ひんやりとした廊下の暗さは、どこかあの夜を彷彿とさせる。
世界の命運が2匹のハリネズミに託された、あの夜。
私と彼が離れ離れになってしまった、あの夜。
月日の流れは驚くほど早く、気付いた時にはもうその日から3ヶ月が経過していた。
驚くことに、私はあの夜大きな安心と同時に大きな喪失感を得たというのに、次の日にはいつも通りに起床して仕事に行ったのだ。
どんな顔で今まで仕事をしていたか分からないが、きっと酷い顔なのだろう。
そのことは急に下がった業務成績が如実に物語っている。


きっと彼は今の私を見たら、心配して色々と世話を焼いてくれるに違いない。
顔には出さないけれど、彼はとても優しくて心配性だから。
だからあの時、立ちあがった。
そして──……宣言通りに世界を救い、力を使い果たして流星のようにどこかに消えてしまった。
消えた先が海なのか陸なのかは誰にも分からない。
突然取り残された私には何も残らなかった…形に残るものは、何も。あるのは私が彼と過ごした数ヶ月の記憶だけ。
きっと無意識の内にいつか来るであろう別れの時に備えて、形に残るものを欲していたのだと思う。
どんなにちゃっちいものでも良かった、それさえあれば私はきっと大丈夫……そう信じ切っていた。
だけど実際はどうだろう。それがなくても私は普通に生活出来ているし、ちゃんと笑える。
私の中で彼とはそれぐらいの存在だったのだろうか。
「予想はしておったが、やはり酷い顔じゃのう。シャドウが見たら何と言うか」
「きっと怒ると思います。呆れたように」
「わしには未だに理解出来んわい。
何故シャドウがお前のような人間に懐いたのかが」
「それは……私にも何とも」
「……まぁいい。勘違いするでないぞ、これはお前のためではない。シャドウのためにやったことじゃ」
「ええ、それは勿論……チャンスをくれたこと、感謝します。Dr.エッグマン」
「……フン」


シャドウという究極生命体がいて、その隣にはマリアという少女がいた。今、彼女に会うにはちょっと難しいところにいるけれど……私はそのマリアを越える存在にはなれないのだと思う。
色々な意味で、恐らく永遠に。
「……シャドウ……」
案内された先に置いてあるカプセルの中には、あの夜別れたままの姿のシャドウが目を閉じて横たわっていた。
胸の前で組まれているあの夜離れてしまった手も何もかもが、あの夜のままだ。
──ねぇシャドウ、聞いてほしいことがあるの。
私はこの3ヶ月の間に起こった出来事を沢山思い出していく。
あなたが命を懸けて守ってくれたこの世界は、やっぱり今日も汚いことが溢れているけれどそれ以上に希望に満ち溢れているように見える。
みんながまた以前のような生活をしていて、その中で笑ったり、泣いたり、怒ったりしている……そんな世界を。
「また……守ってくれてありがとう……」
あの時あなたの決心を鈍らせるようなことばっかり言ってしまった私を許してほしいとは言わない…言わないけれど、謝らせてほしい。
ちゃんと起きて、立って、呼吸しているあなたの前で。
「……うっ……」
不意にふるりと動いた瞼の下から覗く、赤と黒の瞳。
呼吸音の如く呟かれたその名前に、私はカプセルの前でそっと跪く。
跪いて、下手くそに笑う。
「おはよう、シャドウ」
「……長い夢を……見ていた……」
「どんな夢?元気になったら聞かせてよ」

跪くだけならたやすい

----------------------
SONICシリーズ@シャドウ・ザ・ヘッジホッグ
『エディに追憶』様へ提出。素敵な企画をありがとうございました!

101003
- ナノ -