魔具技師-2


「で、さっきからなに描いているんだ?」
 展示された武器から離れてカウンターに来て、リグは僕の手元を覗き込む。僕が抱えているのはスケッチブック。お客様が品を眺めている間、絵を描いていたのだ。
 リグにつられて、リズも寄ってくる。
「魔具のデザイン画ですよ。そろそろ自分の物を作ってみないかって、ルビィが」
 今まではお手伝いばかりだった。パーツを組み立てたり、石を大雑把に削ったり、ちょっとやれば誰でもできるような事ばかり。それでルビィの負担が減るし、やっぱり大事なことなんだけど、物足りなさを感じていたのも事実で。
 だから、一から自分の作品を作ってみないかと言われたときは、思わずガッツポーズを取ってしまった。
「派手な物、作りたいんですよねー」
 魔具――とりわけ装飾品の形を取ったものは、これまた凄く地味なのだ。“簡素が一番”にも程があるだろう、というくらいシンプル。首飾りは魔法陣の描かれた円形の台座に石を乗せたものに革紐を通しただけだったり、腕輪や指輪は金属の板を曲げたものに紋様を描いただけ。他もそう大差ない。
 魔力をちょっと流すだけで誰でも魔術が使えるから、装身具型の魔具って護身用にはもってこいだと思うんだけど、見た目が地味すぎるという理由で金持ちは買わない。一般人が買うにはちょっと高いし、やっぱり身を飾りたいからもう少し派手なほうがいい。そういうわけで、我がヴィスの常連客は戦場に出る人と研究の補佐に使う人だけ。彼らは見た目がどうのとか構っている場合じゃない人たちだから。
 僕が目指すのは、装飾品として充分な見た目で充分に力を発揮できる魔具を作ること。可愛く(または格好良く)お洒落で便利、というのが理想。ご令嬢が買ってくれるようになれば万々歳、でもやっぱり層を広げてお手頃価格にできればいい。
 ……とまあ、そんなこと考えて、指輪やら首飾りやらの絵を描いてみたりしているわけです。なかなか難しいんだ、これ。どこに魔法陣を描くか、とか、どのように魔力を流すか、とかを考えなければいけないから。
 それでも、もしできたらと思うと、こういう作業も楽しくなってくる。
「いつかできたら、買ってくださいよ。リズはウィルドにおねだりでもして……って」
 ひりひりと焼け付く視線が突き刺さる。
「リグ怖い」
 ぶるり、と震えてみせる。演技だが、怖かったのは半分くらい本当。
 彼はいつもウィルド――リズの恋人の話となるといつもこうだ。シスコン、と呼びたくなるが、気持ちも分からなくもない。いろいろあったから。
 にしても、からかった僕相手でさえこれなのだから、リズのお相手は更にキツいのを向けられてるだろう。それこそ殺気と呼べそうな。本気でどうこうする気はないだろうが……哀れだ。
「そんなんじゃ、リズが行き遅れますよ」
 怖くて結婚を申し込めないに違いない。それがウィルドでも、別れて別の人と付き合ったとしても。
「そしたら仕事に生きる」
 控えめな胸を張るリズ。たくましいことこの上ないが、彼氏はいいのか。
 不遇なリズの彼氏に同情する今日この頃。
「またルビィみたいなことを……」
 なんとなく師匠を思い出して軽口を叩いたのが、まずかった。
「アタシがなんだって?」
 乱入したハスキーな女性の声に飛び上がる。
「いいえぇ、なにも!」
 うわ、迂闊! 背後に気を配らないなんて。
 間の悪いタイミングで入ってきたその人こそ、僕の師匠ルビィ・ヴィス。歳は30代半ばのカッコいい女性だ。金色の短髪に、黒い瞳。顔立ちは寡黙な印象だが、目はとても力強い。ちょっとニヒルなところもあって、ハードボイルドという言葉が似合うかもしれない。が、格好良すぎる所為か、未だに独身なのだ。
 そのルビィは、僕のことを無表情で見ていて、背中に冷や汗が伝う。怒ってるのか、そうじゃないのか。
「そうかい」
 そのそうかい、は何処か怖いんだが、なんでなのか。だがまあ、視線がそらされたことには安堵した。
「終わったよ」
 ルビィが双子に差し出したのは、白と黒の魔術用の杖。リグとリズの杖で、白いほうは〈リュミエール〉、黒いほうは〈オプスキュリテ〉と名が付いている。どちらもルビィの作品だ。今日彼らがここに来たのは、買い物ではなく杖のメンテナンスの為。
 魔術師といったらやはり杖。杖など魔術に絶対に必要なものではないが、あればやはり便利なので多くの魔術師が持っている。剣士ともなれば、剣を代わりにすることもあるけれど。
「「サンキュー」」
 杖を受け取り、リズが金を払う。修理やメンテナンスは他所の作品でもやるが、ヴィスの作ったものならば格安だ。
「特に問題はなかったね。なんだって今持ってきたんだい」
 自分の作品について、定期メンテナンスをやっていたりするのだが、リグたちの杖の定期メンテはもう数か月先。酷使しなければそう簡単に壊れるものでもないので、普通その前に来るなんてことはないのだけれど。
「これから忙しくなりそうでさ、お金のあるうちにと思って」
「ああ確かに今の時季、魔物が騒ぐことが多いね」
 ちょうど繁殖期を終え、子供が狩りを覚える時期。魔物が増えて、行動範囲も広がるから、人間が被害にあうこともある。魔物とも戦う〈木の塔〉が忙しくなる時期でもあった。
「ああ、いや、そっちじゃなくて」
 研究のほうか。
 この2人は〈召喚術〉の研究をしている。物語でよく見られる召喚術だが、実はつい5年前まで使えるものはなかったのだ。それをどうにか開発したのが、リグとリズとその友人たち。だがまだいろいろと問題があって、一般化できていないらしい。しばらく本気でそれに乗り出すのだろう。
 小隊としての活動とか、研究者としての仕事とか、大変だ。まあ、僕も勉強と小隊と技師の三重生活だから、人のことは言えない。
「あ」
 じゃあ、と双子は踵を返しかけ、リズがなにを思い出したのか振り返った。
「あれ、10本ちょうだい」
 リズが指し示したのは、棒手裏剣の魔具。装飾品を見ていたのに、買うのは武器かい。



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