まだ届かぬ槍の先-1 「よし、素振りは終わりだ。次行くぞ次!」 そんないい加減な召集を受けて、僕とヨランは武器を下ろし、ニース隊長の下へ行く。 ここは〈木の塔〉の野外演習場。主に〈黒枝〉の戦士たちや、魔術師が訓練に使うところだ。土を踏み固めた地面に侵入者が容易に入れないように網で囲っただけとあまりに簡素だが、これが一番経済的で手間が掛からないのでこうしたらしい。主に壊れたときに。 そりゃあ中には魔術をぶっ放す人もいるんだもの、頻繁に壊れるに決まってる。 ……それはさておき、呼ばれた先、ニース隊長の隣には、なぜかグラムが居た。 どうしてこんなところに、と首を傾げたところで、ニース隊長が口を開く。 「さて、次の訓練に行く前に本日のゲストを紹介しよう。第6小隊が隊長〈破魔の剣士〉グラム・レイスだ」 「ちーっす!」 「そういうのいらないんで、さっさと本題お願いします」 「冷たいっ!!」 だって、知り合いの自己紹介されても困るし。あと、なんか腹立った。 酷い酷い、と泣いてるグラムは無視。それに困っているのは隊長で、ヨランはついていけずに目を白黒させていた。 「気を取り直して……。次にやるのは、1対1での戦闘だ。残念ながら、我が隊には白兵戦ができる奴が俺しかいないため、他所の隊のグラムに来てもらった。ヨランは俺と、レンはグラムとやって貰う。質問は?」 と言われたので、左手を挙げた。 「得物はこれだけですか?」 手に持つ得物を掲げる。今持っているのは、愛用の鉾槍ではなく、ほとんど棒と言っても差し支えのない訓練用の槍だ。刃のある武器を振り回してうっかり死んだらヤバいから、普通はこういうものを借りて使う。ハルベルト型がないのが残念。 で、僕の質問の意図だが、投擲武器(もちろん訓練用)を使ったり、魔術は有りか、ということである。 「そうだ。魔術も禁止。今持ってる武器だけで勝負しろ。あと、そのあともう一戦やるからな、体力使いすぎんなよ」 そう言い残して、ヨランを引き連れて隊長は離れていく。それを見送って、僕はグラムに向き直った。いつもと変わらぬ格好のグラム。しかし、手に持つ武器は剣ではなかった。 「グラム、槍使うんですか?」 彼が持っていたのは、僕が持っているものと同じもの。剣を使うのにどうしてー? っと思うかもしれないが、グラムは一応だいたいの武器を使うことができるらしい。なんでも、前隊長の教育方針だったとか。そのお陰で同じ隊の魔術師であるはずのリグとリズも近接戦闘ができるという。 ちょっとそんな隊長の下にいたことが羨ましい。 「ああ。お前に合わせてな」 うっわ嫌な感じ。器用でムカつくな。 「なにが苦手なんですか?」 「魔術以外だと、投擲とか射的はあんま」 ああ、近接専門だもんね。グラムが使うのは剣に槍に斧に素手……接近戦の物ばっかりだ。 ……あれ? でも、たしか、 「銃持ってますよね?」 あまり使わないが、街の外に行くときに銃を携帯しているのを僕は知っている。本人から見せてもらったこともある。あれが撃てるってことは、苦手ってことにはならないんじゃないだろうか? 「ああ、あれ。あれは威嚇や牽制に使ってるだけ」 銃は隣国の技術で作られた武器で、輸入品。中に込める鉛玉が消耗品であることもあって、なかなか金の掛かる武器だ。基本的には引き金を引くだけなので、素人でも容易に人を殺しかねない(反動が大きくて普通狙った通りにはいかないけど、威力は凄いのでやっぱり危険)ので、〈木の塔〉が管理し、一部資格を持つ人間だけに配給される。 それを、威嚇と牽制のだけのために使っているだって? 「グラム」 「ん?」 「ぶちのめすから、覚悟してください」 「え、なんで!?」 だって、天才ってムカつくし。 結果から言うと、負けた。健闘はしたと思う。結構長いこと戦ってたし。けれど、負けた。 ぶちのめす宣言をしといて負けた。……カッコ悪い。 休憩を取れ、と言われて訓練場の端へ来た。ヨランが頭から水をかぶっているのを待っている間、僕は地面の上に胡坐を掻いて座り込んでいた。水を飲もうと思ったら、先に終わったこいつが水道を陣取ってたんだ。 「畜生、わかってたけど腹立つなー」 腕を組んで何故負けたのか考える。2年も彼の戦いを見てきたんだ、今さら奴の身軽な動きに惑わされるなんてことはない。槍の指導でグラムが教えてくれたこともあったから、槍を使うのが意外過ぎてってこともない。ああ、けどやっぱり剣を持っていることを想定して動いていたかもしれないな。