03,

ベランダのハーブのプランターが倒れ、土がこぼれていた。
恐らく隣で飼っている悪戯好きの猫のせいだろうと思うが、少々気に食わない。
その時から虫の報せというか何というか、何か嫌な予感がしていたのだ。
「名前!!」
薄暗い路地裏に、自分の声が響き渡った。
帰り道を急いでいるらしい名前との通話が不自然な終わり方をしたことに胸騒ぎを覚え、外に飛び出してみれば、大通りから1本奥に入った路地裏から聞き慣れた声が聞こえてきたのである。
シャドウが上げた声に反応し、怯えきった名前と彼女の腕を掴んでいた男たちがこちらを見た。
下品な笑みを顔に貼り付けた男たちは何やら自分を罵倒するような言葉を吐いているが、シャドウの耳には全く入って来なかった。
腕を掴んでいる男のもう片方の手にはぎらぎらと光るサバイバルナイフが握られており、名前の瞳からは今にも涙が零れそうだ。
シャドウは己の中の血が逆流するような怒りを覚えた。それを抑え、シャドウは静かに言葉を発する。
「貴様ら、今すぐ名前から離れろ……これは警告だ」
「ハァ?何言ってんだァ化け物の分際で!!」
「何とでも言えばいい……人間の分際で究極生命体であるこの僕に勝てるならな」

□■□■□

いくら力があっても、どうしようもないことがある。破壊することは出来ても、守ることが出来ない。
守りたいものを守ることが出来た時、自分は初めて真の究極生命体と言えるのではないだろうか。
部屋に帰り、しゃくり上げて泣き始めた名前の背中をさすりながら、シャドウは唇を噛み締めた。
あの場は自分の圧勝で男たちはあっという間に逃げていったが、あと一歩遅かったらと思うと今でも背筋が寒くなる。
「ありがとう……ごめんね、シャドウ……」
「君が謝る必要性はどこにもない。僕の方こそ、もう少し早く駆け付けていれば良かったんだ」
「ううん、そんなことないよ……」
もし、自分が人間だったら、恐怖に涙する彼女を抱きしめることが出来るのに。
自分の方が彼女より身長が低いので、抱きしめると言っても自分が抱き締められているようになってしまうのだ。
そのことが、酷くもどかしい。
いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった名前の頬をシャドウは優しく撫でた。
越えられない、種族の壁がそこにはあった。

100921
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