なぜかわからないけれど、朝起きて、昨日のように朝ごはんを作る手伝いをしてから皆が集まるところに行ってみたらラキストさんがいた。 「ラキストさん・・・」 たった数日顔を見なかっただけでもう現実味を感じなかった。 昨日は突然にオパチョ君が現れて、とどうしてこうも心臓に悪いことが立て続けに怒るのか。 「●●様・・・。やはりこちらにおいででしたか」 にこりと変わらぬ笑顔。 まさかと思って周りを見る。 知らない人がたくさんいるけど、探した姿はなかった。 「残念ながらハオ様はいらしてませぬ」 ラキストさんが複雑そうな顔をする。 なぜわかったのかと肩に力が入る。 「いえ、いいんです」 笑って言うけど、ラキストさんは笑い返してはくれなかった。 私は繋げられたテーブルに寄って、おぼんに乗せていた味噌汁を並べた。それにしてもすごい量。 味噌汁を並べながらこっそり部屋を見渡す。 向こうの部屋でこちらに背を向けている3人の男の人。 銀髪の、綺麗でかわいい女の子。忘れるはずない。試合中に相手のチームを皆殺しちゃった子。 そして、もう1人。こちらをすごい剣幕で見てる眼鏡の男の人。 その眼鏡の人は何か言いたげに私を睨む。 「あの・・・なにか?」 すごく憎しみのオーラを放っていて話しかけづらかったけど、このままも嫌だったから私からたずねた。 その人は少しの無言の後にこう言う。 「貴様・・・ハオの仲間であったか・・・」 「・・・」 ああ、そういえば、この人もあの銀髪の女の子の、リゼルグ君の仲間だった。ハオを殺したいほど憎んでる人たちの仲間。 「ハオの仲間ごときが私たちのリゼルグを弄んで。悪の極み」 そんなつもりはなかったんだけど、言い返してもしかたないよね。 「・・・、ごめんなさい」 私はその眼鏡の人に小さな声で謝り、おぼんを持って立ち上がった。まだまだ次を運ばなきゃいけない。 台所に向かおうと眼鏡の人に背を向けると、目の前にはリゼルグ君が。すごく近い場所にいてびっくりした。 彼はにこりと笑って私の手からおぼんを取り上げた。 「あ・・・」 私は小さく声を上げる。 「僕も手伝います。食事をいただく身として手伝わせてください」 そんなこと言われても、私もお世話になってる側だから手伝わないわけにもいかない。 「大丈夫。リゼルグ君は座ってて」 おぼんを取り返そうとするけど、リゼルグ君は伸ばした私の手を取って爽やかに笑う。 「じゃあ一緒に運びましょう」 「え、ちょっと」 腕を引かれて、私とリゼルグ君はそろって台所に乗り込んだ。 久々にリゼルグ君の強引なところを見た気がする。 今回、敵味方が集って食事会を開いたわけというのが、どうやら『サミット』というものを開催するためらしい。 私はチョコラブ君の隣に座って、もくもくとご飯を食べる。 アンナさんも不機嫌そうにたくあんを食べてる。 アンナさんの食事開始直後の口ぶりからしたら、昨日、何かがあったみたいだけど。 さっきマルコさんとラキストさんが急に変な服装になったりしたのは、昨日の名残なのだろうか。 メイデンちゃんも意外に普通のお嬢様っぽい子だし、なんだかよくわからない。 隣の部屋でトランプをしていたリゼルグ君の仲間の人たちと、マルコさんもいがみ合ってるみたいだし。・・・、メイデンちゃんの一言ですぐに団結力が戻ったみたいだけど。 でもそのせいで少しずつ騒がしくなっていく空間。 にぎやかなのは楽しいけれど、何となくアンナさんを取り巻く空気がどす黒くなってるような。 「キ・・・サ・・・マ・・・ラ」 蓮君が我慢の限界寸前の声を上げた。 彼が大きく口を開いたとき。 「おだまり」 一瞬でテーブルが畳に埋まった。そこにいた私たちも巻き込んで。 コンマの差で、蓮君の堪忍袋がはじける前に我慢の限界に達したアンナさんが、いつものあの角の生えた大きな2匹でテーブルを押しつぶしたのだ。 比較的被害の小さかった私はのそりと起き上がって、せっかく作ったごはんがぐちゃぐちゃになってしまったことに小さくため息をついた。 アンナさんの手にはしっかりと白いご飯が握られているわけだけど、あれは炊いただけだし。もったいないなぁ。 私は立ち上がって、まだ今の災害から復活できないでいる人たちの足元をすり抜けて、台所に行った。 畳に味噌汁がしみこむのはできるだけ小さい範囲に収めたいから、そのためのタオルを探す。 隣の部屋からアンナさんと葉君の会話。 「あった」 戸棚の下に重ねてあったタオルをあるだけ掻き出して、私はまた広間に戻った。 「例の大事な話。まぁ、今日はサミットみたいなもんだ」 だいたいの人が起き上がり、葉君を見つめてる。 