美人さんばっかり。ちょっと居づらい。 私がじっとチャイナドレスの人を見ていると、私の熱い視線に気づいたその人が、にこりと笑って手を振ってくれた。 思わず頬が熱くなって、ぺこりと腰を曲げた。 それを見てたアンナさんが呆れたようにため息をついた。そして何も言わずにどこかに立ち去ろうとしたアンナさんはもう一度足を止め、振り返らないまま私に言う。 「あと、そろそろハオとの関係を否定するのは止めなさい。あんたが否定しても周りから見たらただのバカップルよ」 言うだけいって満足したのか、アンナさんは皆が準備している中に入り、手伝いを始めた。 「あ・・・私も・・・」 手伝います。と言おうとしたけど、それは後ろから迫る砂を蹴る複数の音が自分のほうに迫ってきているのに気がついて、言葉を止めざるを得なかった。 なんだ、と振り返ると、その途端に3つの影が勢いよく私にのしかかってきた。 |