星見の少年-1


 〈木の塔〉の3階フロアは全て図書室となっている。僕はその図書室の階段に近いところにあるカウンター座ってぼうっとしていた。今日、僕は図書の受付を任されている。

 〈木の塔〉には、6つの部署がある。それぞれを〈枝〉と称していて、分類の基準は研究内容。赤、青、緑、紫、白、黒とあって、その色ごとに研究分野が分かれている。
 〈赤枝〉は魔術の科学的利用を目的とした研究開発。
 〈青枝〉は歴史的・倫理的観点から魔術を探る。
 〈緑枝〉は地理・地学・自然を観点とした魔術利用について。
 〈紫枝〉は魔術の技工や原理についての研究。
 〈白枝〉は医療・生物を専門としている。
 〈黒枝〉は戦闘を目的とした部署。魔術師でない、戦士と呼ばれる人のほとんどはここに居る。
 グラムとニース隊長、アナイスは〈黒枝〉、リグとリズ、ジョシュアは〈紫枝〉、ヒルダは〈白枝〉に所属している。研修生はまだ仮配属で、1年経って改めて希望を出してから本配属となる。これは、研修期間中にいろんな勉強をして興味が変わったときのための措置。ヨランは〈黒枝〉の希望者。
 そして僕は、みんなとても不思議がるが、〈青枝〉の所属を希望している。つまりは、歴史を専門に学んでいる。
 普通、技術者を目指すなら科学を学ぶ〈赤枝〉に所属する。実際、〈木の塔〉に顔出すことなどほとんどないが、ルビィも〈赤枝〉に属してる。僕らは魔具技師だから、魔術理論の〈紫枝〉でも良いだろう。
 けれど、あえて僕は〈青枝〉を選んだ。理由は、過去の遺物となった魔具に触れたかったから。まあ、これは昔からやってたことでもある。それから、〈青枝〉は遺跡巡りのためであれば、他の〈枝〉よりは簡単にシャナイゼやリヴィアデールの外に出してもらえるからだ。
 今はまだ、技術者としても〈塔〉の魔術師としても見習いで未熟だが、もう少ししたらまた旅をしようと考えている。2年前、突然いなくなった彼を探しに。

 〈青枝〉に所属している人間は、他の〈枝〉に比べて書物を扱うことが多いからか、必然的に司書の役割を負わされている。貸出の受付は当番制で、2人ずつ3時間交代で1週間カウンターに座らせられる。どれくらいの頻度で廻ってくるかは〈青枝〉に在籍する人数次第。
「そういえば、リズたちの研究に協力するそうですね」
 カウンターで内職をしていた今日の相棒が、書き物の手を止めて突然言った。ウィルド・ステイス。本名、闇神オルフェ。神と呼ばれた4人の人間の1人だ。もっとも、2年前に神様で居られなくなって、廃業している。今はただの〈木の塔〉の研究者で、リズのお相手でもある。
 彼も僕と同じ〈青枝〉の人間で、伝承について調べてる。今書いているのも、ある伝承について議論した論文なのだとか。
「協力っていうか、手伝いっていうか、助言レベルですけど」
「成功したら、貴方が〈精霊〉を担うと聞きましたが?」
 なにやらしつこいな。と思ってピンと来る。
「ヤバいですか?」
 闇神は裁きの神。世界を歪ませるものを排除するのが役目。例えば、ボクたちの関係深いところでは禁術なんてものがある。〈木の塔〉の創始者が晩年に作り上げた魔術で、倫理的・人道的に悖るものが多いらしい。
 リグたちが研究している〈精霊召喚〉は、実は禁術をベースに作り上げられたもので、今できている状態では問題ないが、やりかたを間違えれば禁術になってしまう可能性もあるらしい。
 ウィルドが気にしているのはそこだ。恋人を罪人に問うことにならないか心配しているんだろう。
「正直なところ、様子見、としか言いようがありませんね。ヤバそうだったら止めますので、ご心配なく」
「武力行使?」
 可愛く首を傾げてみると、ウィルドはいつもの無表情のまま僕を睨み付けた。
「……貴方たちはどこまで私を人でなしにするつもりですか」
「だって、前そうだったんでしょ?」
 付き合う前に禁術絡みで何度かリズを殺そうとした話は聞いてるぞ。リグがウィルドに殺気を飛ばしているのもその所為……本人曰く嫌がらせらしいが。
「まあ、それはともかくとして。ウィルド、貴方そういうことを専門にしたらどうですか?」
 今その話をしてたというのに見当が付かないらしく、ウィルドは眉根を寄せた。
「そういうこと、とは?」
「魔術の禁止事項について。なにが良くて駄目なのか、神様が暗黙の了解としていることを書き起こしてしっかりと法規制に持っていくとか」
 実は、神様たちが判断する悪は明文化されていないのだ。禁術については、一応〈木の塔〉などが定めた基準はある。例えば、命を弄んだり、天候を操ったり、そういう術。けれど、その基準は全てを網羅しているわけじゃない。その漏れた部分を知らずに罪を犯してしまった人間は、たぶん結構多い。リグたちもその口だ。
「なるほど、確かにそういうことをするのも……。しかし、これについてもまだ……」
 なかなか悪くない提案だったらしいが、未練がましそうにウィルドは原稿に視線を落とす。今やってることにそうとう執着してるらしく、するにしても当分先になりそうだ。
 しかし、どうしてそういう発想が生まれなかったのかな。駄目なものは駄目と言ってしまえば無駄な罪人を出さずに済むっていうのに。注意しないくせに駄目だから殺すとか、それちょっと酷くないか?
「すみませーん。これ、返却します」
 ウィルドに呆れ返っていると、利用者がやってきた。手続きを終え、書棚に戻してくると相棒に宣言して席を立った。



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