※申し訳程度にOAD1章「汗血恋路」ネタを含みます

△最初の魔法に呪文はいらない

温かくてふわふわと柔らかく、甘い匂いがする。
「ダリューン……」
どこかで自分を呼ぶ声がした。その声に誘われるように声を出そうとしたところで、ダリューンの意識は覚醒した。
「……夢か……」
視界に映ったのは見慣れた自室の天井で、窓からは朝日が射し込んでいる。半裸で寝ていたことに気付き、服を着るべく起き上がるが、その瞬間酷い頭痛を覚えて寝台に逆戻りしてしまう。
「うっ…………飲み過ぎた……」
ようやく正常に機能し始めた頭で昨夜の記憶を遡り、頭痛の原因に思い至ったダリューンは己の失態を悔やんで唸った。
よくよく思い返してみれば、アルスラーンも飲み過ぎで途中で退席していたが、今朝は大丈夫だろうか。
何とか再度起き上がり、服を着たところで扉が叩かれ、皿の乗った盆を持った名前が入ってきた。
「おはよう、お寝坊さん」
「ああ……返す言葉も無い……っ」
「駄目よ、急に動いたら」
盆を卓に置いた名前に慌てて支えられ、そのまま寝台に寝かされてしまう。
「陛下なら、二日酔いもなくお元気でいらっしゃるから大丈夫よ」
「そうか……ならば良いが……」
伴侶として連れ添った功名とも言うべきだろうか。
名前の細やかな気遣いや察しの良さに、ダリューンは随分と助けられてきていた。それに報いるのは勿論、たまには悪戯心を発揮して甘えてみたくなる時もある。
「朝食は食べられそう?二日酔いに効くものを用意したのだけれど」
「貴女が食べさせてくれると言うなら食べられるぞ」
「あら成る程、いらないのね」
「すまん俺が悪かった、食べるぞ!自分で」
だが、今回は間が悪かったようで冗談めかした言葉はばっさりと一刀両断されてしまった。機嫌が悪いのかもしれない。
寝台に腰掛けている名前に手を伸ばし、ダリューンは緩く結われた髪が流れる首筋に赤い痕を見つけて撫でた。よく思い出せないが、広間から戻って眠るまでの間に自分は楽しんだらしい。それであれば、半裸で眠っていたことにも合点がいく。
「……名前、昨夜俺は酔って何か嫌な思いをさせたか……?」
「そうね、酷く酔っ払っていてお部屋まで運んでお水を飲ませたり色々大変だったけれど、無理矢理何かしたということは特にないわ」
「……本当に、すまなかった……」
「良いのよ、もう済んだことですもの。今日はお互いお休みだし、ゆっくりしましょう」
「恩に着る……」
男としての威厳もへったくれもない状況に、ダリューンの胸に終わりのない後悔が押し寄せた。
手で顔を覆って唸るダリューンの乱れた髪を、名前が優しく梳いている。
「酒は飲んでも何とやらだな……情けない……」
「誰にでも間違いはあるものよ。それに昨夜のお酒、私も頂いたけれどとっても美味しかったもの。市に出回るようになったら買ってぜひ一緒に飲みたいわ」
「それは名案だな、その時は俺が介抱役を務めさせて頂こう」
「まあ、私が飲み過ぎて潰れる前提なのね!」
「たまには世話をされる側というのも一興だろう?」
名前と顔を見合わせて笑う声が、明るく響いた。

