星見の少年-2 返されたのは天体の本。専門書ではなく、素人も楽しめるさわりだけの図解本だった。そういえば、近々なにかの天体イベントがあるとか。それで一般人にもよく貸し出されているらしい。どうせ一時的なものだろう。流行に流されやすいのが人だから。 そんな話題に反して、天体の書架は今は人が1人しかいなかった。早くもブームは去ったのかな? いや、まだ午前中だからかもしれない。 流行っていようがいまいが、僕の仕事は本を片づけること。背表紙に書かれた番号を見ながら、しまうべき場所を探す。ついでに整理もしておく。抜き出した本を、適当な場所に突っ込んで戻す人が多いのだ。本の配置にはちゃんと規則があるのに。 天体書架の唯一の客人は、高いところにある本を取るための梯子の上で、左の方に身を乗り出していた。目的の本と梯子の位置があっていなかったのだろう。けれど、遠くもないのでこうやって身を乗り出して取ろうとしている。梯子を動かす面倒は分かるが、見ていて危なっかしいったらありゃしない。 体重がかかって、梯子の右足が浮き始めたのを見て、僕の頭から血が一気に引いていった。あのままじゃ倒れる! 「わ、わ」 梯子が傾いたことに気がついて、利用客は慌てて手足をばたつかせる。バランスを取ろうとして、むしろ逆効果。梯子はますます傾いていって――。 梯子の浮いた足に飛びついてももう間に合わない。人か、本か。僕は一瞬考えて、人を選んだ。男か女かよくわからなかったが、万が一女の人だったらまずい。 抱えていた本を捨てて、梯子が倒れる予測地点へと駆け出す。下へ潜り込んで手を出した。うまいこと受け止めることができたが、人1人の体重、それも高いところから落下して力も掛かっていて、とても耐えることができずにそのまま倒れてしまった。 「いててて……」 思い切りしりもちをついた上に、人が上にのしかかって、そりゃあもう痛い。でも、骨折も捻挫もしていない僕ってさすがだな、と思ったりもする。が、やっぱり人1人くらいは支えられる男になりたいとも思う。 「あああ、わあああ! すいませんっ」 助けた人物は、僕の上にいることに気が付いて慌てて飛びのいた。それで勢い余ってよろめいて、またこけかける。 なんとか体勢を立て直すと、ぺこりと90度に頭を下げた。 「ありがとうございました!」 「いえいえ、どういたしまして」 僕もようやく立ち上がる。怪我は、と訊きかけて、顔を上げた相手を見て、なんとも言えぬ気持ちになった。 僕と同じくらいの歳。問題は、男か女か。くすんだ金色の巻き毛は、耳と首の後ろを覆うほどの長さ。青い色の目は大きくて、端が少し垂れている。顔は小さいし、肌は白いし、唇は程よくピンクだし、小柄だし。ぶっちゃけ言って、性別がどっちでも可愛い。 「……なにか?」 僕がじっと見つめていたことに気づいて、小首を傾げる。男だ。ここまで観察してようやく判別できた。根拠は勘としか言えないが、間違いなく男だ。 なんだか負けた気分になる。僕もまた周囲に可愛いと言われ続けた男だから。可愛いよりも格好いいほうが男としてはいいのだが、悔しさを感じるのはどうしてだろうか。 「いいえ。怪我は?」 そんなことを考えてました、と言えるはずもなく、質問することで誤魔化した。 「大丈夫です」 ざっと見たけど、本当に大丈夫そうだ。もしかしたら服の下に打撲くらいはあるかもしれないけど、男なんだし、放っておいても平気だろう。 放り投げた本を拾って片づける。振り向くと、その彼が梯子を見上げて立ち尽くしていた。もしかして、取るつもりだった本が取れないのかな? 「リオ!」 どうしたもんかと悩んでいると、静かにすべき図書室で大声が響く。 「なにがあった!!……て、レン?」 慌ててやってきたのはジョシュアだった。