Secret falling
たとえばあなたはあまりにも眩しすぎて、恋にすらならないのです。
たしかに大好きなんだけど、恋愛の好きとは多分違って。離れて見ているのが心地いい。あなたが笑うのをみているのが、私にとっての幸せ。
……だったはずなのに。
「いつもこっから外見てるよな」
私がお決まりの窓から外を眺めていたら、後ろから誰かに声をかけられた。
「何かあるのか?」
声の人物が隣に来て窓をのぞき込んだから、私は初めて誰なのかを認識した。そして衝撃のあまり三歩飛び退く。
「……!!??」
「特に何もねぇな。一体いつも何見てんだ?」
素朴な疑問を顔に浮かべてこちらを見たのは、なんで私なんかに気軽に話しかけてきたのか想像もつかないほどの有名人で。
訳がわからなくて声が出ないでいると、あぁ悪い名乗りもせずに、とその人は笑った。
「……知ってます」
「ん?」
「名前、知ってます」
私の目の前にいたのは、私が密かに憧れを抱き、いつも窓から姿を見つけては眺めていたシリウス・ブラックその人だった。
いまだってたしかにこの窓の下、城の庭にいつもの4人で連れ立っていたはず、なのに。
「なんで、ここに……?」
「いや、いつも何見てんのか気になっててさ」
何を見ていたかなんてまさか言えないし、それに今わたしとんでもないことを聞いたような?
「いつも、って言いました…?」
「言ったけど。だってしょっちゅうこの窓から外見てるよな? 俺いつも下から見て何が見えんのか気になってて。で、今急いで上がってきたんだけど、」
気付かれてた……!
私の頭が真っ白になるのと、どうしても教えてくれないのか? と覗き込んできた灰色の瞳を見たのはほぼ同時で。
だから自分でもよく分からないまま言っていた。
「あなたを、見てたんです」
目の前にあった端正な顔に一瞬で驚愕が広がった。
「えっ、あっ、なに俺を? 見てた??」
あわてて目を逸らし、私は余計なことを言ってしまったと後悔しながら頷いた。
「……っ、まじかよやべぇそれは予想外……」
最悪だ。と私は思った。こんなストーカーまがいのことをしているなんて、本人にだけは知られたくなかった。
「私」を見られてしまうのが怖いから、関わりたくなかったのに。遠くから見ているだけでよかったのに。
「ごめんなさい」
「えっ?」
「気持ち悪いですよね、もうやめますから。本当にすみませんでした」
そう言って立ち去ろうとした私の腕が後ろからがっしりと掴まれた。心臓が跳ねる。反射的に振り向く。
「悪い。予想外とか言った俺が馬鹿だった。予想以上だ」
私には何が何やら分からなかった。ただ意図せず向かい合ってしまった相手のネクタイを見ているので精一杯だった。
「一つ確認していいか?」
問われて思わず視線を上げてしまった。目が合ったら最後、もう離せない。
「俺を見てたっていうのは、悪意ではなく好意からととっていいんだよな?」
答えはイエスしかなかった。
「……これはまじで予想以上だな」
漸く腕を解放され、恥ずかしさに早くこの場を去りたかったが、予想以上の意味のほうが気になっていた。
「それってどういう…」
「いやあの……俺さ、お前と話したくて窓のこと聞いたんだよ。いつも見てて、気になってたんだ」
なんだよこれ恥ずかしいな、とか言いながらまた窓を向いてしまった人を見て、私はまだぽかんとしていた。
盗み見ていた相手に、逆に見られていた?
「話してみたいと思っていた相手に、少なくとも悪意ではない感情で見られていたなんて、予想以上だろ」
一体何がおきているの、よくわからない。
「つまり俺、もっとお前のこと、知ろうとしていいってことだよな?」
にやりと笑ったその人から目が離せなくて。
遠くから見ているだけでよかったのに。それで十分だったはずなのに。
一度その笑顔を独り占めしてしまったら、私……。
(end)