〈精霊〉 「いやー助かったよ、第11小隊」 大樹の中である〈木の塔〉本塔の一室。ただでさえあまり広くないのに壁沿いに大きな棚がいくつも並べられていて、狭苦しさを感じる部屋だ。真ん中には6人くらいが座れるであろう円形のテーブルが置いてあって、入り口の近くに僕、時計回りにグラム、リグ、リズ、双子の幼馴染みのジョシュアが座っている。右隣は空席だ。 ここは僕とグラムを除く魔術師たちが研究室として与えられた部屋。リグたちの仕事場である。僕はグラムに呼ばれてここに来た。用件は……この前の任務の御礼? 「ほんっと今回苦労してさぁ。数は多いし、おれたちも7、8も新入り抱えて無茶できないし、狩っても狩ってもわらわら出てくるし。いつ終わるかと思ってたんだよなー」 「お陰でこっちも時間が取れた」 と言うわりに、リグ若干窶れてるんだけど。リズなんて机の上に伸びてるし。元気なのはグラムだけだ。 「ほとんど研究に持っていかれたけどねー」 そういうことか。 研究と小隊の二重生活、大変だな。……僕はそれに技師としての生活があるから、三重生活? うわー、しんどそう。ちょっと考えといたほうがいいか。 「お金貰えたからいいけどねー」 じゃないとやってらんないけどねー、とボヤく。そりゃあ、見返りがなきゃしんどいのなんて死んでも嫌だ。 ぐでーっとしているリズを見、疲れた様子のリグを見、この件に関係ないはずなのに腕を組んで偉そうにふんぞり返っていたジョシュアは、顔を覆うように眼鏡の真ん中を押し上げて憤慨した。 「全く、どうしてこうなったんだ! 戦いに明け暮れて、本来ならお前たちは研究者として僕と……」 「「「その話は聞き飽きた」」」 双子だけでなくグラムにもただちに突っ込まれて、ジョシュアはむすっとして押し黙った。彼はリグとリズが小隊の活動をしているのが気に入らないらしいが、聞いたところによると、かれこれ4年間このやり取りをしているらしい。飽きないもんだ。 因みに、グラムも含め彼らは僕が〈木の塔〉に入るまで勉強や剣を教えてくれた恩人だ。持つべきものはやっぱり友だちである。そうでなきゃ僕は〈木の塔〉に入れなかった。もっと言えば、ルビィの下にもいなかった。人脈って大事。 そんなことをしみじみと感じながら、テーブルの上のお菓子に手を伸ばす。頭脳労働には糖分が必要だからという理由で、この部屋にはいつもなにかしらのお菓子が置いてある。 「お茶は如何ですか?」 「はい、いただきます」 柔らかい声に思わず返事をして、そのあとに驚いた。そこにいるのは白の髪に銀の瞳の人ならざる女性。そこに確かにいるはずなのに、周囲に溶けてしまいそうな存在感。 精霊。森羅万象の化身として、物語の中でよく知られている存在。しかし、彼女らはそれであってそれでない。魔術によって作られた紛い物。 「……なんでサーシャが給仕みたいなことをしているんですか」 リグの使い魔である水の〈精霊〉サーシャがティーポットを持って立っていた。リグたちは自分の僕たる〈精霊〉を本当に下僕のように扱うのは好まなかったはずなんだけど、どういうことだ? その疑問に答えるように、リグは口を開く。 「自分がやるって言ってるんだよ。最近、お茶を入れるのに凝っているらしくてさ」 自発的と聞いて納得。感心して彼女をみれば、穏やかな顔にきらきらとした笑みを浮かべている。 「水色ってご存知ですか?」 知らないので、首を振った。 水色とは、紅茶を淹れたときの水の色のことを言うそうだ。葉の種類はもちろんのこと、お湯の温度や抽出時間でも変わっているらしい。紅茶の価値を決めるのにも参考にされるそうだ。 「この色を出すのが面白くて」 水を汚さずに染めるというのがなお良いらしい。 「味は無視なのが玉に瑕なんだけどな」 ただ色を出すことを楽しんでいるので、渋いときもあれば、湯のように薄いときもあるらしい。客が来たときは冷や冷やもんだ、それに茶葉をねだるから出費が増えた、と主であるリグが笑う。 苦笑しながらの批判に、サーシャは口を尖らせ、そっぽを向いた。 因みに、リズの使役する火の〈精霊〉であるダガーは、蝋燭作りに凝っているそうだ。色んな形の蝋燭が増えに増えて、片付けるのに困っているのだという。 「趣味まで持ってしまうんですねぇ、〈精霊〉って」 ますます人間らしくなっていく〈精霊〉たちが微笑ましく思って口にすると、突っ込まれたあと我関せずだったジョシュアが口を開いた。 「そこが問題なんだ」 一瞬、なに言われてるかわからなかった。 「えっと……どういうことです?」 まさか〈精霊〉に個性があったら困る、という話ではないよな。いや、それはむしろ望んでる風だったし。 「その個性の部分に、だいぶ魔力を持っていかれるんだ」 ああ、なるほど。それで問題。 前にも言った気がするが、彼らは精霊召喚についての研究をしている。こうして〈精霊〉がいるわけだし、魔術自体はできているのだが、効率の面での改良が未だ済んでいないらしい。 