忘れようと思っていた相手の家の所在を知っているなんて、今考えれば矛盾しているのだけど、その時は無我夢中で姿あらわしをしていた。
聞いて知っていただけの家の、重そうな扉を深呼吸して叩いた。反応があるまでの数秒間が永遠に感じられた。
かちゃんと微かな音がして、扉が開いたのを見た、その瞬間。
目一杯に広がる赤い閃光
そして
体ごと後ろに吹っ飛ばされる感覚
……武装、解除?
石畳の道路に体をしたたか打ちつけ、目をちかちかさせながら私はなんとか上体を起こした。
「お前っ……なんの用だ」
ちょっと驚いたような声音で呟いた懐かしい人を見る。
「まさか、からかいに来る人がいるわけでもないでしょうに」
私の皮肉に、彼は何も答えなかった。とんだご挨拶である。軋む背骨を叱咤して私が立ち上がると、悪かったと一言。
心の奥がつんとした。
予期せぬ来客だったに違いないのに、きちんと居間へ通してくれる。
「改めて聞くが、何の用だ?」
私は、怪訝そうなふたつの瞳に自分が映るのを見た。一瞬、どこにいるのかすらわからなくなるほどの眩暈。
めくりたくて仕方なかった未練という名の本が、バラバラと音をたてて先のページへと進んでいく。
……あぁきっと、これが最後のページなんだろうな。
「特に用があったわけじゃないよ。ただ、どうしてるか気になって」
私は力なく笑いながら首をふった。
「どうしているか…?」
「そう。まぁ、来客が誰かも確かめる前に武装解除かますくらいには切羽詰まっているということが分かりました」
嫌そうな顔。
「何が言いたい」
射抜くように見つめてくる漆黒の双眸を、しかし私も負けじと見つめて口を開いた。
「私はずっとあなたが好きでした」
彼は表情を変えなかった。
「それをこのタイミングで言い放つとはな」
独り言のようだった。私は首をふった。さっきより強めに。
「今だからとかじゃない。今なら私にも勝ち目があるとかそんなこと考えたわけじゃない」
彼は今度こそ驚いたような顔をした。
私は胸が詰まって言葉を紡ぐのが精一杯だった。
「私ずっと見てきたから知ってるよ。7年間、いやもしかしたらホグワーツに来る前から、あなたが誰を見てきたか」
だから私の想いなんて本当はどうでもいいんだ。ただこれが"無かったこと"になってしまうのは嫌で。
ただ、それだけ。
‐8‐
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