□■□■□

「ねえダリューン」
「何だ?」
玉子と蜂蜜が入った粥を食べ終わり、食器を片付けていた名前がふと口を開いた。
「ええと……これは、貴方自身が考えに考えて出した結論で、今となっては過去のお話だし、私が口を挟む権利は無いことは十分承知しているのだけれど、どうしても気になってしまって」
「おいおい……いきなりどうした?」
真剣さと不安が入り混じった表情の名前に驚いたダリューンは目を白黒させる。名前は俯き服の生地を弄って言い澱んでいたが、意を決したのか顔を上げて口を開いた。
「昨夜、陛下が仰っていたのよ。貴方が万騎長になったのは、今は亡き好いた貴族の女性のためだと……」
「……待て待て、一体何の話だ。俺は陛下に万騎長を目指した理由を話したことは1度も無いし、理由も異なっている。全くの出鱈目だ」
「そうなの?」
「全く……陛下と貴女の純粋なお心を弄んだ不埒な輩がいるようだな」
慰めるために頬に伸ばしたダリューンの手に、名前が自身の手を愛おしげにそっと重ねた。
「この前、好いた女性に贈る花を選んで欲しいという兵士の方にお会いして、結婚する前によく貴方に花を選んでいたことを思い出したのよ」
「……それは」
「陛下のお話を聞いて、もしかして貴方はその貴族の女性のお墓に供える花を求めていたのではないかと思ったのだけれど……」
「それは違う。違うが……」
言葉を切り、視線を彷徨わせたダリューンに名前が首を傾げる。言えない理由に疑われるようなことは何も無いのだが、口にするには自身の尊厳がどうしても邪魔をする。
「ダリューン?」
「…………名前、理由を言っても笑わないか?女々しい男だと」
「笑わないわ。可愛い人とは思うかもしれないけれど」
「可愛い」という言葉は男のダリューンにはむず痒いので、どうせならば「格好良い」と言って欲しいのが本音ではあるのだが、これから自分が意を決して告げるかもしれない理由はどう解釈しても、格好良さからはかけ離れている。
ままならぬ、とダリューンが眉間に皺を寄せたことに気付いた名前が苦笑すると頬に触れていたダリューンの指にそっと口付け始めた。
1本1本丁寧に口付けられたかと思うと、今度は手首が取られて、赤い唇が肌の上を滑っていく。身体の奥底から湧き上がる感覚にダリューンは思わず小さく息を呑んだ。
唇の動きに気を取られている隙に指同士はしっかりと絡められて、寝台に縫い付けられている。
ダリューンがその気になれば解くことは容易いが、寝台に片膝を乗せて蠱惑的な笑みで近付いてくる妻から目を逸らすことが出来ない。
「貴方は私を煽るのが上手とよく仰るけれど……貴方も負けていないと思うわ」
「う……」
あと少しで唇同士が触れ合う距離で、名前が囁く。
「それとも……焦らされるのがお好きなのかしら?」
細く長い指がダリューンの顎の線を悩ましげに往復する。
弧を描くその唇にかぶりついてしまいたい衝動に駆られて動くも、寸前で巧みに躱されて触れることは叶わなかった。
「ダリューン、貴方の秘密を私だけに教えて?」
自らが作った陰の中で妖しく煌めく深紅色の瞳がダリューンを真っ直ぐに射抜けば、もう何も出来なかった。
敗北を悟って嘆息し、ダリューンは言葉を紡ぐ。
後の妻となる女性と出会ったばかりの頃の思いのひと欠片を改めて本人に告げるのはやはり気恥ずかしく、語り終えるとダリューンは即座に名前から視線を外した。
やはりいつものように「可愛い人ね」と揶揄われるのだろうと身構えて反応を待つが、一向に反応がない。
恐る恐る視線を名前へと戻したダリューンが
「名前……?」と戸惑いがちに名前を呼ぶと、名前が顔を上げたが、ダリューンは彼女が浮かべている表情に驚いて瞠目する。
「あ……」
先程までの余裕はすっかり形を潜め、頬から耳まで真っ赤に染めて恥じらう愛妻の姿がそこにはあった。
思いもよらぬ初な反応にダリューンが固まっていると、我に返った名前が心底慌てた様子で「みっ、見ないで下さい!」と叫んで両手で顔を覆った。
手の隙間から「ああああもう、何てこと……!!」と呟く声が聞こえてくる。
「名前、顔を」
「絶対に嫌です!貴方は紳士でいるようで実はとっても極悪人なのだわ、だって」
上体を起こしたダリューンは名前に向かって腕を伸ばし、顔を覆っている手を退かした。
「貴方は出会った頃から変わらずにいつも私の心を1つ残らず奪っていくのだもの」
そう言って抱き着いてきた名前を受け止めた反動で、ダリューンの身体は再び寝台の上に横たわってしまう。
「……苦しくなるわ、貴方を好きって気持ちがどんどん増していく。いつか溢れてしまいそう」
「では、溢れてしまった分は俺が掬おうではないか。いずれ貰えるものなのだ、少しくらい先に貰っても罰は当たらぬだろう?」
ダリューンは名前を抱き締めたまま横向きになって、額や鼻の頭に唇を落としていく。
「その代わりと言ってはなんだが、俺の溢れた分を掬ってくれ」
「もちろんよ、任せて」
「頼もしいな」
きりりとした表情で頷いた名前が一転して甘えるように胸に頭を擦り寄せてきたので、ダリューンは再び額に唇を落としながら目を閉じる。
感じる温もりや匂いは、穏やかな愛おしさを喚起させる甘く優しい誘惑そのものだ。
或いはお互いにもうとっくに気持ちは溢れていて、溢れた分を掬っては相手に差し出している状態なのかもしれない。
両手にいっぱいの花を抱えて駆ける名前の腕の中から落ちた一輪を拾って差し出したかの日を不意に思い出して、ダリューンは口元を綻ばせた。
恥ずかしそうにはにかんだあの笑顔を見てから幾星霜、今や望むがままに全てを手に入れたというのに、欲望は留まることを知らずにいる己のなんと罪深きことか。理由に妻が絡むのであれば、どこまでも貪欲になれるだろう。
願わくば彼女も同じようにどこまでも貪欲に自分を求めて欲しい、太陽のように眩しいあの笑顔を携えて。
胸に渦巻く仄暗い欲望を紳士的な態度で覆い隠して、ダリューンは名前を強く抱き締めた。



