Be In Grayzone.
「僕、君には結構感心しているよ」
突然に、しかも得意げな顔で告げられて、私は眉をひそめた。
「何それ、どういう意味?」
「評価してるってことだよ。 家柄に見合う、正しい行動をしているとね」
「あらそうありがとう」
私が抑揚のない返事をすると、相手は表情を険しくしてなんだよ、と言った。
「せっかく褒めてやったんだぞ。もう少し喜んでもいいんじゃないのか」
私はまたしても眉根を寄せた。
「何に対して喜べって?『ドラコぼっちゃまに褒められちゃったわ、なんて光栄なのかしらー』とでも?」
わざとらしく笑ってあげたら、彼は耳まで真っ赤にさせた。怒らせるのはとてもかんたんだ。
「あなたは自分がとっても偉いと思ってるみたいだけど、私の何を知っててそんな言葉が出てくるのか甚だ疑問だわ」
「なんだよ、けなしたわけじゃないのに。何をそんなに…」
「言わないと分かりませんか」
私が挑むように言うと彼も顎をあげて返してきた。
「ああ分からないね。言ってくれないか」
「じゃあ言わせていただくけど」
ここで思い切り息を吸った。
「私、前からあなたのその偉そうな物言いが気に入らないの。私たち同い年の幼なじみでしょう。どうして上から見ようとするの」
すると彼は無言で、手のひらをこちらに向けた腕を突き出した。そして出た言葉は、
「手貸して」
なんだそれは。
「聞いてた?」
「そりゃあ聞いてたさ。いいから、手を合わせてくれないか」
「どういうこと」
戸惑いながら持ち上げた右手はひょいと掴まれて、彼のてのひらに合わせられた。
“まるで手の大きさを比べあうように”
私は突き合わせた手のひらから慌てて目を逸らし、気づいてしまった事実を意識しないように追い払おうとした。いつの間に、私たちの間にはこんなに差が生まれていたのだろう。
身長を抜かされたのは気づいていた。昔から比べる対象は幼なじみである彼だったし、身長差は外から見て明らかだった。
だけど手のひらの大きさなんて、比べようとも思わなかった。
こうして触れたら、否が応にも気づかされてしまう。私たちの間には、決定的な差が最初からあったことを。
「僕はこれでも男だよ」
彼は私の右手を包むようにしながら、上から言うような口調を残して呟いた。
「だからなに」
私は強めに答える。
「何って、つまり、女の子のことを心配したりぐらい、普通だろう」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。
「あれで心配してたの…」
君は家柄に見合う行動してるよ。感心してる。
こんな言葉の、どこをどうとれば心配のセリフになるのか。
なんて、なんて不器用な。
私は力が抜けて思わず笑った。
「あんなんじゃ心配されてるって分かんないわよ」
「そうか?」
「“心配だからそのまま俺以外の人間と関わるなよ”ぐらい言わないと女の子には分から…」
「心配だからこのまま俺以外の人間と関わるなよ」
うかつにもどきりとした。
「ばっ、ばかじゃないの。オウム返しにしてどうすんのよ。しかも"俺"って! 似合わない!」
「でもほんとのことだからな」
ちょっと後悔した。
これくらいの台詞で自分が動揺するなんて思ってもみなかったから。
握られたままの右手。
つまりはここから一歩踏み込めないでいる私も、不器用で、ばかなんだ。
似たもの同士の私たち、いつまでもグレイゾーン。