魔物と小隊-1


 当分店には来ないだろうと思われたレーヴィン兄妹は、意外にすぐに現れた。
 街の外の草原に、例年以上の数の魔物が現れ、人が襲われる被害があったのだ。この知らせを受けて、先日〈木の塔〉は討伐隊を派遣した。その中にリズが所属する小隊もあったのだそうだ。ルビィの作った、魔法陣の刻まれた投擲を得物の1つとする彼女は、消耗した分の武器の補充にやってきたというわけ。
 このシャナイゼ地方は他の地域に比べて魔物が多い場所だ。他の地域で見られない種類の魔物はたくさんいるし、環境の違いの所為か同じ種でもこちらに生きているもののほうが厄介だったりする。人間や村が襲われることなど、しょっちゅうだ。
 で、その防衛を担っているのが〈木の塔〉。研究が本分の組織が何故そんなことをしているのかというと、それは魔術師が力を持つ者だからだ。魔術は攻撃であれ、防御であれ、治療であれ、戦場ではなにかと役に立つ。その力を使わずしてどうするのか、力を持つ者は持たない者を守る義務がある、というのが〈木の塔〉の昔のお偉いさんの考えだったらしい。
 そうして魔物の討伐もやっているうちに、共闘していた剣士や騎士たちも組み込まれるようになり、自警組織も兼ねた今の〈木の塔〉の形が出来上がった。それ以後、〈木の塔〉に入った者は最低でも1年間小隊に所属し、地方民の安全に貢献する義務がある。早い話が、〈木の塔〉限定の徴兵制度だ。
 双子はその義務の期間を越えて小隊に居座っている。そして僕もまた、小隊に属している。

 魔物の被害はなかなか収まらないようで、担当地区を越えて僕の所属する小隊も討伐に参加することになった。武器を携えて防壁を通り抜ける。目の前に広がる大草原は、草の丈が短く、ネズミやウサギ程度ならともかく犬くらいの大きさとなれば隠れるのは難しいのだが、それでも魔物に襲われる被害は絶えない。逃げる方も姿を隠せないから、逃げるのが難しいのだ。
 そういえばこの仕事、小隊としては初めての仕事だ。その所為か、隣にいる同期はさっきからずっと浮き足立っている様子。命のやり取りになるのだから、緊張もするだろう。僕? ミルンデネスを旅していたこともあるから、慣れたものである。
「お前ってさぁ、〈青枝〉希望だったよな?」
 行軍の最中声を掛けてきたのは、小隊長のニース。気だるげな喋り方と軟派な態度が特徴の25歳。その甘いマスクとモスグリーンの瞳は女性を惹き付けて止まないのだとか。初対面のとき僕は貢がせてそうな印象を受けたが実際はそんなことはなく、両手剣を使いこなす立派な実力者だ。
 因みに僕はグラムの小隊に行きたかったし向こうもそうしたかったらしいのだけど、お友だちばかり小隊に集める訳にはいかないからと諦めたのだそうだ。だけど結局、誰とでもお友だちになれるグラムがいるんだから、そんなの無意味だと思う。
「どうしてそんなもん使ってんだ?」
 そのニース隊長が指し示すのは、僕の背中にある得物ハルベルト。ハルバードとも言うらしいが、僕はこの呼び名が馴染んでいる。
「別におかしくはないでしょう?」
 魔術を専門にしていても、剣を持っている人は大勢いる。魔物の多いこの地では、魔術だけでは身を守ることが難しいとよく知っているのだ。
「おかしくないけどな、珍しいよ。ていうか、想像つかんかった」
 まあ、難しい武器だしね。
「ちゃんと使えますから、大丈夫ですよ」
「そりゃ頼もしい」
 本当にそう思っているのか疑わしいほど軽い調子でそう言って、隊長はもう1人の隊員を見ると、
「ヨランはちょっと肩の力を抜け」
 ぽんぽん、と励ますように肩を叩いた。
「う、ウッス」
 僕と同じ時期に〈塔〉に入って、同じ隊に入ったヨランの顔は青ざめ、肩はがくがくと震えていた。手を添えた剣まで震えてカタカタ鳴っている。ここで例えば……「わっ!」と脅かしでもしたら、裸足で逃げ出しそうなくらいに。
 ちょっと面白そうだ。でも、本当にやったら可哀想だな。仕方ない。
 隊長の真似をして、肩にポン、と手を置く。
「そんなに心配しなくても、いきなり死ぬ確率高いところには連れていきませんよ、隊長たちも。バカだけはやらなきゃいいんです、バカだけは。そうすりゃ生きて帰れます」
 ここで重要なのは、“バカ”を強調することだ。そうすれば、相手はバカにされたくないから、慎重になる。因みにすでにバカにしているっていう意見は受け付けない。
「なんでお前そんなに余裕なんだっ!?」
 そんなの、場数踏んでいるからに決まっている。
 そんな僕らの会話を苦笑いで見ていた隊長他2名だが、11時の方角に黒い影を見つけると、皆一様に、表情を引き締めた。
「……来たな」
 狩人の目つきになって、隊長は低く呟く。
 視界の良い草原で生き残るための条件。それは、脚の速さか身体の大きさ。足が速くなければ、獲物を捕らえられないし、捕食者から逃げることができない。それ以外の条件で生き残れるのは、捕食者と戦っても生き残れるほど大きく強い生き物だけ。
 今回僕らを悩ませているのはどうやら前者のようで、肉食獣を幾つか掛け合わせた、見た目猫科の魔物だ。そのしなやかさはチーターという生き物のようだが、顔にはライオンのような鬣がある。だけど、尾はしなやかさはなくふさふさで、猫のものというより犬のもの。足もまた、猫科のものというよりは狼のようだった。他にもおかしなところが幾つか。魔物はおおよそ不自然な姿をしているので、普通の動物と容易に区別がつく。
 ――力を持つものは地方民を守る義務があるなんて嘘っぱち。本当はただの隠蔽と贖罪。……いや、隠蔽しきれなかったから、こうして率先して討伐なんかしなければいけないのだ。
 あんなもの作って、野に放したから。



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