魔物と小隊-2 「いいか、練習通りにやればいいんだ。アナイスの射程距離から離れるな。相手の動きをよく見て、深追いはしないこと。仲間の位置を常に把握すること」 「はいっ」 ヨランの返事は、やっぱり引きつっていた。 弓士の女性が矢を番える。隊長は両手剣を、ヨランは片手剣を抜き、魔物の群れを見据えた。魔術師の女性は杖を構えて一歩下がる。 僕は、背の鉾槍を取って、穂先を下に向けて構えた。 伸びた弦が戻る音がして、矢が宙を切って飛んでいく。それを合図に僕ら前衛3人は3方向に飛び出した。 その形を見てもらえばわかるように、ハルベルトは重い。柄の先端には、穂先のほかに斧頭と爪がついている。特に重いのは斧頭で、構えるとどうしても穂先を上に維持することは難しい。もともとは甲冑を付けた兵士が使うものだから、それでも構わなかったのかもしれない。田舎暮らしが長く、兵士に縁のない生活を送ってきた僕には、これがどのように使われてきたかなんてわからない。僕はただ、たまたま拾ったのがこれだったから使っているだけだ。 それでも、ずっと使い続けていればおのずとコツは知れてくる。穂先が重く、重心が一方に偏りやすいなら、それを利用してやればいいのだ。反対側の先端を持ち、円錐を描くようにぐるりと回せば、迫ってきた魔物たちを薙ぎ払える。斧頭は、振り上げたときは力がいるが、振り下ろすとき重力に任せるだけで十分な威力を与えることもできる。爪に引っかかったなら、重さを利用して地面に叩きつけてしまえばいい。もちろん、普通に槍として使うことだってできる。こんなものを振り回すのだから、決して僕は非力じゃない。 だが、重い武器というものは素早い動きの相手とは相性が悪い。攻撃動作がどうしても間に合わないということが出てくる。先輩たちの援護はあるが……頼りきりというわけにもいかない。 こういうときこそ、魔術――魔具の出番だ。 左手の腕輪に魔力を流し込む。手を伸ばしたその先に赤い光の魔法陣が現れる。そこから火の玉が魔物めがけて飛び出していった。 着弾確認。甲高い声を出して、魔物が倒れる。特になにも感じずに次を狙う。当たったが、決め手にはならなかった。思わず舌打ちするが、まあいい。同じことを繰り返して、やっぱり全部が当たるわけではないが、良い具合に敵を倒せた。 全員怪我もなく、早く片付いた。大したことのない相手なのに、手伝いを必要とするっていうことは、相当出てきたんだろうな。野生界でなにかあったのかな、今年は。 「お前……凄ぇな」 いささか呆れた風にヨラン。普通、尊敬か嫉妬じゃないのか? いいけどさ。 「ヨランだって、ビビってたわりにはよく動いてたじゃないですか」 「いや、あれは無我夢中で……」 まあそんな感じだったけど。でも、動きは落ち着いていたし、対して怪我もしていないし、十分に合格点なんじゃないだろうか。弓と魔術の援護はあったけど、隊長の助けは借りていなかった。 「2人とも合格だ。いや、今年は当たりだったな、俺ら」 なんでもここ2年ほど、入ってくる新人は研究したい人たちばかりだったそうで、皆義務の1年を経過したら小隊を辞めていったらしい。さらに仲間の1人が今年付で村の防衛に回って抜けてしまったため、人手不足に悩んでいたのだそうだ。 でも、僕来年居るかわからないし、そう喜ばれてもなぁ、本業はやっぱ技師だからなぁ。そっちにそう障りがないなら、居てもいいけど。ヨランは残るだろうから、そっちは心配ない。 「ねえねえ、それってヴィスの魔具でしょ?」 つんつん、と肩をつつくのは、魔術師のヒルダ。治癒や守りを主に担う、サポーターだ。18歳だったと思うんだけど、小柄で三つ編みと白い頭巾が似合う実に可愛らしい女性である。 「いいな〜。欲しいな〜。やっぱ便利?」 きらきら輝く目で僕の腕輪を見つめる。あまりの可愛さにノックアウトしそうだった。