けむりのまちで1
ケプラビーク国際空港から首都レイキャビクまではだいたい一時間。公衆電話から居場所を告げたら、予想以上に取り乱した素っ頓狂な声がかえってきた。
「えっ!? なに、もう一回言って」
「だから、今国内にいるの。これ国際電話じゃないから確認してみなよ。イースは今どこ?」
「ど、こって……、そっちこそ今どこ。待ってて、今行くから」
地下鉄の駅名を伝えるとすごい勢いで電話が切れた。
ツー、ツーと不通を知らせる音を聞きながら、サプライズが成功したことよりも、もっと大きなものに私は感動していた。
私はまだ、彼にとってどうでもいい存在にはなっていなかったんだ。突然来たら、飛んで迎えに来てもらえる間柄だったんだ。
駅構内から町へと向かって、私はゆっくりと歩き始めた。すべてを、目に焼き付けるつもりで。
キョロキョロとあたりを見物していると、うしろからぐんと腕をつかまれた。
「!?」
驚いて振り向くと息を切らして身をかがめる恋人がいた。
「も、ほんとに、びっくりした……っ」
「え、早くない!?」
すると彼は不本意そうに顔をあげた。
「僕を誰だと思ってんの。自分のうちなんだから、当たり前」
とはいえ相当全速力で来たようで、息が整うまではしばらくかかった。
「まず、何なの急に。連絡もなしに突然くる? 普通」
怒ったような調子で訊いてくる。予期はしていたけれど、ちょっとひるんで苦笑いした。
「なんていうか、その、時間が取れたからさ。会いたいなーって思って」
「たったそれだけ!? あーもう心臓に悪いな!」
彼は目を逸らして吐き出すように言った。
「それに事前にきいてたら空港まで迎えに行けたのに。こんな寒い中わざわざ地下鉄使うとか、旅行者としてどうなのそれ」
「いいじゃん、景色見たかったし」
「地下鉄で何の景色見んの。意味わかんないから」
そういって彼は肩を落とした。その仕草にほっとして私は笑った。何がおかしいの、と言いながら彼も笑う。そうしてしばらくふたりで肩を揺らした。
[ 4 ]*prev next#
[bookmark]