04,

代わりなど、いるはずもないのだ。
大陸公路広しといえど、同性同名の人間が何人もいたとしても、妻に選んだ女性はたった1人だ。
その愛を疑われたことは、とても衝撃的だった。
王都付近で隊商が多数の盗賊団に襲われているとの報せを受けて、ダリューンはすぐさま部下を率いて王宮を飛び出した。こうした騒ぎは何度か起こっているのだが、今回は盗賊団側も頭を使ったらしく、盗賊団同士で結託し同盟を組んで隊商を襲ったようだ。
「数で押せば勝てるなど、我らも甘く見られたものですな!」
「ああ」
宵闇の中を騎行中、黒い短髪の騎士に話しかけられて、ダリューンは短く返事を返したが騎士の次の言葉に思わず肩越しに振り返った。
「しかもダリューン様の未来が懸かったこの大変な時に!」
「……どういう意味だ?」
「おや、しらを切るおつもりですか?仲違いされたのでしょう、名前様と」
短髪の騎士、ベフルーズはそう言ってどこか楽しそうな視線をダリューンへと向けた。
この騎士は元は地方領主の次男坊だったが、一目惚れした名前を巻き込んでの騒動を経てアルスラーンの目に留まり、ダリューン配下の騎士見習いとなった。今ではからきしだった剣の腕をダリューンによって何とか実戦でも立ち回れるまでに叩き込まれ、見事に武勲を上げて晴れて正式な騎士と名乗っている。
「何故それを知っている……!!」
「この耳は名前様のどんな小さなお声をも聞きもらさぬために大きくなっておりますので、自然と耳に入ってきてしまうのですよ」
ベフルーズはダリューンの視線をもろともせずにそう言ってのけた。
彼は名前がダリューンの妻であると知ってもなお隙あらば彼女を口説き落とさんと狙っている。 故に名前に関することは流石に情報が早いらしい。ダリューンにとって彼は手のかかる部下であると同時に厄介な恋敵でもあるのだった。
「普段仲睦まじい夫婦も時には仲違いするものなのですな」
「……夫婦になったからと言って仲違いしないわけではないだろう」
「然り。仲違いの原因までは存じませぬが、これを好機とみなしてきちんと話し合ってみるのも手かと。言葉や態度で示しても伝わりきらぬことは世の中に溢れておりますから」
ベフルーズを凝視するダリューンの視線に、ベフルーズが「出過ぎたことを申しました、御許しください」と頭を下げた。無頓着であるように見えて、礼儀正しいのだ。それを「気にするな」と制し、ダリューンは視線を前方へと戻す。
絹の国の公主との出来事を忘れたと言えば嘘になる。恐らく、生涯忘れることはないだろう。彼女を愛したことを過ちであったとは思っていない。
ただ、彼女はもう過去の思い出の中の人でしかないのだ。ダリューンは祖国パルスの地で名前という女性に出会い、恋をして、そして結ばれた。
あの日、アネモネやラーレが咲き乱れる花畑の中で誓った言葉に嘘偽りはない。彼女と共に見たい景色や分かち合いたいことは、挙げればきりがなかった。
ダリューンは小さく笑むと、弓に黒羽の矢をつがえた。厄介な恋敵に感謝する日が来ようとは思ってもみなかった。
引き絞られた弓から放たれた矢は空を切り裂いて飛び、隊商に危害を加えようとしていた盗賊の首に突き刺さる。喉を押さえて絶命し落馬した音が、開戦の合図だった。
「行くぞ!」
雄叫びが宵闇に響き渡る。

150827
Thanks:彼女の為に泣いた

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