▽おとがめは夜のうちに

それは今年最初の葡萄酒が献上された宴の席での出来事だった。ルシタニアに国土を蹂躙され、復興と再建に励む中、届けられた葡萄酒は戦前と変わらぬ美味しさであり、今は亡き戦友や家族と杯を交わした者達は失われた日々を思い出していた。
それでも皆の表情が明るいのは、後に「解放王」として名を残すパルスの新たな王、アルスラーンという確固たる希望があるからだろう。まだ20にも満たぬ年若い王は臣下と共に昼夜忙しなく動き回り、パルスの復興と再建に心血を注いでいる。
そんな姿を見て、奮起せぬ臣下はいない。「私には過ぎた程優秀な仲間だ」とはかの王張本人の弁である。
王にしては謙虚で優しい彼の行く道の先に、溢れんばかりの光があることを、彼の掲げた旗の下に集った臣下は皆心から信じているのだった。
日頃の労いも込められた宴は賑やかに行われ、皆が笑い、酒と料理に舌鼓を打った。
そうして程よく酒が回り、宴もたけなわといった頃だった。アルスラーンも肩の力を抜いて楽しんでいたからなのか、葡萄酒をいつものように果物の汁で割らずにそのまま飲み、どうやら酔ってしまったらしい。
酒の力で饒舌になった彼が語る、王になるまでの旅路の思い出話を彼より年長の多くの臣下は微笑ましく聞いていたのだが、不意に飛び出した次の言葉に、彼らは酒を噴き出すこととなる。
「そういえばダリューンは好いた貴族の女性のために万騎長となったのだったな……彼女もきっと向こうでダリューンの武勲を喜んでいるだろう……うん?ああいけない、これは誰にも話してはならなかったな……」
周囲が真意を問いただすよりも早く、アルスラーンは糸が切れたように瞼を閉じて眠り始めてしまい、慌てて傍に駆け寄り介抱するエラム以外の面々は魔術にかかったかのように凍りついていた。
いち早く我に返ったのはナルサスで、近くで空いた皿を片付けていた名前の方を勢い良く振り返った。
名前とダリューンは仲睦まじい夫婦とされているが、その実どちらも過保護で嫉妬深い2人であることは夫婦と親しい者以外にはあまり知られていない。
当の名前は片付ける手を止めて、兵士とエラムに抱えられ退室していくアルスラーンを心配そうに見つめていた。
名前の先にいるイスファーンすら固まって杯の酒を絨毯に飲ませているのだから、全く聞こえなかったということはないだろう。
そもそもアルスラーンの最初の言葉を聞いた時点で皆で笑って流していれば良かったのだが、武骨な戦士として戦場では一騎当千の活躍を見せ、戦場以外では傍から見ても明らかに妻である女性を溺愛している普段の姿からは想像もつかない過去だったのだ。
「……ダリューンもなかなかやるな……」
普段であればすぐに笑って茶化しにかかるクバードも流石に驚いたらしく、何故か滝のような汗を流しているギーヴの隣で名前には聞こえぬ声量で呟くのみに留まっている程だ。
何はともあれ、この場に集っているのは百戦錬磨の猛者達であり、まだ子供の年齢であるエラムとアルフリードを除けば皆それぞれ男女間の酸いも甘いもそれなりに経験してきた大人である。
「表面上は明るく笑い、衝撃の事実には触れずに宴を終える」ということで皆の意見は無言の内に一致した。
