※新キャストキャラのみ

銭形と初対面

「そういえば面と向かって話すのは初めてかしら」
「ん?あぁ、そうだな」
「名字名前よ。よろしくね、銭形警部」
「盗人の仲間と仲良くするつもりはないぞ」
「あら、残念」
鉄格子越しにくすりと笑いを溢した女を、銭形は怪訝な目で見つめた。宿敵率いる一味に最近加入したばかりという彼女についての情報は断片的なものしか上がってきていなかった。"謎の女剣士"と名付けたマスコミが繰り返し放送しているのは自分たちもまだ把握していない情報ばかり。
普段は極力マスコミと関わることを避けるのだが、彼女の情報についてはマスコミに助けられている面がかなり大きい。転んでもただで起きないずる賢い奴らのことだ、どうせ10倍返しでもせねばたちまち気分を損ね、好き勝手書き立てるに違いない。
ガチャガチャと鎖が立てる音にハッとした銭形は思わず振り返ったが、すぐに慌てて前を向いた。名前が"不届き者たち"によって無理矢理開けられたシャツのボタンを、手錠を嵌められた両手で器用にかけ直していた。黒いシャツの合間から覗く、抜けるような白さの素肌が酷く艶かしい。
「や、奴らのことはきちんと上に報告しておく!
すまなかったな、怖い思いをさせて」
「あら、別に気にしなくても良いのに。わざわざありがとう」
「どんな盗人にも人権はあるからな」
「優しいのね」
「警察官として当然のことだ」
それよりルパンたちはいつお前さんを助けに現れるんだ!?と凄む銭形に、名前は苦笑し首を横に振る。
「今日かもしれないし明日かもね。あるいは……もう来てたりして」
「なにィ!?」
「物の例えよ、私が知るわけないでしょう」
「うぬぬ…!!」
すっかり遊ばれてしまっている銭形は眉間に皺を寄せて名前を睨む。敵陣のど真ん中にいても特に慌てる様子もないこの女は肝が座っているのか、それともただの馬鹿なのか。現時点では判別は不可能だった。
「お前さん、昔から裏稼業で飯を食ってきたのか」
「そういう時期もあったけど今は善良な一般市民よ?」
「善良な一般市民は盗人の片棒を担いだりはせん」
「心外ね、今はお芝居が趣味の一般市民を演じてる時間の方が多いっていうのに」
やはり裏稼業に精通していたか、と銭形はひっそりと唇を噛む。選りすぐりの美術品ばかりを盗むだけあるのか、あの大泥棒の人を見る目は確かだ。
「おのれルパンめ……」
不二子のように泣きわめく訳でもしおらしくしている訳でもない、厄介そうな女を見つけやがって。
派手な音と共にミサイルが着弾し、どさくさに紛れて名前が留置場から脱走するのはこの後すぐのことだ。



不二子とショッピング

ピンク色の塗装が施された大型バイクはパトカーのサイレン音とは反対の方角へと向かっている。
バイクの後部座席に乗っている名前は後ろを振り返った。高層ビルの隙間から先程まで自分たちが乗っていたヘリが見える。銭形を始めとする警察はあのヘリがダミーとは知らずどこまでも追いかけるつもりなのだろうか。
「ねえ、ルパンたちは無事なの?」
「さあね!私はあなたたちが何を盗んだのか一切知らされてないもの!私が助けに行くことは連絡したけどね!」
バイクを運転している不二子の言葉には棘があった。名前はその態度に確信めいたものを感じ、密かに溜め息をついた。
ルパンはまた彼女に黙って盗みの計画を立てたのだと。
「なら……どうして私を助けてくれたの?」
「何よ、ルパンたちに助けてもらった方が良かったって言うつもり?」
「違うわ、だってあなたは私のこと……」
名前のその先の言葉に、不二子は沈黙で答えたのだった。

