※捏造満載

ショーケースに並んでいるのは、高級感のあるハンカチだった。吟味に吟味を重ねてその中の1枚を購入し、ラッピングも施してもらった名前は上機嫌で店を出た。途中の移動屋台でフルーツジュースを買い、鼻歌交じりに目的地へと足を進める。これから会いにいく相手の反応を考えると、自然と顔が綻んだ。そんな名前の腕を、路地から伸びてきた血塗れの手が掴んだ。
「あなたは……」
咄嗟に振り払ったものの、地面に倒れた男性の格好に見覚えがあった名前はしゃがみ込んで男性の顔を覗き込んだ。仰向けに寝転がった男性の腹には大きな銃創がある。アンダースーツにアイガードを付けたその男性は、HLPDMPのポリスーツ部隊の人間だった。
「アンタ……ライブラの……頼む……あの人を、助けてくれ……ロウ警部が……危ない……」
彼の言葉を裏付けるかのように、路地裏の倉庫街の方角から銃声が聞こえてきた。

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パッと目の前に赤が飛び散り、遅れてやってきた激痛に、ダニエルは思わず叫び声を上げた。
撃たれた肩はみるみる赤く染まり、血液が地面を濡らす。油断したと悔やんだところで、状況は絶望的だった。忍ばせておいた無線は先程から無機質なノイズを垂れ流しているし、物陰から出てきたのは人類、異界人問わず重武装した見るからにアウトローな連中だったのだから。
リーダー格の異界人が銃をダニエルに向ける。地面に這い蹲ったまま、ダニエルは彼らを鼻で笑った。
「ヘッ……たかだか人類1人にこんな大人数たァな……俺も偉くなったもんだな」
ついでに中指を立てて挑発すれば、彼らは分りやすく激昂した。挑発したところで、部下の応援も望めぬ今のダニエルに一発逆転の秘策など何も無い。あるとしたならば、それはこの街に溢れかえっている、人智を超えた奇跡というものだろう。無論、奇跡もワゴンセールではないのだからそうそう都合良く起こるものでもないのだが。
「ポリス舐めんじゃねーぞ、クソッタレ共」
例えそうであったとしても、生を諦め、惨めに命乞いをする訳でもなく、吠えずにはいられないのはやはり自分が警察官という職業に誇りを持っているからなのだろうか。遺言にしては随分チープだが、それはそれで悪くない。
引き金に指が掛かり、その時が一気に近付いたと思った、次の瞬間だった。眼前の異界人が横から突っ込んできた何かにぶつかり、身体の骨を鳴らしながら視界から消えていった。沈黙の中、視線を横にずらすとそこには見覚えのあるポリスーツがコンテナの山の中にめり込んでいるではないか。隙間からずるりと異界人だったモノが滑り落ちてくる。唖然とするダニエルの前に、上空からふわりと色素の薄い金髪の女性が降ってきた。
嵌めている指輪の中の赤色が蠢き、意志を持ったように赤い液体が金髪の女性の周りを渦巻く。
「ブライアローズ血泉術」
女性が呟いた言葉に敵意を感じ取ったアウトロー達が咄嗟に銃を構え直すが、それよりも早く、渦巻いた赤い液体が鋭い荊棘の付いた触手に変化して、円状にそれを伸ばした。
「薔薇の下」
アウトロー達から悲鳴が上がる。女性を中心にぐるりと回転したいくつもの触手がアウトロー達の首や四肢を斬り飛ばしていたのだ。辺りは一瞬の内に血の海の地獄絵図と化していた。アウトロー達を葬り、地面に降り立った女性がこちらを振り向き、駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか……!」
女性……名前が地に伏せていたダニエルを抱き起こす。血で汚れるのも厭わずに手早く止血を施した名前に、ダニエルは「……お前、何で……」と朦朧とした意識の中で問い掛けた。
「例え敵でも死なせたくない人が私にもいるってことです」
励ますように名前がダニエルの手を握った。

