まさかこの2チームが当たるなんて思いもしなかった。・・・勝ち進んでいけばぶつかるのは当たり前なんだけど。


 今日は葉君たちと蓮君たちの試合。

 それなのにアンナさんは今日という日を民宿で待機するらしい。

 それなら私もと、あわよくば部屋でじっとしておきたいと思ったけど、アンナさんに追い出されてしまった。


「あーあ・・・」

 朝からこんな言葉ばかりのまん太君。

「何だよ。浜での話、ねえさんから仲間外れにされて落ち込んでんのか?」

「そんなんじゃないよ」

 まん太君は苦笑する。

 朝からのため息というのも、緊張しているかららしい。それもそうか、友人らが命を懸けて戦うんだから。


 私は入場した6人の影を見た。

 胸の内がどうなのかわからないけど、その背中にはあからさまな戸惑いなどは見られない。


「・・・まん太君は、幽霊視えるの?」

 リングをボーっと眺めたまま私は呟く。

 俯いていたまん太君が私を見上げた。


 彼は目をぱちくりとさせたあと、小さな声で頷く。肯定。

「そっか」

 試合には出場していないものの、彼が能力の端を持っていることに違いはない。


「・・・●●さんは視えないって言ってましたよね」

「うん」

 まん太君と目を合わせて、頷いた。

「羨ましいな」

「え?」

 口をついてでたのは、昔からの妬み。


 まん太君は眉間にしわを寄せて首を傾けた。

「だって、幽霊が見えないから今どんな状況なのかわからないし、皆が何を話してるのかわかんないし。・・・・、花組の皆が本当にいるのかどうかもわからないし」

「●●さん・・・」

 彼と、それを聞いていたルドセブ君も何か言いたげに眉を下げた。


 ずっと抱えてた不満。何で視えないんだろう。私だけ。ここに自分がいる意味がわからない。


「本当に、何のためにここにいるんだろうね」

 苦笑すると、まん太君は少しだけ目を見開いた。一度小さく口を開いたけどそれはすぐに閉じられ、複雑そうな笑みになった。


「・・・そうだね」

 なんとなく、私に対しての返事ではない気がしたから、嫌な感じは受けなかった。




 葉君たちの試合は酷く肝が冷えた。マイクパフォーマンスと称してハオへの『友達いない』発言も違う意味でぞっとした。


 そして、なんと試合中に部外者の乱入という事態も発生。


 それはリゼルグ君とメイデンちゃん、そして知らないきれいな女の人。


 結局、最後にゴルドバさんの声が響いて、この試合は無効となってしまった。


 それなのに試合を続けるというなんとも元気な皆だった。


 怪我だらけの皆と夕食を摂り、私は部屋に戻った。

 ちなみに夕食の手伝いも片付けも、アンナさんに火傷があるから余計なことはするなと却下された。


 そしてお前はさっさと風呂に入れと。お風呂はいいのに皿洗いはダメなのか。

 そう食いついたけど、ついには台所から追い出されてしまった。


 しかたがないから私は部屋に戻った。


「手伝いくらいいいのに・・・」

 不満に思いながらも私は押入れを開け、寝巻き用の浴衣をとる。

 押入れの上段には布団、下段には襖1枚の幅の棚があり、そこに浴衣が数着入ってる。下段にはその棚しかないため、残り半分は空きスペースとなってる。


 真新しい浴衣を握りしめ、私は窓の外を見た。満月。

「・・・」

 アンナさんに言われたとおり早くお風呂に入って寝てしまおう。

 そう思うけれど、妖しく輝く月から目が離せなかった。


コンコン

 不意に襖が控えめに叩かれる。


 慌てて月から視線をはがし襖に駆け寄った。手をかけ、そっと横にスライドさせる。


「あ・・・」

 少しあけたところで、相手の顔が見えた。


「・・・リゼルグ君」

 彼は晩ご飯のときからいたけど、全然言葉は交わさなかった。


 にこりと笑ったリゼルグ君は何となく前と少しだけ雰囲気が違った。

 私は少しだけ気まずく思いながらも、襖をちゃんと開けた。


「入ってもいいですか?」

「あ、うん」


 なんだろう・・・。

 部屋の中に彼を招いて襖を閉めた。

 彼はすたすたと窓辺に寄って、浮かぶ月を見上げる。


