巻き込まれ恋愛騒動-1


 空に広がる枝葉の所為で、この街は真昼間でも水銀灯が光るほど暗い。その代わりに雨が遮られるのだが、油断していると葉に溜まった大きな水滴が落ちてくるので、やっぱり傘は手放せない。
 そんな、水玉模様のできた道を、ティナをつれ、ヨランとたまたま休みが合ったリオと一緒に歩いていた。目指すはミンスの家。
 サリスバーグへの護衛任務を終えた後の連休2日目、ルビィの言いつけ通り、ティナを遊びに連れ出すことにしたのだ。とはいっても、外は雨。遊べる場所などそうそうないわけで。でも、僕の家は意味がないし、ヨランは寮。リオの家は基本子どもは立ち入り禁止(なんだかよく知らないが、繊細な物が多いらしい)であったので、これは残る1軒に頼るしかないなということである。ミンスは基本家にいるし、ティナには絵でも描かせてみればいいかなと思う。僕らはミンスを邪魔しない程度にお茶でも飲んでいればいい。
 ……ママ友みたいだとは、間違えても口にしない。
 相変わらずミンスの家は枯れ木のようだった。ちょっとは補修すればいいと思うのだが、お金がないのだとやっぱり言う。それなりに売れているはずなのになんでだ。
 そもそもなんでこんな襤褸いところを、と尋ねたことがある。なんでも、襤褸いから汚しやすいのだとか。確かにミンスの家は床や壁に絵の具が飛び散って、お世辞にも綺麗とは言えない。絵描きの家とはそういうものだろう。
 うっすい扉を遠慮なく開く。昔はノックしていたが、たまに気づかないことがあるので最近面倒になってそのまま押し入ることにした。ミンスそうしろと言っていたので、それは問題ない。
 ――はずなのだが、今日は違った。
 目に飛び込んできた光景に、ほとんど反射的にティナの目を覆った。隣でヨランもリオの目を覆い、リオが不満の声を上げる。
 さてさて、これは一体どういうことか。
 満身創痍な家主のミンス。
 そんなミンスの胸ぐらを掴む、ガタイの良い30くらいの男。
 その奥でおそらく裸の上にシーツを巻き付け、不安そうに見守る美女。
 彼らは突然やってきた闖入者に動きを止めていた。切り取られた場面に頭が痛くなる。とても子どもに見せられる光景じゃない。
 とりあえず扉を閉めた。悲鳴は聞こえないことにする。
「リオ」
 目を塞ぐヨランごとリオを扉の横に追いやり、ティナの手を握らせ、その手を包み込んで彼の目を真剣に見つめた。
「しばらくティナをお願いします」
「え……え?」
 きょとんとしているリオから目を離しヨランのほうを見やれば、奴は心得ているようで頷いた。閉じた傘を壁に立てかけ、ヨランは念のため剣の柄を握って、僕はもう一度扉に手を掛ける。
 そして勢いよく開き、中に乗り込んだ。
「ミンス、なに美人局に遭ってるんですか!」
「え……俺か!? 俺が責められるのか!?」

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

「とりあえず」
 ミンスと男を引き離し、ヨランを2人の間に立たせると、僕は1番の被害者と思われる女性の前に近寄った。近くに纏めてあった衣服――下着も置いてあったので、なるべく目を向けないようにした――を渡し、いつの間にか出現していた衝立を指さす。なんであそこに服を置いておかなかったのか。
「このままでは風邪を引きます。向こうで服に着替えてきてください」
 女性は呆然としながら頷いて、服を受け取って胸の辺りを抑えながら部屋の隅に向かった。動いたことでシーツがずれ、その中がちらりと見えてしまった。間違いなくあの女性、下になにも着けていない。
 非常に悩ましい美人さんだ。長い金の巻き毛はつややかで艶めかしく、青い瞳は大きく潤んでいて、ぽってりとした唇は魅力的だ。顔はハート形、シーツに浮いた身体の線は蠱惑的。男の欲望を体現したようなその姿を見れば、部屋に連れ込みたくなる気持ちもわかる。衣服を身に付けていないとなれば、良からぬことも考えるだろう。ほら、ヨランも彼女の後姿を目で追っている。気持ちはわかるが空気読め。
 しかし、いったいミンスは真昼間からなにをしていたのか。彼女がいるという話は聞いていない。まさか、僕らがいなかった2週間の間にできたのか。それとも……。
 ミンスに視線を向けると、彼は逸らしやがった。後ろめたいことでもあるのかな。
 さっきは美人局、などと言ったが、それだけはないということはわかっている。有り得ない。だって、どうしてこんな襤褸屋に住んでる男を選ぶのか。
「で? どういうことですか」
 騒ぎの中心人物である男どもに白い目を向けて尋ねると、見知らぬ男のほうが直ちに声を荒らげた。
「こいつ、俺の女に手を出しやがったんだ」
「だから殴り込みに来たわけですね」
 詐欺じゃなくて、マジなほうだったと。
「違う!」
「そうよ、違うわ!」
 青い痣のできた顔で慌てるミンスは叫び、衝立の向こうから女性の声がそれに乗っかる。
「私がこの人についていったの!」
 しらっとした空気が僕らの間で流れる。
「ミンスお前……会ったばかりの女を部屋に連れ込む趣味が……」
 否定の声は聞こえないとばかりにヨランまで白い目で見だしたので、ミンスはますます慌てた。
「違う! まずそこからして誤解だ! とりあえず俺の話を聴け!」
 聴いてやりたいところだが、その前に1つある。
「とりあえず、2人を中に入れていいですか?」
 忘れてしまいそうだが、家の外にはティナとリオがいる。一応雨降っているから、中に入れてやりたいんだけど。
 本当は入れたくない。が、帰ってろとも言えないし、外に放置するわけにもいかない。仕方ない。
「いいけど……お前、相当怒ってるな……」
 最近タメ口になったのに、敬語に戻っていることを気にしたみたいだ。よくおわかりで。



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