□■□■□

それからの日々は、全てがとんとん拍子に進んでいった。名前が呼んでいた救急車に負傷した部下達と共に乗せられ、病院に担ぎ込まれ、あれよあれよという間に処置と入院手続きが施され、気が付けばダニエルは広い個室のベッドの上で多くの見舞い品に囲まれていた。
「労災下りるらしいですよ、良かったですねえ」
名前がベッド脇で林檎を剥きながら言い、ダニエルは「おー」と気の抜けた返事を返した。
「ってちょっと待てお前!」
勢い良く身体を起こしたダニエルを名前が「激しく動くと傷口開きますよ」と嗜める。
「何でお前がここにいるんだ!?」
「何でって、お見舞いです」
剥き終わったうさぎ林檎が乗った皿を差し出して微笑む名前にダニエルは信じられないというような視線を向けた。自分達は持ちつ持たれつの関係とはいえ、基本的に敵対関係なのだ。それなのにわざわざ見舞いに来る神経が分からなかった。
「──どうも、警部!具合は如何ですか!これお見舞いです!」
「あら、ありがとうございます」
「い、いえっ!良かったらお二人で食べて下さい!」
それなのに。彼女は見舞いに訪れた部下達ともいつの間にか打ち解けており、談笑までしている始末だ。ダニエルは額に手を当てて唸る。頬を赤らめて帰っていった部下を笑顔で見送った名前が「頭も痛みますか?」と首を傾げた。
「主にお前のおかげでな……!!」
はあと大きな溜息を吐いて、ダニエルは小さな山を築いている見舞い品の数々に視線を移す。公務中に入院したのは何もこれが初めてではないのに、何故こんなにも多くの見舞い品が贈られたのかと思っていたが、先程の部下の様子を見るに原因はどうやら名前にあるらしい。今も、見舞いに訪れた別の部下達が照れた様子で名前と会話している。
「いやあそれにしても警部がこんな美しい女性とお知り合いだったなんて、全く知りませんでしたよ!」
「何でも銀髪褐色肌の入院患者が看護師に手を出しまくってるらしいですから、名前さんも気を付けて下さいねっ!俺達すぐ駆け付けますから!」
「それは頼もしいですね。ではお言葉に甘えて何かあったら遠慮なくお願いします」
名前に微笑まれて浮足立ち、終いには最敬礼までしているのだから、もう警察官としてのプライドも何もあったものではない。名前も名前である。自分以外の警察官を皆篭絡するつもりなのだろうか。
「お前本当にいい性格してるよな」
「ありがとうございます」
「褒めてねえよ。ったく、お前がライブラだって知った暁にゃあいつら大騒ぎするだろうが」
「あら、それならどうしてさっきもその前も皆さんに私がライブラ構成員だって言わなかったんです?」
「……それは」
ぐっと言葉に詰まったのを見透かしたように笑んだ名前に舌打ちを漏らし、ダニエルはがしがしと頭を掻いた。煙草を吹かしたいところだが、辺りには見当たらなかった。ここがどこであるのかを思い出して溜息が漏れる。口が寂しかった。
「なあ」
「はい」
初めから分かっていたとでも言うように的確に林檎の皿を差し出され、ダニエルは悪態をつくのも忘れて思わず「どうも」と礼を言ってしまう。
即座にそれを後悔することだけは忘れなかった。不自然なまでに気が利きすぎているのだ。
今しがた気付いたことだが、彼女の足元にはワイシャツや靴下、ネクタイといった着替えが覗いているボストンバッグが置かれている。
「……お前は俺の女房かよ……」
堪らず口をついた本音に名前が声を上げて笑う。
「あははは!私じゃあなたを不幸にするだけですよ、警部さん」
「確かにそれは言えてるかもな。お前と居ると命がいくつあっても足りない」
「婚姻関係は無理でも……たまに一緒にご飯を食べる仲になるぐらいなら、なれそうな気がしませんか?」
名前の言葉を聞いてピンときたダニエルは恨みがましい視線を名前に向けた。
「お前……最初からそれが目的だったな……!?」
「あら、そんなことはないですよ。私は純粋に警部を心配してここに通ってるんですから。ついでに知り合いも入院していたみたいですし」
「全力で嘘くせえよ…………だが、まあ1回ぐらいなら付き合ってやらんこともない。お前には借りがあるからな……そうだな、とりあえず焼肉でいいか?」
「勿論!」
そうやって軽率に心底嬉しそうな笑顔を見せるものだから、勘違いしてしまいそうになるのだ。ドキリと高鳴った胸の鼓動は、気のせいであると思いたかった。
「ここのお肉美味しいですね!そういえば昇進なさったそうで。おめでとうございます」
「……おう」
後日、署員の間を「ロウ警部が美女と焼肉屋でデートをしてプレゼントまで貰っていた」という噂が光の速さで駆け巡ったのは言うまでもない。

彼女の心臓は二度笑う

150518
Thanks:彼女の為に泣いた
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