セブルス・スネイプ教授は、自室の扉を開き、そして文字通り目を疑った。
なぜ、と問う前に彼らは言った。
「「遅いじゃないですか」」
記憶の中で
扉の前に立つ黒い人物を見て、私は郷愁に胸がつぶれそうになった。
「先輩、いや今は先生ですね。お久しぶりです」
私が微笑むと、向かい側で椅子に座りなおしたもう一人も、久しぶりですね教授、と面白そうに言った。
「レギュラス、ソフィア……なぜここにいる」
スネイプ先輩は驚きを隠せないといった表情で、私たちに訊いた。
「なんたって、今夜はハロウィンですよ」 「だからって、一体どういうことなんだ? ……だって君たちは、もう、」
この世の人間じゃない
彼が言い淀んだ言葉を私はさらりと言った。彼が息を呑んだのがわかった。
「だから今夜なんじゃないですか。僕たちが自由に出歩けるから」
レギュラスが後を継いでくれる。
「な……」 「いやだなあ、なんて顔してるんです。せっかく会いに来てあげたのに」 「いや……すまない、これが地顔だ」
取り繕った先輩が目線を逸らした。その仕草さえもが懐かしくて、私たち二人は顔を見合わせて笑った。
寒い10月最後の夜、失ったはずの体があたたまってゆく。
ホグワーツは、大切な故郷だ。ホグワーツ以後の未来を永く持たなかった私たち二人にとっても、多分、存在自体が黒い影のようなこの“先生”にとっても。
いいことも悪いことも、そりゃあ数えきれないほどあった。だけど、ここで過ごした7年間を、誰ひとり後悔していないはずだ。私たちは、幼く、そして相応に愚かだっただけ。
だから許された少しの間、私はここに居ることを選んだ。
「さて先輩、忘れないうちに」
私はレギュラスに目配せして声をそろえた。
「「 Trick or Treat!! 」」
スネイプ先輩はわかりやすく眉間に皺を寄せ、そして崩した。
「無論、Treat だ」
香るアールグレイとジンジャークッキーで夜のお茶会。なんだか悪いことしてるみたいでどきどきする。
「食べられるのか」 「もちろん」 「ということはゴーストではないと?」 「ゴーストは昇天してませんからね」 「じゃあ一体なんなんだ」 「ハロウィンですから」
私が誤魔化すと、先輩は渋い顔をした。説明を求めるようにレギュラスの方に視線を移すけれど、彼も曖昧に笑うだけだった。
「それにしてもまさか先輩がホグワーツで教鞭をとっているとは」 「子どもが好きそうなタイプには見えませんでしたけど」
話題転換されたことに気付いた先輩はまた眉を寄せたけれど、質問を否定するほうを優先して口を開いた。
「今も昔も子どもは好きではない」 「えっ、じゃあなんで」 「個人的な事情でな」 「誤魔化された!」 「お互いさまだろう」
たしかに、と私がしょげるとレギュラスはくすくすと笑った。カップに口をつけてから、今度は彼が訊いた。
「ルシウス先輩なんかは元気ですか」 「そうだな。息子ももうホグワーツだ」
それを聞いて思い出した。
「そういえば、ナルシッサ先輩と結婚されたんでしたっけ」 「えっ」
レギュラスが目を丸くする。
「そうか、知らなかったっけ」 「知り…ませんでした。お似合いですね」 「でも息子がもうそんな年齢だなんて、先輩も歳を取るはずですね」 「まったくだ」
言ってから、彼は複雑な顔をした。目の前の二人がもう歳を“とれない”ことに気づいてしまったようだった。
私は空になった、まだ温かいカップを手で包みながら目を細めた。
「羨ましいです。あのころは、時間なんていくらでもあると思ってたのに。意外と突然止まってしまうものなんですね」
「だけどこうして思い出してくれるひとがいるだけで、僕たちの時間も少しずつ動いていけるんです」
「だから私たちのこと、忘れないで下さいね」
「記憶の中で、僕たちは生きていくんですから」
時計の針が進んだ音が、やけに響いたなと思った。
教授は再び目を疑う。 そこにはもう、若きふたりの姿はなかった。
テーブルの上ではティーカップがみっつ、静かに灯に照らされていた。
日付は明けて、11月1日。
END
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