閉じたカーテンの隙間からいつの間にか朝日が射し込んでいた。小鳥のさえずりも聞こえてくるような気がする。
ああ、今日も寝られなかったのかと他人事のように考え、パソコンのキーを叩く。
画面に映し出されている研究レポートは、長い考察を経てようやく結論に入るところまで来ていた。
普通は1週間程かけるところを2日徹夜してゼロの状態から今日1日あれば終わるところまで進めた甲斐があったというものだ。これで晴れて明日彼氏と一緒に出掛けることが出来るのだから。
その彼氏は私より何倍も真面目に社会人生活を送っている人間なのでそろそろ起き出してくる時間である。休みの日ぐらいゆっくり寝ていれば良いのに、決まった時間に目が覚めるようになってしまったらしい。
「──随分早起きだな……ってまさか、今日も寝てないのか……?」
「今夜は寝るよ?おはよう拓也」
「ああ……おはよう」
噂をすれば何とやらだ。
まだ少し眠そうな表情で寝室から出てきた彼氏…拓也に挨拶をして、私はテーブルの一角に築かれたレポートに必要なメモや資料の山を手早く片付けた。
顔を洗った拓也はキッチンにあるコーヒーメーカーでコーヒーを作り始めている。
「そういえば昨日散々探し回っていた論文は見つかったのか?」
「論文を書く時に使ったメモや資料は出てきたんだけど……完成したものが見つからないのよね」
「大丈夫なのか、それで」
「大丈夫よ、データや考察を参考にする程度だから」
朝食の準備をしようと立ち上がった瞬間、思わず足元がふらついた。のんびりと出来立てのコーヒーを飲んでいた拓也が驚いた表情で駆け寄ってくる。
「やっぱり少しは寝た方がいい……寝室まで運ぶぞ」
「いい、今寝たら絶対明日まで寝ちゃう」
「それでも身体を壊すよりましだ」
「それじゃ必死にあそこまで仕上げた意味が無くなるの」
支えてくれている拓也の肩をそっと押す。
拓也は私が意地っ張りだと知っているからそれ以上は何もしなかったしこの件に関しては何も言わなかった。
「その代わり今日の朝食は俺が作る」
「え!?でもっ」
「仕上げのために体力は温存しておいた方がいいだろう?」
「……そうね……ありがとう」
あとで埋め合わせすることを約束し、パソコンを持ってソファに移動した。

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ソファに座ってレポートを進めていたら次第に甘い匂いがキッチンの方からしてきたので、まさかと思いながらちょっと期待して待っていたら。
「疲れた時には甘いものだ」
「わあ、美味しそう」
プラスチックのお皿に乗って出されたのは綺麗な狐色をしたパンケーキだった。
もちろん、拓也のお手製。
「拓也のパンケーキ、私大好き」
「普通のパンケーキと特に変わらないと思うが」
「私じゃこんなに綺麗に焼けないもの」
「確かに、否定はしないな」
冷蔵庫からマーガリンと蜂蜜を持ってきた拓也が悪戯っぽく笑う。私はいい加減な人間だから、「料理なんて食べられればなんぼ」と見てくれにはあまりこだわらない。
ただ、朝からちょっと見てくれにこだわらない料理を出すのは気が引けるので、私が当番の時はパンとソーセージと野菜スープが定番メニューである。これなら見てくれが悪かろうがあまり気にならないし何より失敗がない。
拓也はこの通り料理もきちんと作るから、いつも見た目も味もいい料理を作ってくれるんだけど。
「冷めない内に食べよう」
「うん」
2人で向かい合ってこうして食卓を囲むことにも違和感がなくなってきた。
結婚したら、こんな風景が当たり前になるのか。
いや、そもそも拓也と私が結婚するビジョンが想像出来ない。
拓也のことは大好きだけど、別に結婚しなくても一緒にいられるならそっちの方がいい。もし結婚して何かが変わるなら、私は結婚なんてしない。
今のままでも、私は十分幸せだから。
「ねえ拓也。レポートを今日頑張って終わらせるから、明日出掛けない?」
拓也はパンケーキを切っていた手を止めて私を見た。突然の私のお誘いは全く予想していなかったものらしいく、驚いた表情もかっこいい。
数テンポ遅れて拓也が返事を返すまでの間、私は蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキをフォークで刺して頬張る。
……ちょっと蜂蜜をかけすぎたようだ。
「あまい」

論文と蜂蜜

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企画「アタラクシア」様へ提出。
素敵な企画をありがとうございました!

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