魔具技師-1 僕は〈木の塔〉の研修生だが、本業はなにかと問われればこう答える。 “魔具技師”だ。 魔具とは、魔力を流すだけで魔術が発動する道具のこと。シャナイゼに普及している魔術のランプも魔具だし、僕がナンパ男の仲間に囲まれたときに使った札もその一つ。さらに簡単に言えば、魔法陣が描いてある道具のことなのだが、当然描いてあればいいというわけでなくて、魔力を流しやすい(または流しにくい)素材や形を検討したり、魔力を溜める魔石を設置したり、術によって壊れたりしないように工夫したり……とまあ、単純に道具を作るよりもいろいろと面倒な技術が必要だったりするのだ。 2年前とある事情でこの街に住むことになった僕だが、そのときはまだ14歳。法的にもいろいろと保護者が必要な年齢だった。そんなときに僕を引き取ってくれたのが、魔具技師のルビィ・ヴィス。弟子になる代わりに面倒を見てくれることになったのだ。 まだ、僕は見習いレベルだけど、ルビィの後を継ぐのが夢。そのために〈木の塔〉で魔術の勉強しているのだ。 そんなわけで、研修生に義務付けられた講義とかがなかったりすると、僕はだいたい自宅にいる。理由はもちろん、店番か魔具作りの修業のためだ。友達居ないとか、そんなんじゃない。 普通の一般の住宅より半分ほど大きな自宅は、店と工房と居住スペースに分かれている。大きく占めているのは工房。作業スペースももちろんだが、道具や資材の保管にも随分と場所を取ってしまう。居住スペースは、リビングと台所を一緒にしたスペースのほか、僕とルビィの部屋、そして風呂にトイレといったところ。店の部分は小さめで、入り口からカウンターまで大きく5歩、横の棚と棚の間は10歩といったところか。置いてあるのは、武器と装飾品。置物から大型機械まで様々な種類の魔具がある中で、魔具技師ヴィスはその2つを取り扱っていた。 今僕は店番をしていた。まあ、昼間はだいたい店番だ。現在ちょうどお客さまがいて、人数は2人。1人は武器を、もう1人は装飾品を眺めている。その2人の顔の、そっくりなこと。ちょうど正反対に立っていて、同じ仕草で品を見ていて、シンメトリーの絵のようだ。もっとも、背の大きさに体格、1人は長い黒髪を束ねているという違いがある。 お察しの通り、この2人双子だ。それも、男女の双子である。レーヴィン兄妹といえば、〈木の塔〉でも有名な魔術師だ。 この双子、背の違いもさることながら、1人1人で見るときちんと男女の特徴があるのに、なぜか並ぶとどちらがどちらかわからなくなる。しかも、普段は同じ形の灰色のローブを着ているために、さらにわからない。 「あんた、また騒ぎ起こしたんだって?」 台の展示されている腕輪を屈んで眺めながら言うのは女性のほう、リズだ。〈夕闇の魔女〉の異名を持つ、年齢21歳にして凄腕の魔術師。長い黒髪を下ろし、瞳は灰色。ちょっと勝気そうな、見た目は普通の女性。たまに口が悪くて、ちょっと冷めているが、意外に面倒見のいいお姉さんだ。 「グラムに叱られたらしいな」 そう言うのは、兄のリグ。こちらは〈暁光の魔術師〉の二つ名で知られている。リズと違ってリグは長い髪を項のあたりで束ねていて、これがそっくりな2人を見分ける1つの指標となっている。リズと似ているだけあって、顔立ちは中世的。こちらはちょっと苦労性な兄貴分、といったところか。周りに振り回す人多いから、僕も含めて。 「何故知ってるんですか」 僕が騒ぎを起こしたのは昨日の夜のことで、あのあとはグラムたちが後片付けをしてくれたはず。それもやっぱ昨日のうちに終わっているだろう。そして、この街ではああいう他所者との諍いはたまにあることで、特別に話題に上るようなことはないはずだ。 「「昨日遅晩だったから」」 返ってきた斉唱。そこから推察するに、仕事でたまたま居残っていたこの2人にグラムは愚痴りに行った、ということか。2人はグラムが〈木の塔〉に入った時からの付き合いだし、なにより同じ小隊のメンバーだから、グラムはなにかあると双子の下に行くらしい。 ……だからって、余計なこと言いやがって。 舌打ちしそうなのを必死に堪え、憮然として言い訳する。 「ナンパ……セクハラ男を撃退しただけですよ」 「何故言い直す」 もちろん、そっちの方が心証がいいからに決まっている。セクハラは犯罪だが、ナンパは犯罪ではない。撃退していいのは、罪のあるほうだ。 どっちでもいいけどさ、と、髪の毛を乱さんばかりにリズは頭を掻きながら口を開く。本当に頭が痒いわけじゃないだろうし、ふけも出てないからいいけど、女性がやるのはよくないぞ、その行動。 「人の頭踏みつけて地面に擦りつけたり、足を氷漬けにしたまま放置するのはやりすぎだぞ」 うん、グラムったらきっちり教えてしまったらしい。だから嫌だったんだー知られるの。この2人融通聞くけど真面目だから、お説教とかたまに来るのだ。しかも、怒らせると怖い。 幸いにして、今回のことはお説教レベルではなかったようで、問題児相手に苦笑いする保護者の目、で済んでいるみたいだけれど。 「良いじゃないですか。当然の罪ですよ」 少女と言って差し支えない年齢の女性に、あそこまで下卑て直接的な表現を聞かせれば立派なセクハラだ。こういうこと言ってたんですよ、というレベルでも、リズの前でいうのを躊躇われる内容である。なにもなかったからいいが、彼女は少なからず傷ついたろう。だから、痛い目を見ても仕方ないことだと僕は思っている。 むしろ遭え。 「「少しは反省しろよ」」 再びハモる双子魔術師。同じ顔から発せられる同じ声で高さの違う突っ込みは、結構迫力あるのでやめてほしい。 僕だって、一晩経って、痛めつけるにしても踏んづけるのはやりすぎたかな、ってちょっとは反省してるのだ。頭に血が上り過ぎたなぁって。 ちょっとは。 [小説TOP] |