これが天然であればいい。演技だとしたら、女性不信になってしまう。 「白魔術は無理ですよ」 火や水などの属性系の魔術とは違い、白魔術あるいは黒魔術は〈魔法陣〉よりも〈呪文〉に重きを置く。というか、ほとんど呪文と言っていい。白黒魔術は願掛けのようなものだから、言霊とやらが重要なんだとレーヴィン兄妹が言っていた。つまり、魔法陣を必要とする魔具とは相性が悪い。 そうなんだよねぇ、とヒルダは肩を落とす。それでも未練があるようだった。余りに残念そうなので、貢いでしまいそう。今度安めの探してこようか。 「魔法の矢みたいなものが欲しいんだけど、あったりする?」 加わってくるのは弓士のアナイス。しっかりとした真面目そうな頼れるお姉さんだ。 うちの副隊長的ポジション。 彼女が言うのは、例えば矢じりに術を仕込んでおいて、当たった瞬間に発動するようなもののことらしい。そういえば、そういった物は作ったことがないな。ルビィが作っているのも見たことない。あるんだろうか。 しばらく考えて、ないと仮定して話を進めてみる。 「やりかた次第でなんとかなるかもしれませんが、保証はできませんよ? 作ることも考えますが、うまくいかなかった場合もある程度お代はいただきますし」 「ケチくさっ」 「黙れ」 横槍を入れてきたヨランを一蹴する。ついでに睨むと怯んだ。よしよし。 「材料費もバカにならないんですよ」 素材も石もやっぱり高い。開発のために消費していたら生活できなくなるから、スポンサーは必要だ。道楽じゃできないねーこの商売。 「おーい商談は後にしろ。次行くぞー」 先行く隊長が手を振っている。 隊列を組んで草原を進む。前衛組3人が前、後衛組2人が後ろ。見晴らしのいい草原では、背後からの奇襲についてそんなに心配しなくていい。接近される前にどうしても気づく。特にアナイスは索敵に優れているし。 だから男同士、馬鹿話に興じれるのである。 「モテるな、お前」 馴れ馴れしーく肩を組んでくる隊長。にやついた顔が嫌らしい。 「歳上の女性には受けが良いんです」 「羨ましいこって」 その顔でどの口がいいんだか。浮ついた話はよく聞くんだぞ。 「僕は同世代の可愛い女の子がいいです」 僕だって、そろそろ彼女が欲しいお年頃だ。どうせ囲まれるなら、と思ってしまう。 「年増にモテても嬉しくないって?」 慌てて後ろに視線を向けた。幸いにして後ろの女性陣には聞こえていないらしい。……いや、年増と思っているわけじゃないけど、文脈からしてそう取られても仕方がない流れだった。心象悪くなるじゃないか。 おかしそうに笑う隊長を睨みあげる。わざとだこいつ、絶対わざとだ……っ! 「恋愛感情は持てませんね」 お姉さまはお姉さま、だ。敬うべき存在だし尽くしもするが、恋愛したいとは思わない。やっぱり同じくらいかちょっと下くらいの、弟みたいに扱うんじゃなくて頼れる男と見てくれるような、可愛い女の子がいい。 「この、贅沢者め……っ」 傍らでヨランがプルプル震える。 「俺なんて、俺なんて……っ!」 悲痛な叫びに僕らは察した。ヨランって特筆するほど特徴ないから。強いて言うなら、悪ガキの部類だなってくらい? 美系は嫌、ていう人にはそこそこ需要有りそうだけど。 「あー……どんまい」 あ、隊長とどめ刺した。 項垂れるヨランに、同情を禁じ得なかった。 「こら男衆、どこ見てんの!」 後ろからアナイスの叱責が飛び前を向いてみると、またもや黒い影が迫っている。わかってはいたが、この討伐任務はあの1回の戦闘では終わらないらしい。あと数か所、出てくるだろうポイントを巡回しなきゃいけない。ちょっと面倒。 「ほーれ、お客さんだ」 気合い入れて行くぜぇ、とたるそうに隊長。まずあなたが気合い入れて欲しいと思うのだが、入れてなくても強いからな、この人。 [小説TOP] |