さっきよりいくらか軽くなった足取りで寮へと戻ると、つい今しがたまで脳裏に浮かんでいた人が、今度は目の前にいた。こちらが無意識に歩いていたせいで、ぶつかる寸前だったらしくあまりにも近くにいた。反射的に数歩あとずさりした。

 目を合わせれば動揺が伝わってしまう気がして下を向いた。なんだか顔が火照って仕方なかった。


「忘れ物」

 差し出されたのは確かに私の魔法薬学の教科書。そうだ、さっき急いでて……。
「あ、りがと。でもなんで私のだってわかった?」
記名していない教科書。傷の位置で私にはわかるけれど……。
「座っていた席にあったからに決まってるだろう」
ちょっと嫌そうにそう言うと、教科書を私の手に押し付け奥へ行ってしまった。

 残された私はぽかんと立ち尽くしていた。

 ……私の、座ってた席を知っていた? 私のほうが後ろに座ってたのに?

 ふつうは視界に入らないはずの席位置を、把握していた?



 なぜ?







 私は教科書をしっかり抱きかかえたまま、床に崩れ落ちた。


 体中から力が抜けて、立ち上がれなかった。








前編おわり


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