Oneiroi

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 無謀なことをしているとは、自分でも思っていた。行動に移せば絶対に後悔するだろうということも分かっていた。それでも動かずにはいられなかった。
 自分は恐ろしく損な人間だ、とジェラールは思う。
 日が沈み、月が昇らない夜半ば。ジェラールは1人、件の廃工場の前に立っていた。その装いは喫茶店の制服とも、ジェラールが好むフォーマルに近い私服とも違う。派手な柄の入った黒のシャツを着崩し、金銀鍍金のアクセサリーをジャラジャラと着けて、癖のある髪は油で真っ直ぐに見せたうえで後ろに撫で付けた。
 路地裏を好む社会不適合者の変装。ジェラールはこれで薬をばら撒く少年たちに接触するつもりだった。
 それも、正面から。
 自分の無謀加減に笑えてくる。
 開きっぱなしの鉄の扉。そこから躊躇いがち――そう見えるように――に顔を出せば、ドラム缶の中の篝火の周囲にいた、素行の悪そうな少年たちからの殺意と一睨みを喰らう。
「誰だ!」
「あの……その……薬の噂を聞いて、よ。ちょっとどんなんなのかなーって、覗いてみようと思ったんだけど……」
 びくびくしているのは演技……と言いたいところだが、実際ジェラールは緊張していた。ある程度自衛の手段を知っているとはいえ、ここは愚連隊の拠点。多勢に無勢ではさすがに負ける。
 薬、と聞いて殺意のほうが弱まった。
「ジャンキーには見えないが」
 それはそうだろう。薬の経験がないジェラールはさすがにそこまで装うことができなかった。
「俺は売人だ。ちょっとおこぼれにあずかりたくてよ。話、させてくんねぇか」
 そう持ち掛ければ、少年たちは相談するように視線を交し合った。その様子を見ている限りだと、どうやらあの中にリーダーはいないらしい。どうせならそういった立場の奴と話したかったのだが、どうしたものか。
 ほとんど勢いでこの場に来たのでほとんど策なしのジェラールだが、どうせなら彼らを説得してこんなことを止めさせたかった。そうでなければ確実に今晩シンに殺されるし、うまく逃れたとしても今後こういうことはきっと続く。そして次の相手が親切だとは限らない。
「こっちに来い」
 少年に促され、工場の中に入った。こっちだと案内され、その後をついていく。その間、密かに気付け薬を飲み込んだ。肌が何やらピリピリとする。嫌な予感しかしない。
 いつかのイリスとロビンの顔が浮かぶ。呆れながらも心配してくれた2人。
「生憎これから客があってな。その間、商品を試していろ」
「試すって……」
 どういうことかと訊ね返す前に、目の前のドアが開かれた。視界がなんだか白い、と思った瞬間に部屋の中に突き飛ばされる。バランスを崩し、床に伏せってしまったジェラールの背中に、嘲るような声が掛けられる。
「商品を知るには試すが一番、だろ?」
 がちゃん、と重い扉の閉まる音。
(やられた、な)
 閉じられた扉に絶望しながらも、嗤う。自分の愚かさがおかしくて仕方がない。
 自身を嘲りながら、ジェラールはジーンズのポケットからハンカチを取り出し、己の口元にあてた。そうして、換気できる場所や出口を求めて、部屋の中を手探りで歩き始めた。



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