朝食の後、すぐに蓮君たちの試合があった。

 私は正直言って行きたくなかったけれど、これ以上自分のわがままを言い続けることもできずについてきてしまった。


 蓮君たちは問題なく・・・というのは少し違うと思うけど・・・相手のチームに勝利した。

 試合の間にも私は周りが気になってそわそわしっぱなしだったけれど、アンナさんのある言葉によって私は硬直させられた。



「この後、花組の試合があるわ」

「はなぐみ・・・」


 それからというのも、じっと試合を最後まで看取った。すごい試合だった。よくわからないけど、すごいということだけはわかった。



 次の出場者、3人の腰の曲がったおばあさん達、そして、花組。


 前と衣装が違う。そりゃあ着替えもするよね。

 私が食い入るようにリング場を見ていると、隣のアンナさんが無言で立ち上がった。


「帰るわよ」

「はい。・・・え?」

 見ないの?

 アンナさんが教えてくれたのに、見ないの?


 じっとアンナさんを見ると、彼女はふんぞりかえったような表情をした。


「誰も見るなんて言ってないわ。早くしなさい」

「・・・」

 逆らえない。

「はい」

 しぶしぶ頷いて、重い腰を上げた。


 最後に振り返って見えたのは、カンナちゃんの鎧が1人のおばあちゃんに飛び掛るところであった。




 たまおちゃんとまん太君は、リゼルグ君たちが乗る車に乗せてもらって民宿に戻るらしい。

 私もリゼルグ君に招かれたけれど、朝のこともあるし、車も定員があるだろうから断った。


 葉君と竜さんとファウトトさんは試合中に「特訓だ!」って言ってどこか言っちゃったし、アンナさんも蓮君たちのところに話しがあるからとどこかへ行ってしまった。


 結局残された私。

 試合を見に戻るにも戻れず、10分ほど会場の外でうろうろしてから、民宿に向かって歩き出した。



 そのとき。

 ふいに空が割れて大きな光が地上に突き刺さった。


「!?」

 耳を貫く轟音に耳をふさぐ。


 それは一瞬で消えてしまったけれど、妙な不自然さと違和感が残って私は眉間にしわを寄せた。

 たしかあの方向は、ハオたちの拠点地の・・・。



「―――」

 まさかね。きっとシャーマンの人たちが個人的な争いをしてるんだろう。


 自分の中でそうまとめて、私はまた歩き出した。





 とぼとぼとぼとぼ。

 少し俯きながら。

 どうせならやっぱり花組の試合くらいは見たかったな。


 ため息をついて、私は足を止める。

 顔を上げて周りを見た。木がところどころに生えてる。そのもっと向こうにはたくさんの木々が密集して森となっている。


「・・・」

 1人で行動するのは少し心もとない。


 やっぱり車、乗せてもらえばよかったかな。

 いや、でもリゼルグ君もマルコさんも私が嫌いみたいだし。断ってよかった。


 私は一度軽く空を見上げた。


 早く帰ろう。そう思って一歩踏み出す。


 すると、どこからか潮の香りのようなものが漂ってきた。

「海・・・」

 どこからか懐かしさがあふれ出してきて、私は無意識に方向を変え、鼻腔をくすぐる香りを辿って歩き出した。




 目的の場所が近くなるほど、早く帰らないとという気持ちが強くなる。だけど、私はそれに逆らい続け、ついに海岸近くまで来てしまった。


「・・・」

 思ったとおり、広大な海。

 私は砂浜へと続く階段の前に立ち、呆然と目の前の光景を見回した。

 似ても似つかない私の世界との海。砂の色、海の色、岩の色、すべてが違う。それにこの景観を損なわせる大きな船まである。


 それでも私はゆっくりと階段を降り、砂を踏みしめながら波打ち際まで寄った。

 しゃがみこんで靴底を濡らす海の水に指先で触れる。

 少し冷たいくらいの海水を指でくるくると遊ぶ。

 少しの間ボーっとしながら弄び、飽きたころようやく立ち上がった。そして波打ち際をのろのろと歩き出した。


 何も思うことはない。


 ゆっくり歩き続けてしばらくたった。

「―――ぁ」

「―――だろ」


 どこからか風に乗って、人の声が聞こえてきた。

「?」

 こんな寂しい海岸に自分以外の人がいたのか。


 軽くそう考えただけで特に気にしなかったけど、徐々に近くなる第三者の会話と複数の人影。


 私は一度足を止めた。

 このまま歩いていっても、あの人たちの話を邪魔することになってしまう。人にあまり会いたくないし。


 私は止めた足を返して元来た道を帰り始めた。そろそろ帰ろう。お昼の準備も手伝いたいし。


 だから聞こえないよ。背中に迫る足音は。


「●●!!」

「うわ!」