□■□■□

名前にとって峰不二子とは少し取っ付きにくい同性だった。
そう感じる背景には、彼女の纏う華やかな雰囲気は常に相手を魅力するが、女性らしさに溢れたその雰囲気に気圧されてしまっていること、2人が初めて出会った日のやり取りが未だに名前の中で尾を引いているからという事実が挙げられる。結局、一歩舞台から降りてしまえば、ビジネス以外の人付き合い1つまともに出来ない自分は本当に臆病だと痛感することになるのだ。
数十点におよぶ洋服を金色のカードで支払った不二子が名前の腕を掴んで向かった先は、電子音響くゲームセンターだった。驚いている名前をよそに不二子はプリクラコーナーに入ると、その内の1台に名前を押し込む。
「プリクラ撮るの?」
「そうよ、悪い?」
不二子はてきぱきとフレームや背景を選んでいく。
「さっきの質問だけどね、確かに私あなたのことが嫌いよ」
「……そう」
「いつまでも過去にこだわってるところが嫌い」
「え?」
不二子は画面から指を離した。それと同時に機械が撮影開始を告げる。
「過去にこだわってる女はつまらないわ。女は前だけ見て、笑ってりゃいいのよ」
だから私の前でももっと笑いなさいよ、名前という不二子の言葉と共に、シャッターが切れた。彼女の言葉が、記憶の中の人物の言葉と重なる。

「綺麗に撮れてるじゃない、今のプリクラってすごいのね」
「ええ」
「──でもやっぱり、私の方がいい女ね。
結局彼にあの言葉を撤回させることは出来なかったけど」
それは2人が出会うきっかけとなった出来事を指す言葉だった。それに気付いた名前が顔を上げると、不二子は笑って名前にウィンクをする。可愛らしくデコレーションされたプリクラには笑顔の女性が2人、映っていた。不二子がプリクラのおまけで付いてきた小さな箱の中身を確かめている横で、嬉しそうにプリクラを眺めていた名前の腕が不意に誰かに掴まれる。瞬時に腕を振り払い振り返った先には、鬼のような形相をした石川五右ェ門が立っていた。



五右ェ門に怒られる

「一体どこをほっつき歩いておったのだ!!」
滅多に大声を出さない五右ェ門の剣幕に、怒られている名前だけでなく近くにいたルパンや次元までもが肩を竦めていた。
苛立ちを隠さぬまま、足音荒くアジトから出ていった背中は今や小さく、哀愁さえ漂わせている。
「心配かけて、ごめんね」
一向に振り向こうとしない背中に向かってそう言えば少しだけ丸まった背中がわずかに揺れた。ショッピングに赴く前に不二子が言っていたことは半分嘘で、名前を留置場から助け出したことはルパンたちに伝えていなかったのだ。彼女曰く、「連絡したら五右ェ門が飛んできて女同士の話もあったもんじゃなくなるから」という思いがあったらしいのだがそれ故の行動が結果的に五右ェ門を激怒させてしまったのだった。
アジトのあるマンションの屋上であるこの場所には心地好い風が吹き抜ける。
しばらくその風の音以外の音が止んだ沈黙を溜め息で破ったのは五右ェ門だった。
「──拙者もまだまだ修行が足りぬ。もう少し、冷静になるべきであった」
「いいえ、そんなことないわ。逆の立場だったら私だって怒ってた」
「大体お主は己の身を省みておらぬことが多すぎる。囮など、いくら銭形とは言え捕まったら何をされるか分からぬのだぞ」
「それは……確かにそうだったかも……」
「何かされたのかっ」
勢い良く振り向いた五右ェ門の鬼気迫る表情に驚きつつ、名前は慌てて首を横に振る。あの警官たちは一応叩きのめしたし、銭形も上層部にきちんと報告すると約束してくれた。今事情を話せば警官たちの「本物の」首が飛ぶ結果になるのは目に見えている。
「五右ェ門、心配してくれてありがとう。嬉しかった」
「心配されることが嬉しいのか……?」
「うん、ちょっとだけ。心配してくれるってことは少しでも私のことを思ってくれてるってことなのかなって」
「……よく分からぬ」
日没が近づき、冷たく強くなってきた風が2人の髪の毛を揺らした。五右ェ門は立ち上がり、扉の方へと歩いていく。
「拙者は心配することはあまり好まぬ。風邪を引く前に戻るぞ」
「はいはい」
いつの間にかすっかりいつもの調子を取り戻していた五右ェ門に苦笑し、名前も屋上を後にした。



120213
Thanks:不在証明
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