「あれ、名前。ダリューン卿は?」
「少し中座されておりますわ」
「ふうん」
アルフリードと名前の会話に広間に一瞬緊張が走ったが、惨事には至らず胸を撫で下ろすと共に、皆は決意を新たに頷き合う。
──今ちょうど中座しているダリューンが戻って来ても、先程のことには決して言及してはならない。
特に、ダリューン以外の妻帯者であるキシュワードとトゥースがまるで自身のことのように冷や汗を流して力強く頷いていることが、大きな説得力となっていた。
2人ともダリューンには劣るものの相当に腕の立つ戦士であるが故に、彼らを無条件で恐れさせる妻の存在が際立つのだ、彼らほど「妻の怒り」の恐ろしさを雄弁に語る者はいないだろう。
その後、本人の知らぬところで渦中の人物となっていたダリューンが席に戻り、若干のぎこちなさが残りつつも宴は再開された。積極的に忘れようという気持ちが働いたのか、終わる頃には男性陣はすっかり皆酔い潰れていた。
「飲み過ぎだよ全く!」
憤慨するアルフリードの横でファランギースがぼそりと呟く。
「まあ気持ちは分からんでもないがな……」
「ダリューン様、しっかりなさって。立てますか?もう、飲みすぎですよ……」
例に漏れず酔いつぶれたダリューンに声を掛けて立ち上がらせ、名前はアルフリードとファランギースに一礼してダリューンと共に広間を後にした。
「……大丈夫かなあ」
「先程の陛下のお言葉のことか?」
「うん……過去のこととは言え、あたしだったらちょっと気にしちゃうよ」
名前と彼女に支えられているダリューンの小さくなっていく背中を見送りながら、アルフリードが言った。
「だって、亡くなった人にはどう頑張ったって敵わないし、人生の転機に関わるようなことだったら尚更だよ」
「そうじゃの……じゃが、私はあの2人であれば然程問題にならぬのではと思う」
「どうして?」
「お主も見ていて分かるのではないか?本人達はどうであるかは知らぬが、あの2人はお互いのことしか見えておらぬ。今更波風が立ったところで、お互いの愛を確認し合う機会になるだけであろう。お主もそう思わぬか、ギーヴ?」
ファランギースの怜悧な瞳が、そそくさと広間から去ろうとしていた吟遊詩人の背中を捉える。やけにしっかりしている足取りは曲者らしく酔い潰れた演技をしていた賜物であろう。
ぎくりと肩を揺らしたギーヴは振り返って、「ははは、そうですなあファランギース殿の仰る通り!幾多の困難を乗り越え結ばれたあの2人であれば、今回の件など些細なことでしょうなあ!」と軽薄な笑みを浮かべた。
ギーヴの反応に大きな溜め息を吐いたファランギースは、「明日きちんと陛下とダリューン卿と名前に謝罪することじゃ。……五体満足で戻れると良いがな」と不穏な一言を残して踵を返した。
「凄い、精霊って嘘も見抜けるんだね!」とアルフリードが純粋な賞賛から、ギーヴには追い討ちとなる言葉を発して後に続いた。
「どうやらそうらしいな……まさか陛下もあんな昔の嘘を覚えておいでとは……全く、恐れ入る」
頭を掻いて呟いたギーヴの溜め息が深夜の広間に虚しく響いたのだった。

