お砂糖は少なめでお願いします
魔法をかけられたような気分だった。とても幸福な気持ちになる呪文、なんだろう。それか、そう、バタービールを飲み干したときのような……。
まるで……?
隣で彼が笑った。私の髪に指を通しながら、なんだかとても嬉しそう。
私はくすぐったいよ、と笑いながらその胸に頭を預けた。びっくりしてる。いいの、私だってたまには甘えたいんだから。
人肌が、あたたかい。
規則正しく脈打つ鼓動。少しずつ、私の音と重なっていく。
私の首に腕を回して、彼はきゅっと力をこめた。どうしたの、いつもはそんなことしないのに。
思うことを口にはしなかった。多分、私たち今おなじことを考えてる。
いつの間にかふたりの心音が重なって、私は頬を緩めた。
何が可笑しいんだ、と彼が頭の上で問う。直接体に響く声が心地よくて目を閉じた。
しあわせなんだよ、と私は答えた。
ああ、そうだなと彼は呟いて体を離す。私はそっと目を開いた。彼はその一瞬で私の瞳を捉えて、いたずらっぽく笑った。
私はどぎまぎしながら目を伏せた。
彼の手が肩にのって、引き寄せられて、そして――――
「あーーーーーっ!!!」
「何なにどうしたの!?」
気がつくと、ルームメイトが目を丸くしてベッドカーテンからを覗いていた。眩しい……。
えっ、朝……?
「なんか叫んでたけど、大丈夫?」
制服を中途半端に着た彼女は心配そうに訊いた。
「あー…ごめん、なんか悪夢、見たっぽい」
「あぁ、そういう。よかった」
「うん、ごめんね。驚かせちゃって」
カーテンから去る彼女をつくり笑いで見送って、すぐさま頭を抱えた。
えっ、つまり夢ですか。そういうことですね。一体、一体なんという夢をわたしは……っ。
思い返したらまた叫びだしそうで、布団に顔を埋めた。
あんなやつが、なんであんな夢に……いやいやあってたまるか。よく絡む相手ではあるけれどいわゆる腐れ縁ってやつで決して決して恋愛対象ではなくてなくて、ないはずで……。
悶々としながら降りた談話室で、実に自然にGood morning.と肩を叩いてきた相手に、私は一歩後ずさって目を逸らした。
くそ、なんだってこのタイミングで出てくるんだお前ってやつは。
まともに顔が見られない。
「朝飯まだだろ?」
これもいつもの自然な会話。だけどうまく答えられない。
「大丈夫か? なんか変だぞ」
そんな風に首傾げてのぞきこまないで、私いまおかしいんだ。どうしてこんなにどきどきしてる?だってこんなの、
まるで恋みたい。
20120302