人を小馬鹿にしたような顔が、焦りに染まっている。 その彼は、僕を気にしつつも梯子から落ちた可愛い男の子に駆け寄り、彼の無事を確かめて安堵した。こういう表情は双子に対してにしか見せたことがないから、ちょっと驚き。 「知り合いですか?」 まあ、名前っぽいの呼んでたから知り合いなのはとっくに知ってるけど。当たり前にみえることを聞くのって、会話を始める1つの手段でもあるよね。 「弟だ」 「へえ、そうなん……」 …………。えっ、 「……弟っ!?」 聞き間違い、聞き間違いだよな!? だって、この人からジョシュアに通じる部分なんて全く感じ取れなかったぞ! ジョシュアとリオとやらを見比べてみる。片や馬鹿にされている印象を受ける細目にさらさらとした直毛。片や、小動物を思わせる大きな目にふわふわした巻き毛。若干垂れ目なのは同じだし、鼻とか口は似ていると言えなくもない。配色は確かに同じだけど、どっちも珍しい色じゃない。 と、このように共通点は見られるけど、やっぱりこの尊大で傍若無人で横柄な(注意:誉め言葉です)ジョシュアとふわふわほわほわした可愛らしい彼は結び付かない! とても信じられない、というか、受け入れられない。 もしかして。 「因みに、異父でも異母でもないぞ。まして養子とかでもない」 ……先手取られた。 「なんで考えていることがわかったんですか」 「リグとリズがたまに言うからな」 お前ら絶対そう見られるぞ、と。 つまり、幼馴染でもそう思うんだよ。だからジョシュア、呆れた目で僕を見ないで。 「り、リオルタール・パーキンソンです」 その弟は、身体を縮こませ、顔を真っ赤にしながら僕に一礼した。聞けば僕と同期の〈塔〉の研修生らしい。 「リオルタールは天文を勉強している」 「天文、ですか……」 もちろん、ただ星を見るだけのわけがない。ここは魔術研究機関〈木の塔〉である。地理地学専門の〈緑枝〉の人たちの中には、天文の分野を扱っている人は少なからずいた。 「ちょっと齧りましたけど、なかなかハードですよね、あれ」 「そうでもないですよ。基本は星占いと同じ考え方です。黄道周辺にある星々の位置が、気の増減に関係しているんですよ。ただ、時刻を気にしなければいけませんけど。夜で、晴れてさえいれば、空を見上げて星座の位置を確認すればいいわけですけど、昼間は見えませんからね。そこは星座の周期と季節による位置を計算すれば……」 そこで、僕の顔を見て、しまったという表情を作り、 「あ……すいません、つい」 顔を赤らめて俯き、恥ずかしそうに上目づかいで見るのだった。 「いいえ。ジョシュアの弟であることに確信が持てました」 話し始めたら止まらないところが、そっくりだ。語っているときの目の輝きようは間違いなくジョシュアと同じだった。可愛い顔に嵌まった目に狂気じみた光が宿ってたから。 「興味、なかったですか……?」 ただ、このうるうるとした訴えるような眼はやっぱりジョシュアと結びつかない。同じ環境に居て、どうしてこんなに違ってしまったんだ。 「いいえ。まあ、ちょっと難しかったですけど」 などといった会話をしていると、横でジョシュアがなぜか頷いていた。 ……嫌な予感がする。 「相性はそれなりに良いみたいだな、ちょうどいい。同い年で同期だし、仲良くしてやってくれ」 言うだけ言って、返事も聞かずにジョシュアは何処かへ行った。僕とリオルタールだけが残される。弟に怪我がなかったから、もういいんだろうか。 そのリオルタールは、特に兄を追いかけるわけでもなく、再び本棚を見上げた。そういえば、なにか目当ての本があったんだったっけ。 「はあ……」 突然仲良くしろと言われても。まあ、気に掛けとくぐらいでいいんだろうか。 ……とりあえず、取るつもりだった本を代わりに取るくらいのことはしてやろう。 [小説TOP] |