□■□■□

心で感じていることと、身体で感じていることが合致せず、それどころか互いに反する瞬間がある。
心も身体も紛れもなく自分を構成するものであるというのに、実にままならぬものだと、名前は考える。
理不尽に対する苛立ちにも似た、だが怒りはなく、もどかしさも含む何とも言えぬ感情を抱く一番の瞬間は、こうして愛する夫であるダリューンに意図せず押し倒される瞬間だった。
今夜の夫は献上された今年最初の葡萄酒をしこたま飲んでいて、珍しく酔っていた。
余程酒が回っているのか、部屋まで戻る足取りも怪しかったため、名前が肩を貸して部屋まで運んだ程だ。
明日は確実に二日酔いに苦しめられるであろう夫の身を案じた名前が手早く水を飲ませるまでは大人しくしていたというのに、いざ寝台に横たえ、一息というところで腕を引かれ、気付けば名前自身が寝台に横たわっている始末である。
当然、上では酒精で赤らんだ頬のダリューンが、悪戯を思いついた幼子のような楽しそうな表情を浮かべていた。
「だ、ダリューン、今日は流石に駄目よ」
これはまずいと起き上がろうとした手は即座に大きな手に捕えられ、指を絡ませられてしまう。
ダリューンのもう片方の手が首筋をなぞり、その熱さに名前の身体がびくりと反応する。
「美味そうだな」
反応を楽しむように手を上下させているダリューンが笑みを深くする。
「お願いだから止めて」と言おうとした唇は、濃厚な口付けに言葉を封じられてしまう。
手と同じように熱い舌に翻弄されながらも、心は「止めて」と叫んでいるのに、肝心の身体は動かず、それどころか愛撫に応えるように徐々に昂り始めているのだから、始末に負えない。
「ん、う」
熱い、暑い。この熱はどちらが発するものなのか、早くも曖昧になってきている。投げ出された脚の間にダリューンの身体が割って入り、捲れ上がった裾から侵入した手が緩慢な動きで太腿を撫でるので、名前は身を捩る。
「あ、だ、め、だったらあ……」
すっかり抵抗する力を失ったことで名前の手は解放されたが、両手が自由になったダリューンは唇を離すと己の上衣を脱ぎ捨てて、名前の服も脱がしにかかっていた。あっという間に裸に剥かれ、名前はもう後戻りは出来ないことをこれまでの経験から悟った。
目の前の男によって、彼の好みに、望むように乱れるように、じっくりと時間を掛けて仕込まれた身体はいくら心では拒否したとしても勝手に快楽を求め、昂っては男を煽るのだ。
ダリューンの唇が首筋を辿り、痕を残しながら下へ下へと降りていく。彼の掌に収まる控えめな大きさの乳房の頂に与えられた刺激に、名前は息を飲んで背を反らした。手で揉まれたり、唇で刺激を与えられ、いよいよ正常な思考が出来なくなった名前の手が縋るように伸びて、ダリューンの筋肉に覆われた背中に至る。
声は上擦り、脚は敷布に幾重にも皺を作っていた。
明日は2人揃って朝寝坊だろう。
「ん、だりゅ……」
快楽の海に沈みかけながらうわ言のように呼んだ名前に反応したダリューンが、胸元から唇を離して妖しく笑う。
「可愛い声だな、もっと呼んでくれ」
「は……っ」
そうして焦らすような愛撫が再開されたのだが、ある時を境にダリューンの動きが止まり、不審に思った名前は首を起こした。
「ダリューン……?」
胸元から顔を上げない夫の名前を呼んでみるが返事はない。やがて静まり返った空間に自分のものでない寝息が聞こえてきたことで、名前は全てを理解した。それと同時に沸き上がってきたのは、脱力感と散々焦らしてその気にさせておいて、肝心なところでお預けにする自分勝手な夫への怒りだった。
「──ああ、もうっ!」
名前とて聖人ではないので、沸き立った怒りに任せて頭上の枕でダリューンの頭を殴ると、さっさと寝台から降りて服を着た。相変わらずダリューンは上半身裸でうつ伏せになって眠っており、目を覚ます気配は無い。その寝顔はあどけなく、剣を握る時の鋭さは微塵も感じられないものだった。
「全く、酷い人なんだから」
それでも、可愛らしい寝顔に絆されて許してしまう程度には、この心も身体も、ダリューンという1人の男を愛してしまっている。
枕元に水差しを置き、名前は眠っているダリューンの額に唇を落として部屋の明かりを消す。
怒りは収まったが一緒の寝台で眠らないことが、夫への小さな仕返しだった。

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Thanks:徒野

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