 なんだろう、本当に。ちょっと怖いんだけど。


 私が襖の前からじっと動かずにいると、リゼルグ君は振り返った。



「●●さん。●●さんはまだ、ハオのこと好きなんですか?」


 突然の質問。しかもなんとも突拍子もない。

 私は眉を寄せて下を向く。


 好きかどうかなんて、そんなの決まってる。

 私の態度を見て悟ったのか、リゼルグ君はぐっと奥歯を噛んだ。

 そして乱暴に私の前まで歩いてきた。無意識に滲んだ涙をこらえて彼を見上げる。


 するとなんの前触れもなしに、リゼルグ君は私の手を引いて強く抱きしめた。


「っ!リゼル・・・!」

「僕は●●さんが好きです」

「!?」


 押し返そうとした腕が止まる。


 わけがわからない。

 耳元でリゼルグ君の息遣いと、体全体で感じる体温に意識が遠くなってはまた引き寄せられる。


 くらくらとするのは急に上がった体温のせいか。

「●●さん」


 きつかった腕が少しだけ緩み、顔を上げるとガーゼの貼られていない頬にそっと触れられる。リゼルグ君の顔がぼやけて見えた。


「今はハオを好きでも構わない。それでもあなたが僕を受け入れてくれるなら、僕と・・・」


 声を区切った彼の瞳が迫ってきて、唇に柔らかい感覚が。


「!」

 肩が強張って息が止まった。

 目の前にリゼルグ君がいるのに、やっぱりハオと重ねてしまう自分は最低だ。


 やがて温かみは消え去り、リゼルグ君はまた私を強く抱いた。



「返事はいつでも構いません」



 風呂に入ると言ってリゼルグ君は複雑そうな表情で部屋を去った。

 私はしばらくの間立ち尽くし、そして畳の上に倒れ伏した。


 唇を噛んで投げ出された浴衣に顔を埋める。


 もう何がなんだのかわからない。

 あのままリゼルグ君の優しさに甘えてしまいたかった。

 畳に爪を立てて、かきむしるように自分のほうにその手を引き寄せた。


 生々しい唇への感覚が名残としてまだ残ってる。

 また胸に溢れて来た迷い。

 それを無理矢理しまいこんで、のそりと起き上がった。


「お風呂・・・」

 少し整理したい。

 ぐしゃぐしゃになってしまった浴衣を抱えて、私は部屋を出た。


 この民宿は妙にお風呂が凝ってる。

 大浴場に加えて、外には大きな露天風呂まである。


 男風呂と女風呂は別れてるけど、露天風呂だけは混浴らしい。

 もちろん今はきっと皆露天風呂に浸かってるだろうから女湯に行くけど。


 のろのろと服を脱いで適当に服をたたみ、顔や手足のガーゼと包帯外して浴場に入った。


 湯船につかる前に体の汚れを落とす。


 火傷の痕は赤くなってて、シャワーのぬるい湯に当たると少し痛んだ。

 患部を避けつつ体を泡で流す。

 のんびりと体を洗っていると気も落ち着いてきた。


 泡も流してすっきりし、私はようやく湯船に足をつけた。


 シャワーよりも断然熱い湯に傷が痛むけど、入ってしまえばこっちのものだと思って無理矢理もぐりこんだ。


 しばらくの間はじくじくと痛んだけど、じきに慣れてきて普通に浸かっていられるようになった。

 ふうと息をついて壁に背を預ける。


 蛇口から水が一滴落ちる音の向こうで、葉君たちが賑やかにしている声が聞こえた。

 その声を聞いて1人笑みを漏らす。



 楽しそうだな。



 落ち着いた気持ちで彼らの声を聞いていると、その中に葉君たちとはちがう、聞き覚えのある声が混じった。直後に窓ガラスが割れる音。



「ハオォーーーッ!!」

 リゼルグ君の声だ。


 じゃあやはりさっき混じったあれは、ハオの声。なんでここに。


 急に上がった心拍数。

 私は水音をできるだけあげないように湯船から出て、大急ぎで着替えてから部屋に駆け戻った。



 宿がないから葉たちの風呂場に突入したけど・・・相変わらずリゼルグは短気だな。


 甲縛式のオーバーソウルを纏った彼は、以前の倍以上も強くなったことを暗に示している。まあそれも感情的になっちゃ意味ないんだけどね。

 彼に炎の属性を与えたのはパスカル・アバフ。これは嫌味か何かなのかな。


