目が覚めたら、真上には見知らぬ天井が広がっていたうえに、視界が半分ほどしかなかったことは、起きぬけでいまいちはっきりしない私の思考を混乱に陥れるには十分だった。
視界を遮断しているのは何かとその部分に手を当ててみれば、ざらりとした感触が伝わってきて、私の思考はさらに混乱する。
なんだ、これは。ここは、どこ?と塞がっていない方の目を横にずらした時、ぬっと大きな手が伸びてきた。
その手にはピンセットが握られていて、その先端に挟まれている脱脂綿は私が何か言う暇も与えず私の頬を刺激したのだ……しかも結構強い力で。
「い、いたいいたいたい!!」
脱脂綿を押しつけられた部分は猛烈な熱さを持っているようだった。
「……あ?」
地の底から響いてくるような低い声にはあからさまに怒りが含まれている。
私はその声の主が誰かということに気付いた瞬間、出来ることなら一思いに窓枠を飛び越えたいと切実に思った。

私と平和島さんを結びつけているのは私たちの「超怪力」だ。
ある日突然開化した常軌を逸する馬鹿力の存在を個性として早々に割り切っていた私とは違い、平和島さんは自分の力が憎くて憎くて仕方がないらしい。
そんな平和島さんが私に抱いている感情は恐らく、あの忌々しい新宿の情報屋に向けるそれと同じくらいの殺意だ。でなければばったり出会うたびに半殺しにされる説明がつかない。
勘違いして欲しくないところは、私は平和島さんに対して殺意など全く抱いていない点だ。私は同じ力を持つ者同士むしろ仲良くしたいなと思っている。
が、現実は先程言った通りの有様なので、自分の身を守るため仕方なく私は自分を殺そうと自販機を持ちあげる平和島さんに対し応戦している。
そんな何百回目の不毛な殺し合いが、今回は一味違った風に展開した。
殺し合いの最中突如謀ったかのようにビルの上から降り注いできた鉄骨から私が平和島さんを庇ったのだ。
まあ私は超怪力は持っていても平和島さんのような強靭な身体は持っていないので、案の定怪我をしたという訳だ。
「いった!」
「さっきから痛ェ痛ェうぜえ!我慢しろ、我慢!!」
「そ、そんなこと言ったって……」
「チッ!!」
「怪我人に対して舌打ち!?」
血を流して鉄骨の下敷きになった私を見て何を考えたのか、平和島さんは私を自分の家に連れて帰りこうして傷の手当てをしてくれている。
その手つきは相変わらず乱暴だが、その行為自体に優しさを感じていた私は素直に感動していた。
「……早く治しやがれ」
「え」
「全部綺麗に傷が治ったら今度こそ俺が綺麗に殺してやるから」
頭から冷水を浴びたようにぞっと背筋が泡立った。
なんでそんなこというんですか平和島さんという言葉を思っていても声が出ない。
「言っただろ、お前は俺が殺すって」
「だ……だから、私を死なせないために、手当てを……?」
「……どうだろうな」
優しくされた次の瞬間冷たくされるのはかなり心が痛むが、この場合はそんなレベルじゃなかった。
私はそれまで彼に抱いていた「怖い」という感情が実は上辺だけだったのではないかと思う。
断言してもいい、今の平和島さんが今までの中で一番「怖い」。
「は、ははは……きっと私とあなたは相容れないんでしょうね」
「多分な。もうそんな次元はとっくに通り越してんじゃねェのか」
「そうですね、私かあなた……死ぬのはどっちかって次元ですもんね最近は」
だけどこんなにも冷静に会話している私もまた自分で自分が怖くなる。こんな状態の時にちゃんと会話が成立しているなんて、なんて皮肉だ。
「殺すなら綺麗に殺してくださいね」
「任せとけ」
私はあなたから受けた傷を抱いて死んでいくのだろう。
出来れば今すぐにでも殺してほしいと思ったけれど、残念。
私の傷は、まだ癒えない。

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企画『僕等の戦争』様へ提出。素敵な企画をありがとうございました!

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