その裏で私はタオルで畳を黙々と拭った。 「まずこれだけはあらためて言っておく。シャーマン・ファイトに優勝するのはハオだ」 ―――。 手が止まる。 「だってそうだろ。あいつの巫力は125万。まともな試合じゃ誰がどうがんばったって、ひっくりかえらねぇ数字だ」 あっさりと言ってしまう葉君に蓮君が不満が爆発したように叫んだ。 それもそうだ。皆は己がシャーマンキングになるためにこの戦いに挑んでいるのに、葉君の言葉でこうも簡単ににじり潰されてしまったのだから。 「・・・」 私はまたゆっくりと手を動かし始めるけれど、手に力が入らない。これでは畳に汚れを擦り付けているようなものだ。 「シャーマン・ファイトに優勝したシャーマンはグレート・スピリッツと一体化するため、洗礼の儀式を受け、一時死の眠りにつく。―――だからそこを叩く」 右から左に受け流そうとしても、どうしても頭の中で引っかかって腹の底に溜まってゆく。 「死の眠り・・・」 小さく呟いた言葉は幸い誰にも聞かれなかった。 私はぐっと唇を噛んで、汚れたタオルたちを握って立ち上がった。それらを洗うためだ。 背中に背中にいくつかの視線を感じたけど、振り払って台所に逃げ込んだ。 「・・・あいつには辛ぇかもしれんが」 葉は台所に、背中を丸めて飛び込んでいった●●を見送って苦い顔をした。 その表情の名残を残したまま、葉は酒を煽っているラキストを見る。 「ハオは●●のことまだ好きなんだろ?」 「・・・」 ラキストは静かに、口に含んでいた焼酎を飲み下す。 「・・・ハオ様の真意は誰にもわかりませぬ」 今のあの人の態度を見て、今までのが遊びだったのか本気だったのかも。 ラキストはまた1口、酒を飲む。 葉はそんなラキストを見てなんともいえない表情をしてから、うずうずとしているオパチョに視線を移した。 葉が目が合ったオパチョに笑いかけた。 「でも」 ラキストが躊躇うように、重そうな口を開く。 「・・・私としては、そうであることを」 切に願っております。 最後のその言葉は、ラキスト自身が酒を飲むおかげで結局発せられることはなかった。 「・・・」 妙な空気になってしまった空間で、ある1人が苦痛そうに眉をひそめる。 「でも、ハオは●●さんをあんなに傷つけたんですよ」 リゼルグは正した自分の膝の上でこぶしを作る。 居間にいる者たちはそんな彼に注目する。 「何も知らない●●さんを騙して。ハオは●●さんがどれだけ泣いたか知っているんでしょうか」 心を静めるようにリゼルグは目を閉じた。 「いくら気持ちがあるからと言っても、やっていいことと悪いことくらいは・・・」 そこまで言って、リゼルグは自分に降りかかるな多数の生暖かい視線を感じて顔を上げた。 その場にいる者がほぼ全員、にやにやと頬を緩めている。 リゼルグが疑問に思って眉間にしわを寄せると、葉がいつも以上にしまりのない顔で言った。 「お前・・・わかりやすいな・・・」 「は?」 さらに疑問符を浮かべるリゼルグに、ホロホロがとどめの一言を放つ。 「いくら●●が好きだからって、こんな大勢の前で自慢することないだろぉ?」 「・・・・・・」 ぽかんと口を開けたリゼルグは、ホロホロの言葉と、彼らの視線の意味を理解するまでに時間がかかった。 リゼルグは徐々に顔を赤くして、勢いに任せて立ち上がる。 「ち、違います!!皆さん何を誤解してるのかわからないけど・・・葉君笑わないで!」 弁解の言葉を吐くごとに顔を赤くするリゼルグに、メイデンまでもがクスリと笑みを漏らした。 それによって恥ずかしさの飽和量の限界を超えてしまったリゼルグは大きく息を吸った。 「ボクは●●さんなんか好きじゃありません!」 「あ・・・ごめん」 リゼルグの叫びに答えが返ってきた。 え、と声を上げる皆は、思い思いの表情をして台所と居間を繋ぐ入り口に佇む●●を見た。 ●●は真っ青になっているリゼルグに苦笑する。 「私はリゼルグ君のこと・・・・やっぱりいいや。・・ごめんね」 「あ・・・●●さん・・・これは・・・違うんです、その・・・」 「たまおちゃん、これ、タオル。畳任せていい?」 「は、はいっ」 「●●さん、あの・・・」 「ありがとう。じゃあ私は部屋に戻るね」 眉を下げて、静かに去っていった彼女。 おそらく、否、完全に落ち込んでいた。 手を伸ばしたままの体勢で硬直していたリゼルグは、時計の針が1つ移動したと同時にその場に崩れ落ちた。 「ボクは、ボクは、ボクは、ボクは・・・」 「お、おい。リゼルグ。あんまり落ち込むなって」 その後は、逆玉砕してしまったリゼルグを宥めるのに数名が思い悩んだらしかった。 |