 僕が笑みを深めると、リゼルグは偉そうに、湯船につかることを許すと叫んで、大人しく自分も湯に戻っていった。

 結果オーライかな。風呂に入れればどうでもいいや。


 僕もリゼルグのお言葉に甘えて、葉の隣につかった。


「いい湯だな」

「あ、やっぱりそう思うか」

 うん。温泉はいいね。

 ゆっくりしたいのにホロホロが突っかかってくる。


 ぎゃんぎゃんうるさいな。

 まあホロホロの言うとおり、『用』があって来たんだけどね。


「お前ら、無人島の西海岸での出来事は知っているな」

 葉達に意味を含ませながら話す。


 そして第二次予選の開催地も教えてやった。

 思ったとおりの反応をした彼ら。ホロホロにいたっては心の中で僕をAHOだと。失礼な奴だ。


 そのことを指摘するとホロホロはあからさまに焦ってごまかした。バカだね、嘘なんてついても意味ないのに。


「知っての通り僕は人の心が読める。だからあまり滅多な事は思い描かない方がよい。さもなくば」


 僕は唖然としてるホロホロを見た。

「お前の好いてる女の名を言うぞ」


 大人しくなったホロホロを見て僕は満足し、葉は苦笑していた。


「好きな女といえばよ」

 チョコラブが口を開く。


 彼は言いにくそうにしてたから、早く言えと急かす。


「・・・お前、●●のことはどうなんだよ」

「・・・・」


 どうしてお前が気にする。

 僕は目を細めるが、ここにいる全員が興味を示したようで、答えを待つように視線を僕にぶつけた。特に左のリゼルグからすごい視線を感じるけど。


 ふっと笑みを漏らして、目を閉じる。

「別にどうもしないさ」

「どうもしないって・・・●●ちゃんがどんな思いでいるのかわかってんのかよ」

 竜が苦い顔をする。

 なんだよ、いらいらするな。


「じゃあお前は●●の気持ちがわかってるのか?」

 眉間にしわを寄せると竜は思ったとおり言葉を濁した。


「それは・・・」

 やっぱりわかってないんじゃないか。

 いらいらする気持ちを抑えて僕は笑みを浮かべた。


「そんなに●●が気になるなら、お前らの中の誰かが娶ればいいだろう」


 途端にざわつく。

「お、おいらにはアンナがいるし・・・」

 赤くなったり青くなったりと忙しい葉。別にお前のノロケなんて求めてないよ。

「くだらん」

 蓮には大好きな姉さんがいるもんね。

「僕にはエリザが」

「オレにはリゼルグちゅあんが」

 と、1人1人がいい訳にも似たことを吐き続ける。


「・・・・」

 結局しんとしてしまった場。


 僕は●●の顔を思い出した。たしか最後に見たのは森だったな。

 森で僕は彼女を責めた。絶対に言い返したり、泣いたりすると思った。

 なのに彼女は苦しげに笑っただけだった。



「―――じゃあ」

 記憶に浸っていたところを、隣のリゼルグの声によって引き戻された。


 ああ、そういえばこいつは・・・。

 リゼルグは僕の顔をキッと見る。


「じゃあボクが●●さんをもらう」

 静かな怒りをこめたような声音。


「君は前から●●のことが好きだったんだよね」

 こう言うとリゼルグは不快そうに顔をゆがめて目をそらし、湯を睨みつけた。


「・・・さっき●●さんに告白してきた」

「!」

 揺らぐ心臓。


 でも僕以上に周りのやつらが騒ぎ立てたから気が紛れた。


「まだ返事は聞いてないけど、●●さんに怪我をさせる人よりは幸せにできる自信はある」


 リゼルグはもう一度僕を見たけれど、なんとなく僕ではなく僕の向こうの●●を見ているような、そんなかんじだった。


 それに。

「怪我・・・?」

 そんなものさせた覚えなんて・・・。

 眉をひそめると、葉が不思議そうに首をかしげた。


「お前、森で●●に火傷させただろ?」

「は・・・」

 いつ。どこで。


 さらに眉間のしわを深くすると、全員が顔を見合わせた。



「どっちにしろ、怪我をさせたのには変わりはないよ」

「・・・」


 リゼルグの言葉が、妙に耳に残った。






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