「すんません、スターフェイズさん。よろしくお願いします」
「いいよ」
「あいつ、起きた時に誰か居ねえと寂しがるんスよ。本人は否定してますけどね」
「本当かい、意外だなあ」
唇は白々しい言葉を紡ぎ、面白くもないのに笑い声を漏らす。申し訳なさそうに向けた背に、思っていることを全部ぶちまけてやりたくなる。
「お前が大した苦労もせずに手に入れたそのポジションは、俺が本当に望んでやまなかったポジションなんだぞ」と。そう言ったらお前はたいそう驚くんだろうな、ザップ。俺だってこんな自分自身に驚いているさ。
靴音をなるべく立てずに向かった先では、仮眠室の名には不釣り合いな程豪華なベッドがあり、色素の薄い金髪のお姫様が寝息を立てている。
眠り姫とでも言えば聞こえはいいが、実際は血を使った分だけ睡眠時間が長くなっていく仕組みだから厄介だ。戦闘が長引いた結果、まるまる3日眠り続けたなんてことも一度や二度じゃない。
彼女が眠っている間にも世界は動いていて、動きを知らない彼女はそれだけ世界に置いていかれている。
目が覚めたら世界が滅んで、俺たちも死んでいる、なんてこともありえるわけだ。
世界は何だって起こるのだから。
ああ、何て哀れなんだろうか。でも俺はそんな哀れな君が好きなんだ。同情なんかじゃなく、本当に。この俺が。片膝を乗せたベッドが微かに揺れる。
なあ、お姫様に恋焦がれる王子様が1人だなんて、一体誰が決めたんだ?
「……ん……」
唇が触れ合う寸前、名前の眉間に皺が寄った。起こしたかと瞬時に身を引くが、閉じられた瞼の下からトルマリンの瞳が現れることはなかった。
代わりに身じろぎと共に白い手が伸びてきて、俺の手に触れた。
「……ザップ……」
形のいい唇から溢れた名前は、今一番聞きたくない男の名前。俺以外の男の名前を呼ばないように、その唇を塞げたらどんなにいいことか。


耳に付けたインカムから聞こえてくるのは戦っている音と、女性の悲鳴だ。
「ああああああああ!」
「名前!」
「ぐっ……クラウスさん!私のことはいいのでッ、密封を……!」
通信が乱れる。現場へ急ぐ俺の目に映ったのは、血界の眷属と戦っていたビルの屋上から名前が落ちている場面だった。上からレオナルドの悲鳴が聞こえる。彼女に自力で着地する余力はもう残っていないのだろう。今回の相手も強敵だった。地面が近くなっても名前の身体はぴくりとも動いていない、このままでは背中から墜落死だ。こんな状況なのに、俺は喜んでいた。
だってまるで彼女が俺の胸の中へ飛び込んでくるようじゃないか!
「さあおいで、お姫様」
俺の腕の中へ。
歓喜で唇を歪めれば辺りの空気が一気に冷たくなる。地面から氷の柱を何本も出して、名前の身体を受け止めた。
「……ゲホッ!」
氷の柱の間に挟まれた名前が苦しそうに咳き込んだ。黒いベストの脇腹の辺りが赤く染まっている。
「スティーブン……さん……」
「やあ、大丈夫かい?」
「何とか……」
逆さまの名前の瞳が助けを求めるように俺を捉えた。お望みどおり助けてあげよう、だけどその分きっちりお礼をもらっても罰は当たらないよな?
「スティーブンさん……?」
こんなチャンスは二度とないだろう。
「名前」
もう俺だって限界なんだよ。
「名前」
さっきだって冷静でいたようで実は心臓が止まる思いだったんだ。
「名前」
もう二度と、こんな思いはさせないでくれ。
「スティーブンさん、やめ」
ああ、やっと触れられた。君の思いを知っていてこんなことをするのだから、責任を取ってあいつなんかよりもずっとずっと君を愛そう。約束するよ。
なあ、俺と名前がこうなってもいいと思っていたから、お前は女遊びを止めなかったんだろう?
「いや……そんな、どうして……」
視界の隅にちらついた銀髪が目障りだ。
「わ、私は……ザップのことが」
溢れた涙を拭い、もう一度、お姫様に誓いのキスを。
もう二度と、邪魔はしてくれるなよ、ザップ。
何だよ、酷い顔だなあ。

わたしは獣、あなたの命が欲しいのです

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Thanks:彼女の為に泣いた
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