リーチを見誤った覚えが何回かある。……でも、それだけかな? 腹や左胸が痛い。そこを主に突かれたんだった。訓練用の刃のない槍で、急所には皮の防具を纏っているとはいえ、まったくダメージがないわけではない。――ここが僕の隙。 ……そうか、槍を振り回し過ぎたんだ。本来は刺突の武器、正しい使い方は突き刺すこと。懐に潜り込まれないうちは、そうするのが一番隙が小さい。それを振り上げたとき、あるいは振り下ろしたときに隙が生じたのか。そこを打たれた。 結局、ハルベルトの癖が出たってことか。自分でも気が付かないうちに結構斧頭に頼ってたんだな。 「ほれ水」 水浴びを終えたヨランから、使いまわしのブリキのカップになみなみと水が入ったのを渡される。意外に気が利くな、こいつ。 「ありがとうございます」 口に含んだ水は冷たい。喉の奥を冷やされて、頭まで冷却されたような気がする。ん、大丈夫。次に頭を切り替えられる。 水を飲みほし、水道で軽く洗って元の場所に返す。 「どうでした?」 さっきの隊長との戦いについてヨランに聞いてみる。グラムと戦っているときに気にしてる余裕はなかったから。 「惨敗」 むすっとした調子で返ってくる。だよね。隊長も手練れだ。剣を握ったばっかのヨランが勝つのは無理がある。 「次は2対2か……」 もう一戦、ていうのはそのことらしい。今終わった1回目の模擬戦は個人戦の、次は複数戦の訓練だということだ。この休憩の後、僕はヨランと組んで、隊長とグラムに挑むことになっている。なんて無茶な。 「せめて魔術が使えれば……。あの剣を持っていないなら、グラムを叩く良い機会なのに」 結局槍でも負けてるんだけど、グラム相手で最も警戒すべきは彼の持つ剣だ。彼は魔術師の天敵と言える。 「剣ってなんだよ」 僕の独り言を聞き取ったヨランが訊いてくる。ってことは、知らないのかな? 「グラムの二つ名、知ってますか?」 「〈破魔の剣士〉だろ?」 そういえばさっき、隊長が言ってたっけ。それとも、同じ〈黒枝〉だから知ってるんだろうか。どっちにしても、名前だけ知ってるんじゃあ意味ないけどね。 “破魔”とはその名の通り、魔を破ること――すなわち、魔術を破壊あるいは破ることだ。魔術を使うのに使われる魔法陣、あれは魔力出てきていて、普通物理的な力では壊すことができない。けれど、グラムはそれが可能なのだ。ただ、 「その破魔、グラムの技能ではなく、彼が持っている剣の効果なんですよ」 グラムの剣〈リダクション〉。その名の通り魔力を“還元”させる、剣の形の魔具だ。グラムは魔術を使えないが、魔具は扱うことができる。奴が魔力を流すと、剣は魔力を破る力を発動させて、その力で刃を包み込む。そして剣を振りかざせば、魔法陣がずぱっと切れてしまうというわけだ。 魔術を使わせてもらうこともできない。これは魔術師にとって脅威だ。武器を持って戦うことなどほとんどない魔術師から魔術を取ったら、普通は立っているだけの役立たずに陥ってしまうからね。 「だから、剣を持っていない今は、絶好の機会なんです。……たぶん」 そんな特殊技能がなくてももともと強いから、脅威であることには変わりないんだけどね。でも、可能性があるというのは大きいわけで。それが今日使えないことが口惜しくてならない。 因みにグラム、〈破魔の剣士〉が一番有名ってだけで、他にも称号があったりする。だから〈リダクション〉がなくなっても知名度が地に落ちることはないんだそうだ。つまり、剣がなければなにもできない役立たずではないってわけ。 「お前、グラムさんとはどういう知り合いなわけ?」 僕らが仲良しなのが気になるのか、ヨランが訊いてくる。端から見ると接点ないように見えるのかな? 結構会ってるんだけど。 ……ああ、でも出逢いかたはちょっと特殊かもしれない。 「昔、泥棒と間違われました」 〈木の塔〉からある1冊の本が盗まれたことがあった。グラムたちはそれを追って、シャナイゼの反対側、リヴィアデールの西国境付近にある街へ行ったのだ。そのときたまたま僕らもそこにいた。不幸なことに、本を盗んだ泥棒は僕の知り合いで……ああ、腹立たしいことに、運悪く遭遇した僕に偽物を押し付けていったのだ。そしてそのあとグラムたちに見つかって、捕まった。 そのあとは、勘違いであることがすぐわかって、解放された。けれど次の日再開して、帰る予定だったグラムたちと行き先が一緒だったので同行した。それからの縁である。 [小説TOP] |