「そこでボクたちは考えた」 カップをソーサーに戻し、ぎらりと目を輝かせた。ヤバイ、これは話が長くなる且つ難しくなるな。難しい話が嫌いな隣のグラムが顔を顰めてる。 「心の在処を与えてやればいい、とな」 「心の在処……?」 随分詩的な表現だ。 「より正確には、己を定義しやすい場所ということだな。 例えば、ボクがリグをリグと思うとき、まずリグの姿に注目する。顔、服、身体、仕草……つまり、視覚からの情報がそれをリグだと判断づける。たまにリズを誤認することもあるが、それはこいつがリズであるという証明をしない限り、ボクにとってはリグとして存在する。目の見えない人は、とか、武人が感じる気配とやらは、今は隅に置いておいてくれ。あれはまた例外だ。ここまでは?」 「…………まあ」 ホントはいまいちだけど。特に、リズがリグ、の下りが。でも、聞き返したら長いから訊かない。訊きたいところだけ話してくれればいいのに、いちいち前置き長いんだから。 「死霊術も死体を必要とする。人が個を認識するには肉体が必要なんだ。 しかし、気と魔力で実体を得ている〈精霊〉にはそれがない。だから、心を維持するのが難しい」 なんか難しいこと色々言ってるけど、ようは〈精霊〉の精神とか心とか呼ばれるものを構成して維持するのに魔力をたくさん使って難しいってわけだ。無い(ようにみえる)ところからなにかを作るのは魔術の真髄だけど、そんな存在さえ不可解なものまでできてしまうんだから、本当に凄い。 ……で、どうして僕はこんな話を聞いているんだろう。研究内容にかかわってくるだろうに、弱点さらして守秘義務とか大丈夫なのかな。 「そこで、話が最初に戻るわけだが……」 心の在処ってやつか。 なるほどな、心を認識しやすいように形を持たせて難易度を下げよう、けれど心のかたちなんてものを作るなんてことはできないから、なにか別の物に心はここにありますよ的にしてしまおうということか。そうすれば魔力の消費を抑えられるかもってわけだな。 なんてロマンチック。いや、メルヘンチック? 童話とかができそうだ。で、それがジョシュアの口から語られることが少しシュール。大方リグかリズが発想したんだろうけどさ。 「それに魔石を使おうと思ってな」 ……ああ、話が見えてきた。 「あわよくば魔具にすることも考えていて、魔具技師である僕の力を借りたい、と?」 「さすが、話が早い」 では早速、とばかりにジョシュアが僕の前に紙を置いた。書いてあるのは魔法陣の中に描かれる魔術式と呼ばれる記号の羅列。ずらりと並べられたそれに、眩暈がした。まだ引き受けるとか言っていないが、それ以前に、 「初心者には全くわかりません!」 2年間素敵な家庭教師に教わってたとはいえ、僕が知ってるのはまだ初歩の初歩。それも、戦闘系ばかりやってきたから知識は偏ってる。物心ついたときから魔術使ってた奴らと一緒にしないでほしい。 「そうだろうな」 でも、さも期待してませんでしたとばかりに言われるのもむかつく。我が儘というなかれ、ジョシュアは人の神経を逆なでするのがうまいのだ。それがたった一言の言葉でも。 「どの式を使うかの判断はこちらでやる。お前に頼みたいのは助言と製作だ」 つまりほとんど出番はないと。これを渡したのは飽くまで参考程度なんだそうだ。 「まだ研修生だし、本業のこともあるし、小隊もあるし。そう負担を強いることはしないって。……それでも負担、と言われればそれまでだけど」 リズは逃がす気のないジョシュアの代わりに逃げ道を用意してくれたつもりなんだろうけど、そういう風に退かれるとかえって断りにくい。 「……見返りは?」 まさか無料なんてことないよねぇ? 友人で恩人でも、そこは妥協しない。世の中持ちつ持たれつ、だ。 現金な僕にジョシュアとグラムは呆れてるみたいだが、リグとリズは互いの顔を見合わせて仕方ないとばかりに笑った。 「俺たちができる範疇であれば、なんでも」 さすが、話がわかる。 うーんと、と考える素振りを見せるが、実はもうおねだりするものは決まっている。 「その〈精霊〉、できたら僕が貰ってもいいですか?」 実はちょっと興味があったんだ、〈精霊〉。なんで、って訊かれると特に理由はないんだけど。強いて言うなら、憧れ? 召喚や精霊は昔話や娯楽小説の定番だもんね。 「むしろ願ったり叶ったりだ。俺たちはサーシャとダガーで手一杯だからな」 お前なら悪用もしないだろ、とリグは笑う。 術式を変えたときに今の〈精霊〉たちの人格が変わる可能性があるし、かといって新しい〈精霊〉を使役する余裕もないから、彼らは自分たちではしないのだそうだ。術者がいないという面でも困っていたようである。 「んじゃ、手伝います!」 と承諾したのに、なんでジョシュアはすっきりとしない顔をしているんだ。 「いや、もっと知的好奇心から承諾して欲しかったなと」 「むしのいい事言ってんな!」 この場にいた全員から突っ込みを受けて、普段横柄なジョシュアは珍しく謝罪した。 [小説TOP] |