 湿った砂を蹴る音がすぐ後ろまで寄ってきて、限界まで近くに来たと思ったら背中にすごい衝撃が来た。


 海の水に倒れこみそうになったのをどうにか踏みとどめて、背中に抱きついてきた人を見る。



「ま、マッチ・・・」

 さっきまで試合をしていたはずのマッチがどうしてここに。

 その疑問をぶつける前に、マッチは眉間にしわを寄せて私の肩を揺さぶってきた。

「●●!ハオ様と喧嘩したの!?あれからハオ様全然●●こと口にしないし、あんまり機嫌よくないし・・・」


 よかった威勢が少しずつ尻すぼみになり、ついには消えてしまった。


 私の肩をぎゅっと掴んで俯いてしまう。

 私はどうしようもなくて、マッチからその向こうの人影をよく見ようと目を凝らした。


 やっぱりハオ組の皆。なんでさっき気づかなかったのか。


「●●、こっち来て」

「え、ちょっと」


 向こう側に気を取られていて、マッチに手を引かれて少しバランスを崩す。


 抵抗する間もなく、足をもつれさせながら皆の前に連れて行かれた。


「・・・・」

「・・・・」

 連れてきてどうするつもりだったの、マッチ。話せることがないよ。皆も私も沈黙だよ。

「マッチ。私帰らなきゃ」

「でも・・・!」

「マチルダ。ハオ様のご意思だ。それに●●もそう言ってるだろ」


 ザンチンさんが双眼鏡で海をじっと見ている。いや、海というより、海の上の大きな戦艦。よく考えればおかしいよね。普通の旅行船には見えないし、しかもここは無人島って設定みたいだし旅行船はまずない。だったらあの船は・・・。


 ザンチンさんの言葉にマッチは口をつぐんでしまった。

 それでもマッチは掴んだ私の手を離さず、今度は優しく手を引いてカンナちゃんとマリちゃんのところまで引いていった。


「●●・・・久しぶり」

「うん、久しぶり。マリちゃん」

 相変わらずな表情なマリちゃん。


「・・・」

 カンナちゃんは無言でタバコを吸っていた。体に悪いのにな。

 苦笑いをすると、それに気づいたカンナちゃんも口端を上げるように少しだけ笑った。

 ああ、やっぱりここがいいな。


「な・・・!?何言ってんだよペヨーテ」

 ふいにザンチンさんが声を上げた。


 そろってそちらを見ると、なにやら問題が起きたよう。

 ペヨーテさんとターバインさんが、ぴりぴりとした空気を纏って向かい合っていた。

 となりの花組の皆も警戒したように構える。


 どうやらハオに関してのことで意見の対立が発生したようだ。ペヨーテさん1人がハオを否定するようなニュアンスで呟いている。


「だがそれとこれとは話が違う。この先の言葉しだいでは―――」

「・・・やめてくれよターバイン。私はただ、少し真実について考えてみただけだ」


 この張り詰めた空気の中、ペヨーテさんは穏やかに笑みを浮かべている。どうやら仲間割れなどはするつもりはないらしい。


「少なくとも、ここでお前らとやり合う気はないさ」


 この言葉を聞いてとりあえず安堵した。

 体から力を抜いたザンチンさんが冷や汗をかきながら乾いた笑みを浮かべる。

「オイオイ・・・ビビらすなよ、ペヨーテ」


 ズバン

 言い切ると同時にザンチンさんのシルエットが真っ二つになった。


「え・・・」

 血が吹き飛びザンチンさんの上半身が砂の上に転がる。


「・・・っ!!!」

 ショックで言葉も出ない。足から力が抜けて砂の上にへたり込んだ。


「●●!さがって!!」

 花組の3人が私の前に立つ。

 呆然と彼女たちの背中の向こうを覗く。


 ペヨーテさんの骸骨の大きな人形のナイフがビルさんの胸を貫いていた。


 全身が粟立つ。

「なんで・・・」


 その言葉しか出てこない。

「●●」

 カンナちゃんが出るタイミングを伺いながら告げる。


「●●は逃げて、このことをハオ様に知らせて」

「ハオに・・・?」

 頭を掠める彼の最後の表情。


「ハオ様が来てくれたら、どうにかしてくれるかもしれない」


 会いたくない。でも今はそれ以上に皆に死んでほしくない。

 私は震える足に無理矢理力をこめて立ち上がる。


「●●、早く」

 マリちゃんに急かされる。わかってる、私がいたら邪魔にしかならない。


 滲んだ涙をこらえる。


「死なないで」

 聞こえたかどうかわからないほど小さな声だったから、彼女たちに届いたかどうかわからない。



 とにかく早くハオに伝えなきゃ。



 ざわつく海に背を向けて、私は木々の中に飛び込んだ。






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